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地域共創の現場 地域の力を結集する

<50>上武大学
絵手紙が教育・地域貢献に
群馬のスポーツ振興を下支え

 群馬県高崎市は、県内一の人口規模である。中山道と三国街道の分岐点、上越新幹線と北陸新幹線の分岐点など、全国有数の交通の要衝である。高崎市新町は、滝川一益と北条氏直らの「神流川合戦」の舞台で知られる。明治に入ると、富岡製糸場に次いで新町紡績所が開設された地域であり、県内初の鉄道駅が置かれた。しかし、生産が落ちるとともに駅前の活力が失われていった。上武大学(澁谷正史学長、ビジネス情報学部、看護学部、大学院経営管理研究科)は、この高崎と伊勢崎にキャンパスを構える。建学の精神は「雑草精神(だましい)」。大学50年誌には、「踏まれても踏まれても不屈の精神をもって起き上がりたゆみなく前進する精神(こころ)」と説明されている。この大学の地域連携について、澁谷朋子理事長他、岡野進事務局長、中村博敏部長、信澤栄次事務長、落合春彦部長、スポーツ健康マネジメント学科二橋元紀講師らに聞いた。

●スポーツで躍進

 雑草精神を体現する代表的な取り組みが運動部である。2013年、硬式野球部が第62回全日本大学野球選手権大会で初優勝したことは、当時の関係者を驚かせた。1982年に創部した硬式野球部は、2000年の谷口英規監督就任が飛躍の契機となる。2004年でベスト4、2009年に準優勝、そして、2013年に初優勝。この間、部員やOBが続々とドラフト会議で指名され、DeNA井納翔一投手、オリックス安達了一内野手、中日松井雅人捕手ら多くのプロ野球選手が誕生した。
 2004年には花田勝彦氏を監督に迎え駅伝部を創設。わずか5年で箱根駅伝本選への出場を果たし、2017年監督を近藤重勝コーチが引き継ぎ2019年現在まで11年連続で本選に出場している。「特に2019年には、ベトナムからの留学生が応援団を務め、日本独特の文化は新鮮なようで、楽しんでいます」と中村部長は述べる。
 こうした活躍は他の運動部にも広がる。2011年には硬式テニス部の長尾克己選手が全日本学生選手権男子ダブルスで準優勝、同部の鍋谷昌栄選手は、同大会女子シングルスでベスト8。2014年には陸上部の原翔太選手が日本選手権男子200mで初優勝などなど...そのほか、2011年にハンドボール、2014年に新体制のサッカー部と硬式テニス部、2015年に女子バスケットボール部、2017年に女子サッカー、3人制バスケットボールを次々と創部している。
 今でこそ、スポーツ強豪大学であるが、創部当時はだれも振り向いてくれない。そこで採られた勧誘方法は、大会などで予選落ちしても活躍していたり、実力はなくても指導を受けたいと希望する選手を受け入れることだった。「無名であっても、歯を食いしばって這い上がる。これこそが雑草精神です」と岡野事務局長。
 この運動部の躍進は、地域の人たちを元気づけてもいる。市役所に行くと、「地元に応援できるチームがあると力が入ります。市を挙げて応援していきます」と声をかけられる。テレビでは、野球場や駅伝の競技場のある「伊勢崎市」の名前もたびたび登場する。地域住民にとっても同じで、箱根駅伝の時には、地元群馬の住民から応援される。スポーツは周囲を一体化し、元気にする力がある。

