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特集・連載

地域共創の現場 地域の力を結集する

<53>熊本学園大学
震災避難で全学一丸に
県内に張り巡らされた

 熊本市は、豊富な地下水があることから「水の都」とも呼ばれるが、古来より水害も多く、治水と街づくりを進めた戦国武将にして熊本城を築城した加藤清正公は特に市民から親しまれている。長らく九州の中心として栄え、農業や水産業が盛んである。平成24年4月には政令指定都市へと移行した。昨今は企業誘致に力を入れているほか、サービス業も拡大している。人口は横ばいである。熊本学園大学(幸田亮一学長、商学部、経済学部、外国語学部、社会福祉学部)は、1942年創立の東洋語学専門学校を起源とし、1954年に4年制大学としての前身である熊本商科大学を開設し、私学として地域を支える人材を育成し続けてきた。地域での取り組みについて、林裕副学長、東勇一地域連携センター事務室長、林田利子広報室長、照谷明日香ボランティアコーディネーターに聞いた。

●県内、至る所に卒業生あり

 卒業生は9万6000人以上。約8割が地元熊本から入学し、約6割が地元に就職する。県内企業社長の出身大学で1位、現在は4名の県下市町村の首長がいる。熊本市には約700人の、熊本県にはそれを上回る数の職員が、地元金融機関には各機関に同窓会支部ができるほど多数の行員がいる。「市町村議会議員はもちろん、県内各市町村の役所、また、県内中小企業にも多数の卒業生がいます」と林副学長。法人理事には県内の有力者の名が並ぶ。キャンパス周辺には大型商業施設や銀行、病院が集積しており、市内の一等地となっている。幸田学長が事あるごとに「本学は私立ではなく、地域立です」と述べるとおり、まさに名実ともに地域と共に発展してきた地域の大学である。
 地域からの依頼は地域連携センターで受ける。「以前は総務課が依頼を受けていました。講演会の講師依頼や専門家としてのコメントを求められることが多く、依頼内容にあった専門分野の教員を紹介していました。高校からの連携依頼は入試課、例えばお祭りに若者がほしい、といったものは学生課でした。その後、窓口の一本化のため、2017年にセンターを新設しました」と林副学長は説明する。これまで自治体の依頼等は、都度、教授会に諮っていた。スピード感を出すために、当該自治体と包括協定を締結して、その後は協定に基づいて取り組めるようになった。
 これまでに包括協定を締結した自治体は、熊本市はもちろん、人吉市、合志市、菊陽町、山鹿市、大津町、菊池市、山都町、美里町、高森町、益城町である。「自治体が抱える課題は産業振興、住民福祉の向上、生涯学習、震災被害からの復旧・復興など自治体により様々です。この課題解決のための連携ということで本学に声をかけて頂き、協定を締結したケースが多いと思います」。例えば生涯学習関連では、県とは大学コンソーシアム熊本とも連携し、「くまもと県民カレッジ」を共催している。市とは、2011年より市の経済を支える人材育成を目的として「肥後創成塾」を開講した。下益城郡美里町とは2017年より学生が住民にスマートフォンの使い方を教える「みさと情報案内人講座」を行っている。また各団体や企業との連携も行われており、「DOがくもん」(市民公開講座)は熊本日日新聞社と共催し著名人の講演を実現。参加者は延べ1万8000人を超えた。それ以外にも県内市町村とは、様々な取組を協働しながら行っている。

