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地域共創の現場 地域の力を結集する

<40>徳山大学
地域連携を基軸に教学改革
既存学部を強みにブランド化へ

山口県周南市は、2003年に旧・徳山市を中心とする2市2町が合併して誕生した。隣接する下松市、光市と共に、山口県東部における「周南広域都市圏」を形成している。経済の屋台骨である湾岸地区には重化学工業系コンビナートが立ち並び、中山間地域は過疎化が進んでいる。この重厚長大型製造業の特徴は、納税額は多いが雇用は少ないこと。従って、若者の雇用を創る新たな地域づくりが重要課題にもなっている。そこでソフト産業や商業の育成・中心市街地を活性させるため、マンガやアニメーション、スポーツなどに力を入れてきたのが、山口県東部にある唯一の4年制私立大学・徳山大学(岡野啓介学長、経済学部、福祉情報学部)である。岡野学長、坂本勲准教授に聞いた。

●教育の二つの柱

地域での取り組みの前に、この大学の特徴的な教育である「EQ教育」と「アクティブラーニング(AL)」について触れたい。
「EQ教育」は、「心の知能指数(EQ)」を育成する教育で、社会生活で必要な基礎的人間力を養うことを目的に、行動科学や心理学の知見をベースに開発し、2007年度から全学的実施をはじめた。「まず、入学直後に合宿形式でチームビルディングや傾聴スキルを訓練し、自身の行動計画を作成します。2年次には、合宿を運営する立場となり、目標管理やリーダーシップを学びます。最後に、実社会の中で起こりうるさまざまな環境に対応しながら、他者と共同して成果を上げていくマネジメント能力を身につけます」と岡野学長。これらは独自の評価方法である「EQ診断」により効果測定され、その結果等は、次年度以降のプログラムに反映される。
「AL」では、一般講義での学生の「学びに向かう姿勢」向上を目指した授業改革、及び、地域課題をテーマとする課題解決型学習(PBL)、の組織的・全学的推進を目指した。前者では、教員各自がそれぞれの講義における「AL度」を自己評価する質問紙を作成し、回答から得られる数値をBAL(Barometer of AL)とした。BALに基づいて、各教員は主体的学びの誘発を意識しつつ授業改善を進める。更に後者では課題解決型学習の評価基準(ルーブリック)を作成。学生は評価結果を見ながら、自分自身やグループの課題対応能力の現状を把握して、今後の取り組みに繋げていく。
双方とも、岡野学長の発案により、様々な分野の専門教員の協力を得て、大学独自の評価指標等が構築され、教育のマネジメントサイクルが意識されている。「どのような教育を行うにしても、能力の指標化、ルーブリック、評価結果、それに基づいて学生自身がキャリア形成に役立てていくシステム作りこそが非常に重要なのです」。