●スポーツ振興を下支え

 「地域スポーツを支える」取り組みも盛んである。部員約60人のトレーナー部は、県内のスポーツ大会でトレーナーブースを設置し、選手に対してマッサージなどを行う。「マラソンやトライアスロンなどの大会で、ストレッチ、マッサージ、アイシング、痛み相談などを行います。また、大会運営の補助として、給水、熱中症対策なども行います」。特に最近は、選手自身が体調を整えるセルフコンディショニングも選手に教える。スポーツ大会において、まさに縁の下の力持ちとしての役割を担う。
 トレーナー部は2014年に発足した部活動であり、柔道整復師コースと看護学部の学生が所属している。地域に出ていく場を探していたところ、大学が伊勢崎市と包括連携協定を結んだことをきっかけに、同市主催のシティマラソンの協力要請を受けた。「この成果が広まり、県内で実施される各種スポーツ大会に呼ばれるようになりました。駅伝での活躍と相まって、「スポーツに強い大学」が更に浸透しました。自治体からも安心してスポーツ大会を任せられると信頼されています。大会参加選手の中には、本学学生のマッサージを楽しみにされている方もいらっしゃいます。『おかげで疲れも回復したよ』と声をかけて頂くこともあり、それは学生にとって励みになります」と二橋講師は説明する。マッサージ等の後、選手にアンケートを取り施術を評価してもらっており、柔道整復師の資格を目指す学生にとっては実践の場である。まさに学生と選手はwin-winの関係である。
 県内学校のスポーツ指導なども積極的に引き受ける。大学の一流選手が指導に当たることは、生徒たちにも良い影響を与えると評価は高い。隔月で発行する群馬県のスポーツ雑誌『YELL SPORTS』の特集には毎回のように大学のOB・現役選手らの紹介とともに、大学が行うこうした様々な取り組みなども掲載されている。このように大学の活動が群馬県のスポーツ振興の原動力になっていることがうかがえる。

●絵手紙という文化を根付かせる

 澁谷理事長がもう一つ力を入れたことが絵手紙である。
 「もともと私がカルチャー教室で教えていました。ある時、看護師さんが『患者さんに絵手紙を教えると喜ばれる』と習いに来ました。それならばと、2009年から看護学部の選択科目美術の時間に絵手紙を導入しました」と澁谷理事長。1年目は21人、4年目にはビジネス情報学部にも広がり、現在は350人程度と1学年の半数以上に当たる学生が受講している。受講生からは、看護実習の現場で絵手紙を通して患者との距離が一気に縮まった、お礼の絵手紙を送ったら喜ばれた等の声があがった。
 硬式野球部の谷口英規監督は、「絵手紙に必要なものは?」と澁谷理事長に質問した。「集中力です」「それならば野球と同じです」。谷口監督も始めた。硬式野球部の学生も受講した。谷口監督は、選手のかく絵手紙を見て、どのような性格や人となりかがわかる面もあると語っている。その後、駅伝部、サッカー部その他各クラブの学生も受講し広がりを見せている。
 絵手紙は、創始者小池邦夫氏が拓いたジャンルである。ハガキなどに墨で輪郭をかき顔彩で色をつけ、短い言葉を添える。「ヘタでいい、ヘタがいい」がモットーで、絵や書の技術や知識よりその人らしさを重視する。かくと自分の「素」が出るのだという。この授業では更に、裏面の下半分に200文字程の文章を加える。「はじめ全く文章が書けなかった学生も、授業が進むにつれて文章が書けるようになってきます」。学生の感想を一部引用する。「絵手紙というものは、人の表れだと思う」「他の人と交流ができ、その人の感情や考え方も読み取ることができるようになった」「手紙に向き合っている時間は自分自身を見つめ直している」。
 留学生も「日本文化に触れてみたい」と受講する。日本特有の花や果物を題材に絵手紙をかくときは特に喜んでくれるという。「同じモチーフをかいても、日本人学生とは全く違った絵手紙になるのです」と澁谷理事長。フランスやアメリカなどの海外研修の際、現地の学生たちと一緒に絵手紙をかく機会があったが、言葉ではつながらなくとも絵手紙をかくことによりつながり、非常に有意義な交流が出来たと喜ばれた。
 小池氏を客員教授に迎え、特別講座や、雑草祭において公開講座を企画した。「地元のみならず遠方からの参加者もいて、講座には500人程が聴講しました。ある特別公開授業には、OBの現役プロ野球選手も他の参加者と一緒に絵手紙をかいていました」と信澤事務長は振り返る。2014年には手がき文化研究所、絵手紙ギャラリー&ミュージアムを開設し、小池客員教授が所長に就任。著名な作家の作品や、学生・一般公募の作品を展示している。
 絵手紙の魅力の一つに、世代や地域を超えた交流ができることがある。公開講座等で絵手紙をかくと、4人グループに1人は学生が加わる。「絵手紙という媒介があると、受講者と交流しやすくなります。この絵は何かとか、それはいいねとか言い合いながら仲良くなれます。リピーター参加者が多いのは、こうした交流を楽しみにされているからでしょう。年配者も若い人と話すのは新鮮との声もいただいています」と澁谷理事長は語る。高齢者にとって、絵手紙は、頭の活性化にもつながるし、相手がいるのでより楽しめる。絵手紙はあらゆる世代の人たちとの交流を可能にすることができる。そして、公開講座の参加者たちは、上武大学に親しみを持って駅伝や野球も熱心に応援してくれる。絵手紙と運動部の思わぬ相乗効果が起きている。
 2011年から発足した絵手紙サークルは、絵手紙で人を元気にする活動を発信しようとしている。東日本大震災で被災した石巻市でボランティアをしていた学生が、被災者の心をいやす必要性があると感じたという意見を受け、サークルメンバー等がたくさんの絵手紙をかいて届けるという活動を行った。
 また地域連携の一環で県立吉井高校や県立榛名高校とは高大連携に関する協定を締結している。とりわけ榛名高校からは新入生オリエンテーションの講師として呼ばれ、そこでも絵手紙の授業を行う。「大変な人気で、様々な学校からお声がかかります」と中村部長は述べる。
 大学教育でいえば、教養科目であると同時に、自分と向き合うキャリア教育でもある。学生たちは、初めは楽しみながら、しかし、徐々に真剣に「自分らしさ」に向き合っていく。もちろん、「手紙を出す相手のことを考える」ことは、人間性の涵養にもつながる。こうして教養教育の特徴として打ち出す一方で、地域貢献でも絵手紙を強みとしている。JRの企画で、新町駅のツアーには、大学での絵手紙体験や絵手紙ギャラリー見学がプログラムに組み込まれており、好評なのだという。

