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地域共創の現場 地域の力を結集する

<52>八戸学院大学
八戸の人々を繋げる「場」を目指す
学生が地域のファンになる体験を

 青森県八戸市は、古くから全国有数の水揚げを誇る水産都市であり、また商業都市としても発達してきた。一方、太平洋側にはリアス式で知られる三陸海岸の一部である種差海岸とその最北端になる鮫ケ崎岬の美しい風景が広がる。雪はあまり降らないが、やませが稲作を悩ませてきた歴史がある。そのため、この地域では、米ではなく小麦を原料にした「南部煎餅」が食されている。八戸学院大学(水野眞佐夫学長、地域経営学部、健康医療学部)は、1981年に開学後して以来、一貫して地域の人材育成や調査などを行ってきた。その取り組みについて井上丹地域連携研究センター准教授(現・地域経営学部講師)に聞いた。

●攻めの地域活動へ

 1998年、大学の産業文化研究所と法人の情報処理センターが統合、地域連携研究センターの前身である総合研究所を設置し、大学は組織としての地域貢献に舵を切った。2002年には教育・研究を地域に還元するため、中心市街地に立地する八戸商工会議所内に、同研究所の市内オフィスを置いた。「それまでは教員個別の地域活動でしたが、当時の蛇口浩敬学長が主導して進めました。市内オフィスでは、市や商工会議所を通じて個別企業からの調査や事業支援の依頼を受けていました」。
 大谷真樹教授が2010年に同センター長、2012年に学長に就任したことで、「受け」の地域活動から「攻め」の地域活動に転じた。地域の関係者に、積極的に大学と研究所を使ってほしいとPRし、パブリシティとして必ずプレスリリースを行い、連携活動後はSNSやウェブサイトで結果報告など丁寧な広報活動に努めた。2014年に総合研究所から地域連携研究センターに名所を変更。2017年には、法人全体の校名に共通して使用している「八戸学院」を冠し、現在の体制に至っている。地域からの窓口として依頼に応じて各教員に繋ぐ役割も担う。
 同センターは、大きく2つの機能を果たす。公開講座の事務局と地域連携事業である。このうち地域連携事業について、いくつか紹介する。
 まず、起業家養成講座である。これは起業を目指したり、経営者や後継者、第二創業目的、経営幹部等を対象に開講するもので、自ら起業経験がある大谷教授がメインの講師となる。半年間、最新のノウハウを伝授しながら、実際に起業できるビジネスプランを構築する。現在までに150人が受講し35人が起業、農林水産業分野が多い。
 岩手県の水産ベンチャー「株式会社ひろの屋」もその一つ。痩せたウニを養殖して高付加価値を付けて海外に売り出す。日本屈指の果樹生産地域、南部町を拠点とする合同会社「南部どき」は、本来廃棄されるはずの果物の枝を使って燻製をつくり、カフェなどを運営する。どれも第一次産業を活かして世界に発信していく元気のよい会社であるという。2010年からは起業家養成講座に関わる教員や講座卒業生、外部講師を招いての「ベンチャーサミット」を開催している。
 次に、アナザースカイプロジェクトである。これは、はちのへエリア(八戸圏域8市町村)の大学生が地域の良さを知り、生活体験を通して地域への定住可能性を検討してもらうもの。「本学は県外生も多いので、4年間過ごして卒業後にも、時々に八戸に帰ってくる関係人口、あるいは、定住機会を提供したいと思いました。これは行政機関からの補助を受けています」。学生は地域でフィールドワークを行い、発見したことや学んだことをレポートにまとめて発表する。参加した学生は、次のような感想を残している。「生の声を聴くことはその地域を知ることの一つになると思った」。また、南部煎餅を2日にかけて様々な食べ方を試みる体験では、「せんべいから八戸について参加前より深く知れた。他の八戸の名所にもいってみたい」。一方、地域の側も、今回のプロジェクトで学生たちが何を考えているのか知る機会となった。「学生と地域の人たちがお互いに刺激になって関係が強くなりました。大学への敷居が下がり、また、学生も地域で何かをしたいという想いを強くしたようです」。

