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地域共創の現場 地域の力を結集する

<46>昭和音楽大学
地域と大学が創る音楽のまち
音楽の“可能性”引き出す取組

神奈川県川崎市は、多摩川に沿った南北に長い自治体である。江戸時代には東海道や大山道等、街道の宿場町として栄えた。その後、事業家・浅野総一郎が興したセメント工場をはじめ京浜工業地帯の中心となるが、公害が深刻化し市外に工場移転、昨今では産業構造が変化しつつある。東京都と横浜市に挟まれ、北部はベッドタウンとして新興住宅も多い。近年は芸術振興に力を入れており、川崎駅(南部)に音楽ホール「ミューザ川崎」、溝の口(中部)に洗足音楽大学、新百合ヶ丘(北部)に日本映画大学と昭和音楽大学がある。昭和音楽大学(簗瀬進学長、音楽学部)は、2007年に川崎市麻生(あさお)区の小田急線新百合ヶ丘駅前に移転した。市が掲げる「音楽のまち・かわさき」の中でどのような役割を担っているか、下八川共祐理事長、家安勝利アートマネジメント研究所部長に聞いた。

●アーツ・イン・コミュニティ

 移転前の神奈川県厚木市において、教職員や学生は積極的に地域に出て、演奏会や教育支援などを行なっていた。こうした経験を体系化して地域連携教育プログラム「アーツ・イン・コミュニティ」を計画、移転と同時に本格的にスタートさせた。様々な専攻の学生が、地域の人々と交流しながら芸術活動を通して学び、「地域と共に育つ音楽人」を育成することを目的とするもので、2006年に文部科学省「現代GP」に採択、現在は正課科目化している。
 中心となる教養科目「音楽活動研究(①~④)」は、目的に応じた演奏会の作り方や、コミュニケーションスキルを専門家から学び、地域で実践していく。吹奏楽を学ぶ川崎市内の中学生への指導、リハビリテーションセンターでのサックス専攻学生の派遣、養護学校での楽器指導と演奏、老人福祉センターへの演奏者派遣などを行う。最終的には、音楽家に必要な「主体的にコンサートを作る力」を身に付ける。この運営、広報・渉外等を担当するのが、「昭和音楽大学コミュニケーションセンター」である。家安部長は「このプログラムでは、演奏スキルのみならず、プレゼンテーション力を重視しています。演奏会などで「なぜこの曲か」「ポイントはどこか」を語れる必要があります」と力説する。
 先述のとおり、市は「音楽のまち」を掲げ、教育長や総合企画長、外郭団体の「川崎市文化財団」を中心に、月に1回程度、音楽イベントを企画しており、大学に協力要請の連絡を入れる。家安部長は、目的に応じて各教員に連絡し、多くは快諾してくれる。こうした姿勢は教職員にも影響を与え、地域連携を当然に行う文化が根付いている。だからこそ、市は音楽のまちの中核として大学を位置付けているのである。「芸術の街を目指している市や区もウェルカムで、当初公園やオフィスビルが建つ予定でしたが、移転に快諾してくれました」と下八川理事長は移転当時を振り返る。

