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平成30年1月 第2713号(01月10日)

ブラジルの高等教育政策
規模の拡大と多様化に注目して

北海道教育大学  山口アンナ真美
関西国際大学  塚原修一

ブラジル連邦共和国は、南米大陸で最大の面積を占め、日本の国土面積の約22.5倍にもなる。日本との関係は深く、20世紀に多くの移民が渡り、海外で最大の日系人社会を持つ。2016年にはリオデジャネイロでオリンピックも開催されたことは記憶に新しい。そのようなブラジルの高等教育政策はどのようになっているのか。昨今の事情を北海道教育大学の山口アンナ真美氏と関西国際大学の塚原修一氏に寄稿してもらった。

はじめに

ブラジルは、1980年代に軍事政権から離脱して民主化を達成した。90年代にはハイパーインフレの収束によって経済が安定し、2008年には世界第6位の経済大国に成長した。14年以降は景気が後退したが、2016年の名目GDPは世界第9位である。

経済成長にともなって、それを担う人材の確保が急務となり、1998年のユネスコの高等教育世界宣言にそって、高等教育の多様化と拡大、平等な機会の保証、教育の質保証の3つを柱とした政策が以下のように推進された。

一 多様化

新しい学校種

国家教育基本法(1996年)をふまえて、翌年には、技術専門士(テクノロゴ)を授与する技術専門士課程が高等教育段階に導入された。あわせて総合大学や単科大学とは別に、教育中心の学校種として大学センター(大学的施設の意)と高等教育学校が導入された。2004年には、国立技術高校のうち高水準のものが、高等教育段階に昇格して国立技術専門学校となった。

学校の教員資格も高度化された。1999年には、幼児教育と初等教育の教員資格が、中等教育段階の履修証明から高等教育段階の教職課程に移行し、教職課程の履修がすべての現職教員に義務づけられた。

教職課程は教育学部が提供する3ないし4年の課程であるが、その卒業証(リセンシアチュラ)は職業資格であって学位ではない。そのため、たとえば理科教員を志望する学生は、教育学部の教職課程と理学部の学士課程の双方を在学中に修了する方法のほかに、在学中には教職課程を修了して、学士は卒業後に取得する途がある。

卒業後教育課程

この学習形態に対応して、学部段階の卒業後教育課程(ポス・グラデゥアソン)が、学士課程、教職課程、技術専門士課程に用意された。こうした政策により、これまでは学位課程(学士、修士、博士)が重視されてきた高等教育に、職業資格課程や社会人向けの教育課程が加わり、役割が多様化している。

とはいえ、学士の人気は高く、在籍者数は学士課程が555万人に対して、教職課程は152万人、技術専門士課程は140万人にとどまる。教職課程や技術専門士課程は、中等教育段階の職業資格を高等教育段階に高めたものであるが、中等教育修了者の平均給与が6万円(1833レアル)に対して、高等教育修了者は18万円(5202レアル)と3倍であり、待遇改善につながる政策といえる。

二 規模の拡大

私学中心の拡大

高等教育の拡大と多様化は、その大部分を私学が担った。1996年から2016年にかけて、高等教育機関のうち公立は211校から296校へと4割ほど増加したが、私立は711校から2111校へと3倍になった。その結果、2016年には高等教育機関の87%が私学となり、学生の75%が私学に在籍する。

学校種ごとにみると、私学の割合は大学が55%であるのに対して、大学センターは94%、高等教育学校は93%である。このような差異が生じる理由は、文部省が高等教育機関の設置を認可するさい、まず高等教育学校として認可し、その後の評価結果、教育環境の整備状況、運営状況などをみて、大学センターへの昇格を認め、さらに大学への昇格の申請を認めていることによる。

設置基準の差異

これらの設置基準には差異がある。第1に、大学は財政・運営・組織が自律していなければならない。大学センターも同様であるが、小規模な教育中心のものでよい。高等教育学校は自律性がなくてもよい。そのかわり、すべての講座は常に評価の対象となり、講座の継続・新設・変更には文部省の許可が必要である。