●「第二の故郷」になる

 このプロジェクトが狙うように、学生時代に地域が好きになる体験をいかに行うかは、大学はおろか地域にとっても重要なことではないだろうか。学生が八戸の特産品や農作物を知り、八戸の人たちと交流することによって、八戸のファンになってもらうには、地域が一体となってその機会を提供していくことも必要だろう。また、地元企業の社長と肩を並べて仕事体験することで、当事者意識が芽生える。そうすれば、卒業後にも「またあの味が食べたい」「あの人と会いたい」と、戻ってきてくれるかもしれない。あるいは、他地域にいても、八戸の広告塔として宣伝してくれるかもしれない。その学生にとって、八戸が「第二の故郷」になっていくかもしれない。
 それ以外にもこれまでに、経営革新五戸塾、水道企業団の意識調査、十和田バラ焼きの経済波及効果調査、新郷村の調査・提案・実証、八戸市中央卸売市場の調査、階上町からの業務委託、ビブリオバトルin八戸、全国語学教育学会とみちのく英語応用サミットの開催、田子町観光資源掘り起し事業、南部町でのキャリア教育イベント、三八五流通グループ健康管理・測定セミナーなど50以上のプロジェクトを実施してきた。
 地元・八戸市とは、やはり懇意であり、2000年ころから継続的に連携している。人材育成関係の調査や事業支援依頼が多い。「小林眞八戸市長が地域活性化に熱心で、本学についても、「地域に若者が集う場所があるのはありがたい」と応援してくれています。推進する政策に関する研究会もあります」。それは、市が主催する「都市研究検討会」であり、3高等教育機関(八戸学院大学、八戸工業大学、八戸工業高等専門学校)と一緒に調査研究を行う。また、市長直轄の総合政策部とは頻繁に相談する仲。「市の職員は地域づくりに熱心です。アナザースカイプロジェクトの企画相談に行った際には、関連する補助金を扱う担当者を同席させ、最終的には事業計画書も一緒になって作成してくれました。要望を伝えると前向きに検討してくれます。逆に、市役所も何かあれば本学に相談しようという雰囲気にはなっていると思います」。
 八戸市の他には、新郷村、階上町、五戸町、南部町、田子町、三沢市の七市町村、そして、地域企業八社と協定を結んでいる。「基本的には、先方からの依頼により様々な事業を受託/支援しています。各市町村で地域計画は作成していますが、なかなか長期的な視点が持てないものもあります。そこに学生と共に将来的な視点が持ち込めれば」。結果、地域からは「八戸学院大学は様々な取組を行っており頼りがいがある」と評価されるようになった。特に「子どもの教育に来てほしい」という依頼が持ち込まれるという。

●スポーツに力を入れる

 八戸市ジュニアサッカー強化事業として、2013年に締結した市とのスポーツ連携協定に基づき、欧州サッカー連盟コーチ資格の外部コーチ、スペイン人コーチ及びスペイン式指導を受けているサッカー関係者が、市内のジュニアサッカーチームへ出向いて指導した。また、女子サッカー部の学生たちが、ジュニア対象の教室などを定期的に開催しており、市及び青森県南地区のジュニアサッカー人材の発掘と振興に大きく寄与している。学生たちは、経験を後輩に指導しながら、自身の指導者スキルを向上させており、女性指導者の育成も一定の成果を上げている。「特に八戸市はサッカーの競技者人口を増やしたいという想いもあります。市の方針に協力する、すそ野を広げる取り組みです」。
 大学は、女子サッカー部以外にも広くスポーツ競技に力を入れており、硬式野球部、ラグビー部、バスケットボール部、アイスホッケー部、スピードスケート部等を充実させている。八戸市はアイススケートにも力を入れており、2019年秋に八戸市屋内スケート場(YSアリーナ八戸)をオープンする。そこにはこの大学が利用できる多目的教室が設置予定である。「教育研究、そして、スポーツを通じて地域活動をする場として市から相談がありました。地域のスポーツ振興にますます貢献できれば」。大学は中心市街地からバスで約40分に立地する。中心市街地から離れているので、市から教育の場を貸してもらえるのは、大学にとってもメリットは大きい。街中で学生たちが活動すれば、若者による賑わいにも繋がるだろう。
 「スポーツに力を入れる本学には全国から学生が集まります。従って、学生が地域活動に関わる時間を確保しづらいのが現状です。そこで始めたのが『アナザースカイプロジェクト』でもあるのです」。
 始めてみると、全国はおろか、地元八戸出身の学生も地元のことを良く知らないこともわかってきた。現在、井上准教授は地域経営学部の教員として、これまでの成果を学部教育のカリキュラムに組み込もうとしている。学生が地域で成長するその効果を、学部全体の取り組みに広げたいとの思いがある。