●地域に舵を切る

大学が地域連携に力を入れ始めたのは2008年頃から。創立40周年を迎えた2011年には、全学を挙げて「地域に輝く大学」の確立が掲げられ、地域連携を軸とした教育研究活動に大きく舵を切った。大学ウェブサイトには、「地域課題の解決のために「地域との連携」をさらに深め、地域再生の拠点となる大学づくりに全力を注いでいきます」と、岡野学長は高らかに宣言している。「また、この地域連携を基軸として、カリキュラム改革や授業改善に努めました。その結果、2014年度には文部科学省「AP事業」、2015年度には「大学COC事業」の採択に結びつきました」と岡野学長は胸を張る。これを機に、「教養ゼミ」におけるPBL導入教育の義務化や、「地域ゼミ」の必修化も実施された。
「教養ゼミ(1年次)」では、情報と文献の収集、ディベート・プレゼンなどPBLリテラシーの習得、「地域ゼミ(2年次)」では、実際に地域に出て課題を発見し、解決策を提案する。ALを体験、3年・4年次には「専門ゼミ」として専門知識を活用したPBLを行い卒業論文・制作にまとめる。
特に地域ゼミは、この大学の様々な地域プロジェクトの中核をなす。一つのゼミの学生数は10~15名で、取り組む課題は、担当教員20名以上が持つ研究テーマ、地域で学生自身が見出した課題、地元企業や商工会議所・青年会議所からの地域課題から選択する。2018年度は、模擬会社運営、萌えサミット、自治体のプロモーションビデオ作成、障がい者スポーツ、映画祭の運営、市議会議員と政治の役割等を議論、課題解決型インターンシップ「若旅プロジェクトinやまぐち」、ゲームアイディア企画、下松市の宿泊施設の短編PR映画を制作など多数のテーマが進行する。
「徳山商店街が中心となって設立したまちづくり会社「まちあい徳山」で町のPR動画を制作するなど、学生視点から様々な企画を街に提案して実行する学生は、同社から内定をもらいました。また、別の学生は、T―SACという学生団体を立ち上げ、町のコーヒー店と連携して徳大ブランド「しゃかりき」を開発するなど、オリジナル商品の開発販売を行っています」。地域ゼミは、地元企業への雇用、新しい活動の立ち上げを促進させている。前・後期で年に2回、学内外に向けて発表会をしており、高校の先生方が見学に来ることもある。
学生団体「がくまち」は、2012年に設立した、地域の若者有志で構成される「まちおこし」活動団体である。大学COC事業推進本部の下部組織であり、地域プロジェクトを推進している。例えば、周南市主催の「共創プロジェクト対話集会」の運営を行ったり、周南観光コンベンション協会と連携して地域のツーリズム商品を開発したりした。
中には、「大学のHPで地域活動の様子を知って興味を持ち、大学を選んだ」という学生もいる。地域ゼミをきっかけに地域の魅力に目覚め、公務員を志望する学生もいる。まさに「地域ゼミ」を起点として、教職員や学生は地域に接点を持っていく。当初の意図通り、地域志向の大学に向かい始めている。

●市には70名以上のOB

徳山大学は公設民営型大学であり、周南市長をはじめ ㈱トクヤマや山口銀行など、地域企業や金融機関の代表者が理事に名を連ねる。周南市のまちづくり総合計画には、大学との連携・協力がしっかりとうたい込まれている。逆に、大学COC事業や私立大学研究ブランディング事業申請の際には市は積極的に協力した。「周南市役所には、部長級を含め卒業生が約70名以上、山口市役所も20名ほどが在籍し、彼ら/彼女らは、いつも母校である本学との連携を模索してくれています」と坂本准教授。隣市の下松市と光市とも関係は良好であり、大学に地域課題や政策の相談に訪れる。周南広域都市圏にとって、大学はもはやなくてはならない存在である。
産業界とは、地域の中小企業で構成される徳山商工会議所との連携が強い。例えば、会議所を通し毎週学食で、地元の経済人と「交流ランチ会」を開催、学生たちは「地域」や「仕事」について学ぶ。また会議所は、周南地区の産官学関係者に出会いの場を提供する「周南パラボラ会」を開催している。「アフターファイブに気軽に集まれるインフォーマルな異業種交流会で、地域の人たちと繋がるには非常に良い場となっています」と岡野学長は述べる。大学と産業界との関係は、採用直結型の動きが多い。地域に若者を根付かせるため、多様な採用活動の在り方が必要なのである。
科目「地域と産業」は、市長や地域企業のリーダーを講師に招くオムニバス授業である。「自治体学特論」は、市の各種事業について自治体職員が講義するなど、町の関係者がこぞって大学の講義に協力している。
大学と地域を繋ぐ中心人物が、COCコーディネーターの杉川茂氏である。杉川氏は、地元新聞社での勤務経験をもち、「がくまち」の立ち上げを支援し、企業等から広報費を集めた「がくまち会報誌」を発行している。毎号、地域での学生の取り組みを中心とした記事が掲載され、周南都市圏に広く配布される。「大学の知名度を押し上げる要因の一つになっています」と坂本准教授。
地域連携センターは、年に1度、「地域貢献研究事業」として、地域の人たちから地域振興、産業振興、学校教育等に関する研究依頼を受ける場を設定している。「この依頼に基づいた研究プロジェクトを学内で募集し、採択案件には研究費を拠出しています」と岡野学長は述べる。教員にとっては、地域課題を研究テーマにできれば業績にもなるのでメリットが生まれる。「地域からは、「大学にお願いすれば何とかなる」と考えてもらえています。将来的には「困ったら徳山大学へ」という認識になって頂ければ」。