●強みを見つけ特化する

 地元の新町商店街とは、深い信頼関係がある。新町には、神流川合戦にちなんだ祭りにおいて、甲冑を身に付けて町を練り歩くのだが、この時に学生たちが頼りにされる。神輿の担ぎ手にもなる。ボランティアサークルが、祭りの企画段階から参加している。「上武大生なしには、祭りは成り立たない、との声も伺います」と岡野事務局長は述べる。
 2014年に新町商工会・新町商店連盟と連携協力・協定を締結したことを皮切りに、2015年に伊勢崎、2016年に佐波郡玉村町、富岡市、渋川市、2017年に藤岡市と連携協定を締結した。「富岡市とは富岡製糸場や美術博物館で、渋川市とは徳富蘆花記念文学館で「絵手紙展」を開催しました。両市とも絵手紙が盛んなのです」。
 教員の委員会委員派遣、商店街の企画やスポーツ大会への派遣など様々な依頼が舞い込む。高崎キャンパスで事務長も兼ねる中村部長も、日頃商工会会員らとの協議を重ね、会議にも積極的に参加する。その際に、様々な提案・依頼を持ち帰る。学生の参加は地域の人たちに歓迎されており、学生も自己肯定感が高まる。良いサイクルである。チアサークルが踊るとそれだけで華やかにもなる。また、大学と協定を結んでいる寮には約800人が生活しており、年間15億円程度の経済効果がある。この点だけをとっても、近隣の自治体にとって、この大学はなくてはならない存在になっている。
 スポーツと絵手紙。この2つの取り組みを、他大学に追随できないくらいに特化した結果、教育・研究・社会貢献の全てに好影響を生み出し、相乗効果も生み出す。この大学はすでに、群馬県のスポーツ振興の基盤でありプラットフォームになっている。大学や地域の発展のために、新しいものを追いかけるだけではなく、いまある資源を最大限に活用して全力で打ち込み、それを大学の強みとして育てていく。この姿勢そのものも「雑草精神」なのだろう。