●県内市町村と連携活動

 高森町では、会計専門職研究科の吉川晃史准教授が、2015年から活性化に関わった。高森町伝統の田楽文化を広め保存していくため、絵本を作成して学校に配布したり、ゆるキャラ「でんが君」を制作したりした。熊本地震発生後は、地元レストランのシェフ等とともに、田楽の通信販売や駅弁など持ち帰れる商品の開発を行ったりもした。2017年には、沼亨晴さん(当時商学科3年)ら学生3人が株式会社NUMAを在学中に創業し、特産品のプロモーションなどを手掛けた。「行政のサービスは受けるという印象だが、若者たちとの交流は積極的に楽しむもの」と地域の人が述べるように、学生が地域に関わると、人々を前向きかつ能動的にもさせる。こうした住民をポジティブにする力こそ、学生が地域に果たす大きな役割でもあるのだろう。
 その他にも、球磨村では社会福祉学部の仁科伸子教授が活性化に取り組んだ。地域住民とカフェ等を開催し、カフェに参加した留学生の母国に向けて、日本の田舎の情報をSNSで発信してもらった。山都町では、経済学部の境章教授が生活文化や伝統文化を映像化し、観光誘致につなげることを狙った活動を行った。
 人吉市とは、商学部の吉川勝広教授が人吉市の特産を使った商品の開発等を行った。2013年には、市のシャツメーカー「HITOYOSHI株式会社」の協力のもと、県民百貨店とのコラボでリクルートシャツ「勝ちシャツ」を開発。ちなみに、吉川教授は阿蘇市とも連携事業を行っている。大学全教員の取り組みを合計すると、熊本県下の多くの市町村と何らかの関わりがあるようである。さらに人吉市とは「当時の市長が積極的で、生涯学習講座『ひとよし花まる学園大学』の共催のご提案があり、この講座は現在も連携事業として行っています」と東室長は述べる。地元熊本市とは、西区や南区といった区単位で連携の取り組みが盛んだ。
 一方、企業等とのコラボレーションも多い。「TGC(東京ガールズコレクション)熊本2019」では、バックヤードで出演モデルに提供されるケータリングメニューとして、熊本の人気カフェやメーカーと学生が連携してオリジナルのフィンガーフードを開発。地元食材を使用し、見た目の可愛らしさや食べやすさにこだわった。
 また、2018年には精肉販売・飲食店・惣菜店運営を行う株式会社加茂川元舗と連携して弁当開発を行った。女子高生をメインターゲットに、「インスタ映え」を意識したカラフルな見た目とボリュームにこだわった弁当を提案。商品化し、店舗でも販売されるとともに、オープンキャンパスで無料配布された。このほか、地域の中核を担う人材の育成をめざす「地域中核人材育成プログラム」では、健康食品の通信販売を行う株式会社えがおの協力のもと、従業員満足度を高める新しい人事制度づくりや新商品開発と販売計画を提案するなど、課題解決型学習(PBL)も盛り込んだ。
 山崎製パン株式会社とは、2014年度に熊本県産トマトのピューレを活用した「ランチパック」を、2015年度には八代産晩白柚を活用した菓子パン作りを行い販売した。企業担当者からは「学生の発想は新鮮だ」、「しがらみのない学生から気づかされた」等の声が上がった。「企業等とのコラボだと、社内の本学卒業生から声がかかることが多いです。同窓会も活発で各支部で年に何度も集まるので、大学との繋がりも続いています。こうしたつながりを大切にしています」と林副学長は説明する。
 こうした学生の地域活動は、ゼミ単位かボランティアが中心である。「社会福祉学部福祉環境学科では、必修科目で地域フィールドワークを行います。特に水俣には必ず学生を連れていき、現地の方々と触れ合うことができます」と照谷氏。しかし、地域活動をしているゼミの数、あるいは、教員が個別に受けた依頼などは、多種多様すぎて地域連携センターでも把握しきれないほどだという。

●話題になった「熊本学園モデル」

 このように地域連携には熱心であったが、取り組みを加速させる契機にもなったのが、2016年の大地震であった。
 4月14日・16日、2回の震度7が熊本地方を襲った。「平成28年熊本地震」と名付けられたこの大震災において、学内の避難所に障害者を受け入れ、のちに「熊本学園モデル」と呼ばれるインクルーシブな取り組みは全国からも注目された。この詳細は『平成28年熊本地震大学避難所45日(発行:熊本日日新聞社)』や本紙2672号(平成29年1月18日付)など、多数のメディアや書籍にも取り上げられているのでここでは説明しないが、「地域共創」という文脈において重要な視点を与えてくれるであろう事項を3つ指摘したい。
 1つ目が、トップのガバナンスである。前震直後、理事会は直ちに地域に避難所を開放することを決め、常に変化する現場でのボトムアップの取り組みを、トップが後押しした。経営が前に出るのではなく、経営が現場を支える。地域連携にも同様のガバナンスが必要な場面が多いのではないか。地域では常に大小の課題が持ち上がり、その場の判断が求められる。それをいちいち大学に持ち帰って経営層が判断していては、取り組みにブレーキをかけることにもなる。非常事態でこそ、その大学のガバナンスが見えてくるのだとしたら、この大学は現場の主体性とそれを推進する経営層の連携が強固だということになるのではないだろうか。