●研究ブランディング事業に採択

2017年、大学は、周南広域都市圏の関係者と協働して、「健幸(ウェルネス)都市しゅうなん」の実現に向けた研究・活動拠点を構築する研究を立ち上げ、これが文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」に選定された。「本学はオリンピック選手の輩出をはじめスポーツが盛ん。ビジネス戦略学科にはスポーツマネジメントコースがあります。また、福祉の情報化を目指す福祉情報学部の取り組みを地域の関係者と繋げて、健康と介護予防を念頭に置いた「生涯スポーツ」で大学をブランド化する方策を考えました」。
この研究では、①幼児・児童生徒対象の運動能力調査、体力向上プログラムの提供、効果検証、指導者養成②中高齢者対象の体力把握、介護予防プログラムの提供、効果検証、指導者養成、③福祉教育プログラムの分析・改善、ICT活用による福祉サービス効率化・高質化、④地域住民の「満足度」「幸福度」を把握する指標開発、健康関連スポーツ産業の経済効果把握を行う計画である。「生涯スポーツをキーワードとして幼年期から高齢期までの体力向上を目指しつつ、それでも要介護者になった人達には、ICT活用による高質化・効率化された福祉サービスを提供します。そうした仕組みや装置を開発することは地域経済にも影響を与えます」と岡野学長は解説する。そして、これらを地域ゼミや教職課程などにも結び付け、教育の質向上を行う。
この事業には、周南市の健康・福祉、スポーツ振興関連部署、福祉介護施設やITベンダー企業が深く参画し、地域一体の取り組みとなっている。これ以前から、「ACP(幼児の発達段階に応じて身に付けてほしい動きを修得させるための運動プログラム)」や子供向けの「走り方教室」を実施し好評ではあった。「日本語が不自由な外国人介護士が使用できるピクトグラムを使った電子カルテの開発は、国内のみならず海外にも広く売り出せます。3市はこれらの事業に呼応し、政策に取り入れてくれました」。まさに大学の強みを、地域の強みに位置付けたのである。
徳山大学から学べる知見は二つある。
一つが、福祉情報学部を強みに変えたことである。元々は短大を再編した文系・社会学系学部で学生募集に苦戦をしていた。そんななか、人工知能やIoTの発達を背景とする福祉分野における情報化ニーズの高まりを見越して、この学部を大学の研究の中核に据えたアイデアは特筆すべきだろう。2019年度には健康福祉専攻を生涯スポーツ専攻に変更する。既存学部の見方を変え、社会情勢に照らして強みとし、学内改革にうまく繋げたのである。
二つ目が、学長のリーダーシップである。EQ教育、AL、ブランディング事業...現場のニーズを捉えての発案、各理論体系と組み合わせて独自の評価・分析方法を確立し、概念化・図解化する。これは恐らく岡野学長の専門が理論物理学であることと無縁ではない。「物理屋はすぐに頭の概念を可視化したがるのです」と苦笑するように、全ての取り組みは、学長自らが各種媒体で繰り返し解説している。トップ自ら先頭に立って大学を紹介することは信頼にも繋がる。学長自らのトップセールスの重要性は今後増していくだろう。
この大学は、既存学部や取り組みを分析し、それを強みにしたうえで地域と関わりながら、更に発展してブランドとしている。「生まれ育った地域で役に立ちたいと思う若者を育てたい。地域とともに大学の教育を作っていきたい」。大学の熱意は十分に伝わり、地域の人々も学生たちの取り組みを温かい目で見てくれている。大学のモットーは「地域社会との協働・共生」。これなくして生き残れないと岡野学長は事あるごとに述べる。経済学部長は、都市圏への経済効果を23億円と算出した。大学の効用をアピールするが、取り組みをみるに、徳山大学は名実ともに地域になくてはならない存在になっているのである。