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特集・連載

地域連携

-2-九州国際大学の地域共創
  地域に立脚した大学の目指すもの 
  人材養成の一端を担う職員

(学)九州国際大学法人経営企画室 神力潔司

 公共性の高い学校の職員であること
 現在の大学生に必要と感じている事柄は、筆者なりに列挙すると以下のとおりである。
 ①「脳みそ」と「体」で汗をかくこと
 ②「闘争心」、「忍耐力」、「体力」、「精神力」
 ③携帯世代の特性として不足している“たてのコミュニケーション能力”
 象徴する事例を少し紹介したい。
 現在の学生・生徒は非常にまじめな人が増えているように思う。しかし、まじめであればあるほど、細かい質問をしてくる。時として非常に具体的であり、かつ質問している学生自身のためにパーソナライズされた回答を求めていると感じる。これは、本当の“まじめさ”ではなく、今まで全てにおいて道筋を示された中で成長してきた「思考停止状況下におけるおとなしさ」と筆者は感じている。
 次に、考え方については、「時間軸が非常に短く」、「甘い」、そのくせ「堅物」で「堅実を求める」という点に読者の方々は思い当たる節も多々あるのではないか。
 一方で周りの大人についても同様で、例えばEQ(Emotional Intelligence Quotient:情動指数、心の知能指数)の診断テストでよく行われる「他人を喜ばせる言葉を三〇秒以内でいくつ書けるか」という設問で、中間管理職の回答数平均は六個という調査結果があった。これはいったい何を意味するのだろうか。「日ごろ喜ばせる言葉を使っていない」ことに相違ないのかもしれない。しかし、コンスタントに成果をあげている中間管理職での診断結果では、「感情の調整」、「感情の識別」、「情動の理解」、「感情の利用」という分野で自分の感情をコントロールした行動特性を身に付けているといわれている。
 このような指数は企業で働く社会人には大変もてはやされているが、大学の教職員に関しては、まだまだ教育力や教育方法とか社会人基礎力の養成への工夫という程度のものでしかない。そこで、前述の大学生に必要と感じている事柄を身に付けつつ、地域活動を通じて伸びる学生は、地域活動を通じてどのような作用や効果があったのかを、自らの子供の躾や教育を思い起こしながら振り返ったことがあった。
 地域や人々との「信頼と絆」とも言えるつながりと、様々な体験により伸びる学生の姿は、自らが想定・計画してのものではない。これらは全て体験から得られた単なる結論である。その一例として受託研究への学生参加を紹介する。
 平成十三年度以後の次世代システム研究所の受託事業には、多くの在学生を参画させた。社会科学系の学生でありながらも、彼らは協働受託した地域企業とともに調査研究活動を実践的に行う中でみるみる成長を遂げていく。
 調査研究活動では、まず、各専門分野の方々から非常にわかりやすい解説が行なわれた。明確な調査研究活動の意義を伝えることで、自らがこれから関わる活動が大きな調査研究テーマのどの部分を担っているのか。また、活動の結果や成果がどのように社会に活用・貢献されていくのかを十分に理解してもらう。
 かなりの重労働を伴う活動もある。しかし、学生を安価な労働力の提供者ではなく、次世代を担う人材と捉え、投資の意味も込めて調査補助員として報酬を支払い、対価を受けることへの責任感も同時に身につけさせることとした。
 この考え方に多くの行政関係者、企業人、研究者の賛同を呼び、地域と密接した地域共創の活動が開始された。地方の大学が地域に立脚することを目指した最初の実践的な取り組みとも言える。
 次に、平成十四年度には、北九州市新産業振興課の支援を受け、北九州地域のIT系ベンチャー企業とともに筆者が企画した「KIT&E(Kitakyushu Information Techno logy & Entrepreneur)」という学生参画型イベントがある。この時点では、IT系企業の起業は、単にITの技術者だけではなく、マーケティングや会計処理のできる人材とのペアが望ましいというだけの思いだった。理系と文系の学生とのお見合いの場を設定し、IT系のベンチャー企業でインターンシップを行い、その活動を通じて経験したことを新たなビジネスモデルとして企画し、プレゼンテーションさせた。
 少しずつ形態を変えながら数年間にわたり継続させていく中で、学生は限りなく“職場”という「現場に浸る」こととなる。同時に実社会を体験し、年代も考え方も異なる人々の集まりであり、様々な知恵が結集している“組織”に自らの身をおくこととなった。この体験こそが学生を成長させることを筆者自身が自ら体感した。中には、大学四年間を私と一緒に過ごしたい、ということで本学に入学した学生も出現したほどだった。
 しかし、筆者は事務職員であり、決して、学生を成長させるための明確なアイデアや経験があったわけでない。教務課、法人事務室、法人経営企画室、文化交流センター、次世代システム研究所、大学企画室、法人経営企画室などに配属され、業務の一環として地域の方々との人的ネットワークの形成に関心を持ち、大学人として、さらには私立学校法人に勤務する私学人としてのあり方を常に模索しながらその活動を継続しているという状況だった。学生の成長は人的なネットワークに依拠する様々な方々からの教示の結果でもあった。
 このころ、大学の教育職員の中には、事務職員が学生に対して社会体験を通じて教育のまね事や指導をすることに反対する方は少なからず存在した。筆者自身としては、「学校法人との雇用契約上の身分は事務職員であっても、地域の市民・企業の方々からすれば一般的には学校の職員であり、人材育成の一端を担っている者である」という理解での活動だった。これには、教室の中での授業・講義の単位認定権限はないものの、多くの生徒・学生を前にして様々な説明や報告を行わなければならない。
 事務職員であっても、常に学生と一対多の立場である認識が必要である。事務の窓口の扉や段差、事務室の扉が学生にとってどれほど権威的に思えるものかを筆者自身の学生時代の体験を思い起こしながら自分を納得させている。
 これは、人材育成と言う観点からすれば、様々な重要なルールの説明を担っているということであり、多くの人材育成の場面に関わっている。一言で言えば、私立学校という教育機関に勤める者は、いくばくかであっても「人材の養成」にかかわっている以上、自らの知識や経験を模範的に学生・生徒に示すことが仕事であり、故に教育機関に勤めるものは、その職業的身分にかかわらず公共性が高く認められているのである。
 この考え方は、今でも全く変わっていないし、今後も発展することはあっても変わることはない。
(つづく)