●強力な卒業生ネットワーク

 2つ目が、卒業生の活躍である。教職員や学生の自主的かつ献身的な取組だったことは当然だが、九州全域で活躍する看護師、社会福祉士、介護福祉士といった社会福祉学部の卒業生を中心に母校に駆け付けた。また、教職員の持っている外部からのネットワークにより全国から医療・福祉専門職が集った。みんなが協力し、避難所でシフトを組み上げ、24時間の支援体制を敷いた。現場は必要な物資が十分には揃っていない。そうした中でも、専門家として的確かつベストを尽くす「先輩」の後ろ姿を見て、学生たちは感化された。「文字通り鳥肌が立つくらいの団結力でした。現場では『できない』、『やれない』といった後ろ向きな言葉は全くありませんでした。この受け入れ態勢はまさに卒業生たちや教職員のネットワークがなければ実現できなかったと思います」と照谷氏は当時を振り返る。
 こうした卒業生の関わりは、大学にとって大きな財産である。特に地域貢献においては、専門家や熟練者となった卒業生の力を借りることで達成できることも少なくない。「学生ボランティアの取り組みにおいても、卒業生たちが時々手伝いに来て現地まで学生を車に乗せて行ってくれます」と語るように、この大学では、徐々に先輩(卒業生)が後輩(在学生)を支援する「生態系」ができつつある。
 3つ目が、熊本学園大学ボランティアセンターである。これは被災現場からのニーズとボランティア学生のマッチングをワンストップで行う窓口であり、震災復興をテーマに活動を続けている。「震災直後から学生が自主的に復旧活動に取り組み始めました。大学として安全管理と把握をするために、センターを設置しました」と照谷氏。学生たちの自発的な行動を支援すべく大学が動いた。また、学生たちは自ら運営するボランティア団体を立ち上げ、現在は主に7つが稼働している。その取り組みは、学内避難所での経験から「被災者にヒアリングを行い、ニーズを正確に分析したうえで適切な取り組みを計画する」ものが多い。そのうちの一つが、益城町テクノ仮設団地の集会所に週末限定のカフェを開設するもの。「おひさまカフェ」と名付けたこの活動は分断された地域コミュニティを再構築し、住民同士の共助を強化する役割を担う。
 この取り組みは当時から途切れることなく現在も継続し、孤独者を出さず、被災者にとって心のよりどころになっている。学生代表の原田素良さん(2019年3月経済学科卒業)は、この取り組みにより職業観が変わり、地元の金融機関に就職を決めた。震災は学生の意識をも大きく変え、それをきっかけに大きく成長させる契機にもなった。これは大学広報誌でも紹介され、卒業生が現地を訪問したり寄付をしてくれたりしているという。このたびの震災復興支援の取り組みの中に、建学の精神である「師弟同行」、「自由闊達」、「全学一家」が息づいているといえよう。

●一家に一人、親戚に一人

 幸田学長は、「一家に一人、親戚に一人は必ず学園大の関係者がいます」と述べ、また、建学の精神「全学一家」のとおり、熊本県内にしっかりしたネットワークが出来上がっている。目黒純一理事長は、先述の『大学避難所45日』の中で、「大学がどのような役割を担っていくべきか、地域社会の人々に寄り添いながら考えていかなくてはなりません」と述べている。学園を通した結束力が、熊本地震からの早期復旧に貢献している。
 「これからも、震災復興とともに、熊本各地の地域活性化に本格的に取り組んでいく必要があります」と林副学長が述べるように、ますます熊本学園大学の学生・教職員・卒業生の三位一体の役割は重要になるだろう。