加盟大学専用サイト

特集・連載

地域共創の現場 地域の力を結集する

<45>広島国際学院大学
広島ポップカルチャーのプラットフォーム
時代見据え役割変える

広島市は、半世紀以上にわたって中国・四国の中心都市として、自動車・鉄鋼など重工業をけん引してきた。昨今では、平和都市として観光など第3次産業にも注目があたっている。人口は微増しているが中山間地域では過疎化が進む。この中で、地域産業の変化に機動的に合わせてきたのが広島国際学院大学(李木経孝学長、工学部、情報文化学部、自動車短期大学部)である。李木学長、谷口重徳地域連携センター長、鎌倉健造大学事務部長に聞いた。

●社会変化と共に連携の主体もシフト

 大学設置は1967年。その3年前に自動車工業科単科の短期大学がスタートしている。大学は工学部電気工学科・電子工学科を擁する広島電機大学の名称で開学。翌年に機械工学科を加えて以来、地元の自動車産業や一般製造業の担い手等の中堅技術者を中心に養成してきた。「1980年代は産学連携が盛んで、大型の共同研究も多かったようです。1996年、大学院工学研究科と同時に地域連携センターを設置しました。当時は、企業等と教員個人の共同研究が中心でした」と李木学長は振り返る。
 連携先に変化が表れ始めたのは2000年ころ。工学部は地域中小企業からの委託研究が盛んだったが件数が減少。現在は、水質浄化や廃棄物の削減、リサイクルの推進など環境問題関係の研究依頼がある。「3年に一度刷新する研究シーズ集を地域企業に配布して、連携の機会は常に模索しています」。
 李木学長はこの変化には3つの要因があると分析する。1つ目が、広島の産業構造の変化である。この時期から工業だけでなく観光などの第3次産業への関心が高まってきた。2つ目が、政府の方針として、大学の使命に「社会貢献」が加えられたことである。3つ目が、1999年に人文系の現代社会学部を設置した事である(この時に現在の大学名に改称した)。
 現代社会学という学問領域の特性上、地域や現場を重視した研究を行う教員が多かった。2004年には、情報学部(情報工学科、情報デザイン学科)を設置。デザイン系学科の存在が、地域貢献を更に活性化させた。「『地域連携を重視した大学』という理念と取り組みの整合性が取れ始めてきました。ソフトを中心とした地域貢献という現在の大学の形は、10年ほどかけて実学志向の教員が自発的に行うというボトムアップで形成されてきたように思います」と鎌倉事務部長。その後、2013年には、情報学部と現代社会学部を情報文化学部に統合・改組した。

●ポップカルチャー創出の担い手として

 情報デザイン学科は、主に広島のポップカルチャーに注目をした取り組みを展開している。
 広島は、原子爆弾を落とされた悲劇を伝えるための表現技術、特にアニメーションが発達してきた。木下蓮三監督の短編アニメーション『ピカドン(1978年)』もその1つである。こうした経緯から、1985年、被爆40周年記念事業として広島市が主催となり愛と平和をテーマにした広島国際アニメーションフェスティバルが開催された。以後、ほぼ毎年開催され、現在は国内外から参加者が集まり、平和を超えたテーマの作品が出展されている。現在は、5日間で国内外から3万5000人が訪問する大型イベントで、会期中、会期前後は産官学民が協働して関連イベントも開催している。
 近年、広島ではアニメーションなどのメディア文化を新しい都市文化につなげようとする動きがあるが、この中で各セクターを繋ぎ合わせて大きな力を生み出しているのが、この大学なのである。  谷口センター長は、2005年前後からアニメ文化研究で地元関係者と知り合い、それから連携が始まった。「当時、各セクターから一緒に何かできればという話はありましたが、セクター間での連携は全く取れていない状況でした。例えば、書類が県と市と産業界でも異なります。各セクターを繋ぎながら大きな力にしていくことこそが、本学の役割と感じました。しかし連携が軌道に乗り、様々なイベントを行うのに4年ほどかかりました」。
 運営をスムーズに行うため、NPO法人広島アニメーションシティを立ち上げた。「主に市の「広島メディア芸術文化プロジェクト事業」に協力し、上映会や関連イベント運営、ウェブサイト・情報誌の発行等を行っています。世界的にヒットした片渕須直監督の『この世界の片隅に』制作においても、クラウドファンディングを支援しました」。アニメやコスプレを楽しむことで、日本の現代文化を紹介する「ひろしまポップカルチャー」というイベントにも協力している。これには、音楽家やパフォーマー、アニメや漫画の研究者などが世界各国から参加するという。谷口センター長は、広島ポップカルチャーというキーワードで地域の関係者を繋げるハブ的存在であり、大学は関係者が幅広く集える場となっている。「広島の文化振興における"集合知"が生まれる場を目指して側面から支援しています。2か月に1度は文化振興イベントに関わっており、学生も年間のべ100名を関わらせています」。
 現在は、ほぼ全ての情報デザイン学科教員が広島の様々な文化振興に関わっており、いわば「学科全体が参加するPBL」の様相を呈している。15名程度の教職員がそれぞれ専門分野を持ち寄るから、各ゼミは学生がクロスオーバーして行われる。2019年度からはこの実態に制度を合わせる形で、他ゼミを手伝った時間を考慮して「コラボレーション演習」という名称で単位化する。「イベント等の担当者が一人だと、途中で辞めたり異動になって継続できないこともあります。一方、教職員がチームになることで、組織的取組として継続できるのです」。
 学生にとっては、プロフェッショナルの仕事を間近に観て刺激を受け、講義の理解も進み、そのプロたちに制作物を評価してもらえる。1・2年次は打ち合せ等に参加して先輩の仕事を見て学び、3・4年次に制作物に携わりプレゼンを行う。こうして学生の制作物の質にばらつきがないように工夫している。学生時代のこうした人脈は、卒業後に地元で仕事をする際に大きな財産にもなるのだという。

●広島でデザインと言えば...