●地域づくりに長期的視点を

 井上准教授は、「課題解決の実践は確かに重要ですが、地域社会の資源や価値を新たに形成しようという試みや、他者と共同して独自的な新しい活動を始める「共創協働型の事業」をもっと生み出さなければなりません」と指摘する。大学と地域のどちらかが主導するのではなく、手を取り合って共に地域を作り上げるのである。八戸は港町であり商業のまちである。そのため、最新の情報も入ってくる。それに刺激を受けて生まれる新しい動きも少なくない。「大学が旗を振っても地域がその気になってくれなければ共創にはなりません。ようやく、企業、行政、そして大学等が一緒になってこの地域を盛り上げていこうという雰囲気ができてきたように思います」。ただ単年度の事業だと、双方が疲弊してしまうケースもある。取り組みの一つひとつが将来にわたってどのような意味があるのか、きちんと考えなければならない、と強調する。地域づくりに長期的な視点が必要なことは、大学教員も理解しなければならない。調査研究だと、短期的な関わりにもなりやすい。「学生の成長と地域の発展を両輪で考えることが必要です」。
 井上准教授は、八戸の未来のあり方をこう述べる。「八戸という地域での生き方、働き方を良い点も悪い点もありのまま受け止めて、それが「八戸らしさ」だと前向きに捉える人が増えていけば。今は全国どの地域も同じ店を揃えて同じような暮らしぶりになっています。地域の人たちが、学生を通じて自分たちの知らない価値を再発見して、生き方暮らし方を持続的に発展、進化させていく。時代の大きな変化の中でも、八戸らしい暮らしは変わらないのが理想ですね」。「自己肯定感」ならぬ、「地域肯定感」とでも呼ぼうか。

●協働型事業創出のプラットフォームとして

 法官新一理事長は、地域企業の社長との繋がりが深く、トップ同士での集まりで地域課題が共有され、大学経営に生かしているという。「地域の現場の声を直接聞きながら生まれたのが、この4月から新設した介護福祉学科です。また、地域住民も使える予定の人工芝のグラウンドも準備しています」。
 八戸市は行政も市民も活発に活動する。そして、この大学を含む3高等教育機関に大きな期待をかけている。特に、他の2機関が理工系であるのに対して、この大学は唯一の社会学系学部を擁する。双方、足りない部分を補い合って事業を行ってもいる。周囲には高齢化した地域が少なくないが、八戸市を中核都市として大学を介して各自治体の連携が取れつつある。特に青年会議所をはじめ若い人たちはセクターや世代の垣根を越えて繋がろうとしている。はちのへエリアの人々を繋げる「場」としての機能を大学が担えれば、井上准教授のいう「共創協働型の事業」を生み出せる素地は大きい。つまり、八戸の未来を創るプラットフォームになるのである。
 人材育成、経済活性、スポーツ、健康...八戸を下支えする八戸学院大学は、地域にとってなくてはならない存在になりつつあるといえよう。