●市民による市民のための芸術祭

 それを象徴するイベントが、川崎・しんゆり芸術祭「アルテリッカしんゆり」である。これは、2009年から始まった民官学一体の芸術祭であり、毎年ゴールデンウィークに開催されている。現在、下八川理事長が実行委員長を務めている。クラシック、ミュージカル、オペラ、バレエ、狂言、能、ジャズ、人形劇、演劇、ダンス、和太鼓、落語、映画など幅広く40公演、また、人間国宝をはじめ著名な一流演奏者が多数参加し、現在は約3万人の参加者が訪れる。
 新百合ヶ丘には、昭和音楽大学のオペラ劇場テアトロ・ジーリオ・ショウワやユリホール、日本映画大学、川崎市アートセンター、麻生区民大ホールなど、駅から半径300メートルに大小9つの劇場がある。また、音大、映画大の他、劇団民藝の拠点もある。しかし何よりこの芸術祭を、「芸術のまち」としての新百合ヶ丘を支える真の主役は市民だ、と下八川理事長は断言する。「川崎市や文化財団が音頭を取っている部分は大きいですが、10年も継続できたのは、ボランティアの方々の熱意があればこそです」。
 新百合ヶ丘は、大企業等で海外駐在し、現地の楽団の生演奏を聴いてきた人が多数居住している。川崎市在住の演奏者も多い。アルテリッカしんゆりの10周年記念誌に目を通してみると、ボランティアや「良質な鑑賞者」の熱心な支えがあったから継続ができたと関係者は口を揃え、松原成文川崎市議会議長は「市民による市民のための芸術祭」と評している。初めは9人だったボランティアは、10回で200人まで拡大した。
 この中で大学は当然、主要な企画者として名を連ね、会場や演奏家を惜しみなく提供し、学生も運営に関わる。「テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ」は、卒業直後の新人演奏家がオーケストラの中で腕を磨く場として2010年に発足した楽団だが、この芸術祭では彼らの演奏回数が最も多いという。教員は、学科コース間の連携など斬新な演出を試すことも出来る。
 これほど多様な演目のある芸術祭は世界的にもないでしょう、と下八川理事長は胸を張る。この芸術祭は市民なしには継続できないが、大学なしにも開催できない。2015年秋からは、川崎市を大きなステージととらえた「かわさきジャズ」が開催され、やはり大学は主要会場の一つとなっている。まさに地域と大学が一体となって創り上げる音楽のまちである。

●舞台・技術の専門家として

 株式会社プレルーディオは、大学と同窓会が出資した演奏会の企画制作・舞台技術会社である。アーティストマネジメント事業は、卒業生の活躍の場を作るべくプロモーションを手掛ける。韓国人歌手のJisong(ジソン)さんを手掛け、CDをリリース、NHKのハングル講座に出演した。「何より、新百合ヶ丘のイメージアーティストとして、地域の人々が応援、盛り上げてくれました」と家安部長は振り返る。
 劇場運営事業は、テアトロ・ジーリオ・ショウワ(劇場)の管理運営を行う他、昭和音楽大学とともに川崎市文化財団や日本映画大学と3者で川崎市アートセンターの指定管理業務を行っている。又、PFI事業として川崎市のカルッツかわさき(川崎市スポーツ・文化総合センター)のホール管理を大学とともに共同企業体と参画している。その他、千葉県浦安市の浦安音楽ホールの指定管理者から舞台技術と制作も受託されている。これは同時に学生の学びの現場にもなっている。「特にオペラ、バレエ、ミュージカルは、演奏家、演出家として舞台装置のことを熟知しています。このノウハウを劇場の運営はもちろん、設計時のコンサルティングに役立てようとしています」と述べる。建設業界には劇場の知識技術は少ないから、大学の知見が役に立つことは言うまでもない。テアトロ・ジーリオ・ショウワは世界的に見ても優れた施設で、アジアなどからも視察が来るという。