 HGKキャラクタープロジェクトは、2012年に情報デザイン学科の教職員と学生が立ち上げたもので、いわばデザイン制作の中核である。これまでの活動で生み出されたキャラクターは100体以上で、プロも輩出している。工学部と連携しての、キャラクターが動く「キャラクターデジタルサイネージ」も制作。特に2日間で2万人弱が訪れる横川商店街のハロウィンイベント「ゾンビナイト」への協力は、商店街関係者からの評価も高い。テーマであるゾンビのキャラクターパネルの制作をはじめ、準備から運営まで企画段階から関わっている。「2年連続で仮想現実装置を利用したゾンビ体験ブースを設置、好評を博しました」。
 情報デザイン学科の学生は、デザイン技術もイベント準備の段取りも、大学の中だけでは身に付けられないレベルにまで到達するという。卒業制作は、「地域の人々に通用するか」が評価基準となる。プロの漫画家やデザイナーとして仕事をしている卒業生もいる。まだまだ広島では仕事として成り立ちづらいデザイナーとして、卒業生が広島で活躍していることは、近い将来『デザインと言えば広島国際学院大学』というブランドに繋がっていくかもしれない。「デザイン料は取っていません。しかし、あくまで教育活動の一環で行うため、学内での学生コンペもあるし時間は掛かることには納得してもらいます」と谷口センター長は述べる。
 デザイン依頼は自治体からも多い。特に、立地する広島市安芸区や海田町、安芸太田町とは地域連携協力協定を締結しており、「魅力資源マップ」やキャラクターデザイン、ポスターなどを制作している。安芸区の地域起こし推進課とは強い信頼関係で結ばれており、担当者は私立大学の実情や制度についても詳しいという。「大学の窓口ではなく、各課題に適切な教員に直接連絡がきます。また、広島市内の8行政区は情報交換を行っているので、ある区が本学と連携したと聞くと、次々に別の区からも依頼があります」と鎌倉事務部長。担当者からは依頼に対して小回りが利き、フットワークが軽いと評価されている。この大学はデザイン人材の育成と共に広島のデザイン制作の現場で着実に実績を重ねている。
 広島のバスケットボールチーム「広島ドラゴンフライズ」の支援では、12人の学生が関係者と打ち合わせを重ねながら、4か月かけて選手の大型パネル24枚を制作し、これらはJR新井口駅のデッキに掲示された。
 そのほかにも、店舗ロゴデザイン、イルミネーション、トマトブランド化、日本語教室、公開講座(過去には広島カープ選手OBを中心に企画)、古民家再生など幅広く展開している。

●強みを打ち出したプラットフォーム

 広島県の中山間地域では、全国と同様に人口減少、経済衰退に向かっている。大学はこの地域活性にも協力している。「三次市では、市を舞台にした漫画や酒蔵跡を地域活性に繋げようとしていますし、比婆郡は目撃された未確認生物「ヒバゴン」で様々に商品化展開していますから、パッケージデザインなどに協力しています。山県郡安芸太田町の「井仁の棚田」の整備ボランティアや米袋のデザインも担いました。県内各地域からの問い合わせが年々増えています」と谷口センター長。地域連携センターで把握しているプロジェクトは年間100程度。センターでは全てを把握できず、教員の草の根で取り組んでいるものもある。
 この大学から得られる知見は3つある。
 1つが、地域ニーズに合わせて学科構成を柔軟に変更していくということである。工学部から出発し、広島の産業構造の変化に合わせてきている。「現在は、デザインが強いですが、将来的にはまた変わっていくかもしれません」。常に、時代を見ながら、余力を残しつつ備える姿勢は重要だ。また、コラボレーション演習のように、現場の教育改革を先行させて、後から制度をフレキシブルに変えていく柔軟さも兼ね備えている。
 2つが、ボトムアップで大学文化を作る体制である。この大学の地域連携は、現場の取り組みを都度、大学の方針に取り込んできているので、現場にとって無理がない。また、学問的には遠い「工学」と「社会学」を、デザインを通して結び付けているので、大学が一体となった動きになっているのである。
 3つが、「文化」をテーマに地域プラットフォームを構築している点である。先の中央教育審議会のグランドデザイン答申では、大学を核とした「地域連携プラットフォーム」の必要性が訴えられているが、構築ありきで実態が伴わないものも少なくないのではないか。一方、得意分野に特化する実務的かつ実用的な産官学民のプラットフォームを構築しているという点で、この大学は地域の関係者になくてはならない役割を担っている。「本学は小規模ですから、中心になって引っ張るポジションではありませんが、縁の下の力持ちとして、各セクターを調整する役割を担い、小さくとも存在感を示すことが重要だと思います」。まさに、地域の私立大学が目指すべきは、得意分野で勝負するということではないだろうか。
 ポップカルチャーは、続けるべきだから続くのではなく、続けていて楽しいから続くのである。好きな作品から相互理解も生まれ、利害の対立も乗り越えられる。
 大学のこの取り組みは、根底において広島市民や行政の"ノリの良さ"や自分たちでなんとかしよう、楽しもうという気質に支えられてもいるのである。
 大学のキャッチコピーが『いい顔、始まる』であるように、教職員・学生ともに楽しさこそを大事にし、各学部がそれぞれの武器をもって「いい顔」で関わる。そのことが、実は広島国際学院大学の最大の強みであり、地域に不可欠な存在たらしめているのではないだろうか。