●区との連携事業

 「アーツ・イン・コミュニティ」の主な連携先である川崎市麻生区とは、主に教育機関や高齢者施設で指導や演奏を行っており、年間数十件にもなる。最近では、区側は大学の協力を前提とした事業を行い、大学も学生の教育にもなるので快く引き受ける。回数を重ねるごとにノウハウが蓄積され、行政はもちろん、地域からの認知や評価を得ている。
 一方、麻生区役所保健福祉センターとの共催による「こどもと一緒のコンサート」、「大人のためのコーラス教室」では大学とプレルーディオが協力して受託し、卒業生や教員の演奏家が演奏、指導を行うなど、幅広い層に向けて音楽が提供されている。音楽は人と人とを容易に結びつけ、生きがいにもつながるし、それはそのまま強固な地域コミュニティへと発展していく可能性もあるだろう。
 大学附属の音楽・バレエ教室新百合ヶ丘校には、子どもから高齢者まで幅広い層が様々な目的のもとに約1700名在籍しており、これも市民の生涯学習拠点になっている。
 それぞれの取り組みは、バレエ研究所、歌曲研究所、舞台芸術政策研究所、アートマネジメント研究所、音楽療法研究所、音楽教育研究所などの研究機関と連携して行われており、外部資金である研究費の獲得にも熱心である。例えば、オペラ研究所では、日本国内で行われたオペラ公演の記録と分析を行っており、『日本のオペラ年鑑』を編纂・刊行している。音楽療法室Andanteは、2002年から始まった音楽療法コースの学生の実習の場であるが、音楽療法研究を推進する場でもある。未就学児と小学生を対象としており、療育センターや小学校の特別支援学級と連携を図りながら障害児を支援している。神奈川県の「大学発・政策提案制度」では、高齢者向けの音楽療法をテーマにした研究で採択されている。「音大としては後発ですが、科研費をはじめ外部資金は積極的に応募し音大ナンバーワンを目指します」と下八川理事長は述べる。
 北海道の新冠町とも連携している。「パートナーシップコンサート」は、町出身の大学生が自主コンサートを行ったのをきっかけに20回近く続いている。大学と新冠中学校吹奏楽部との技術交流から、町内小学校へ課外授業やコンサートを行う。今後、地方創生の文脈でも街を、高齢者を元気にする手段の一つとして「音楽」は、ますます重要な手段を担うだろう。
 大学連携も盛んである。特に隣接する日本映画大学とは、芸術系大学ということで、特に密接である。日本映画大学が選んだサイレント作品に、昭和音楽大学の作曲学科の学生たちが分担して曲を付け、テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラが劇伴演奏するイベントも行っている。

●卒業生の活躍の場を作る

 この大学の取り組みから大きく2つの特徴が見て取れる。
 まず、音楽の汎用性である。音楽はあらゆる世代、あらゆる地域、組織とコラボレーションできる可能性を秘めている。何より音楽は人を明るくもするし、元気にもする。
 そして、この大学にとって川崎市の芸術政策、新百合ヶ丘の音楽に理解のある市民層が何よりのアドバンテージとなっている。地域の人々の「本物を見る目」が、学生の演奏や作品を厳しくも暖かく見守ってくれる。一方、ジーリオ、リリエなど大学のホール名はいずれも百合を意味するように、大学は常に地域を向いているのである。
 次に、卒業生の活躍の場を創っていく、という目的が地域連携とうまく重なっている点である。日本には交響楽団が25ほどあるそうだが、入団倍率は非常に高い。それならばと、プレルーディオでのアートマネジメント、育成事業(ショウワ・ミュージック・カフェ・コンサートなど)、劇場運営管理事業のほか、テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ...卒業生が活躍できる場を自前で創出しようとする試みは、一方で地域への貢献にもつながるし、地域の人々の理解によってこそ支えられている。大学が主催するオペラやメサイアの公演、定期演奏会、卒業公演などは地域を中心に年間1万3000人が訪れるが、これらの出演・運営には卒業生、在学生が関わっている。
 一方、「日本には生演奏を聴く文化が育っていません」と下八川理事長は、日本の音楽文化を心配する。それはオーディオが発達したからであり、例えば、自宅に室内楽を呼ぶようなパーティ文化がないからだという。だからこそ、卒業生たちの活躍の場を増やしていく必要があるのだという。
 音楽の可能性はまだまだ社会に埋もれている。高齢化社会、リカレント教育が叫ばれる中で、音楽は、余暇の楽しみ、生きがい、疾病予防にもなる。更には重要な輸出産業にもなる。しかしそれには、この大学が取り組むように、演奏家を育て披露する場が必要だ。
 芸術祭の10周年記念誌において、下八川理事長が、「新百合ヶ丘のハード・ソフト両面の豊かな資源が芸術祭を支えている」と述べているとおり、大学の地域連携は、地域の「資源」を見極め、それを活かすことで効果が生まれるものであろう。
 昭和音楽大学の地域連携は川崎、新百合ヶ丘という地の利を生かしつつも、ここで生まれる様々な芸術の取り組みによって、地域と国内、そして世界を地続きにしているのである。