第2に、教員の資格等が異なる。大学では、教員の3分の1以上が修士または博士の学位を有する常勤者で、4以上の分野において大学院を開設しなければならない。大学センターは、教員の3分の1以上が修士または博士の学位を有し、5分の1以上が常勤者でなければならない。高等教育学校では、教員は学士の学位を有し、5分の1以上が常勤者でなければならない。

すなわち、大学センターと高等教育学校は、大学よりも設置基準や、教員の資格・労働条件などの規制が緩和されている。結果として、私学では教員の約6割が非常勤講師となり、質の高い教育を提供する条件が整っているとは必ずしもいえない。

いずれにせよ、私学を中心とした高等教育機関の拡大と多様化により、18~24歳の高等教育就学率は、1997年の6.2%から2014年には17.6%となって、マーチン・トロウのいうエリート段階からマス段階へと移行した。

三 公私の格差

授業料

ブラジルでは、公立の高等教育機関は無料で良質の教育を提供するが、私立は授業料が高く、教育の質はまちまちと一般に認識されている。私学は多様であり、2016年に訪問調査を行ったサンパウロ市の例では、評判のよい名門大学の法学部では授業料が月額6万5000円であった。一方、1998年に創設された新興大学の法学部(夜間主コース、昼間コースより高額)は月額3万3000円であるが、評判はあまりよくないという。

定員充足率

このような事情から、入学定員と充足率には公私の違いがある。公立の高等教育機関の入学定員と入学者数(カッコ内)は、2000年の24万人(23万人)から、2016年は52万人(47万人)に推移し、入学定員がほぼ充足されている。入試の倍率は平均して7倍(大学は14倍)である。一方、私立の入学定員と入学者数は、2000年の96万人(67万人)から2016年は729万人(236万人)で、定員充足率は7割から3割に低下した。

在籍者の規模

学校種による規模の違いも大きい。2015年の数値によれば、大学は高等教育機関の8%を占めるが、在籍者は53%を占める。大学センターは機関数が6%で、在籍者数は17%である。高等教育学校は機関数は84%を占めるが、在籍者数は28%にとどまり、小規模なものが多い。

私学は、ブラジルの高等教育の拡大と多様化を支えた重要な存在であるが、役割を果たしているにも関わらず、名門の大学をのぞけば定員割れも多く、サンパウロ市のような大都市では学生の獲得競争が激化している。ほとんどの私学は、教育の特徴、質、設備の新しさや、入学金の免除、授業料の割引などの宣伝によって、学生募集に力を入れている。

四 平等な機会の保証

遠隔教育

ブラジルの国土は日本の23倍と広く、機会の平等を保証する重要な政策のひとつが遠隔教育である。連邦政府は、2005年の法令によって遠隔高等教育の普及に積極的に取り組むようになり、翌年にはブラジル公開大学システムを設立した。当初の目的は、幼児・初等・中等教育の現職教員が、前述の教職課程を受講するためであったが、現在はさまざまな専門分野の講座が設けられている。2016年には高等教育の在学者数の2割、約150万人が遠隔教育の学生である。遠隔教育にも私学の参入が著しい。全国の5133拠点(学生が遠隔教育を受ける施設)のうち、75%が私学である。

奨学金制度

もうひとつの政策が奨学金であり、私立の高等教育機関に在籍する低所得の学生を対象とする制度が導入された。2005年に開始された全国民大学教育プログラム(プロウニ)は、学費の一部ないし全額を免除(給付)する制度のひとつである。初年度は11万人(全額免除は7万人)が受給し、2016年には33万人(全額免除は17万人)に増加した。2005年から16年までの累積では、約190万人(うち7割が全額免除)が受給している。受給者は、低所得者のなかから、国家中等教育修了試験の得点順に選抜される。

2001年に開始された高等教育学生融資資金は、貸与された奨学金を卒業後に低利子で返済する制度である。利用者は2010年の7万6000人から、14年には最多の73万人になり、16年は22万人に減少した。前記のプロウニと併用できる。受給者の条件は、2016年からプロウニとほぼ同じになった。

入学者の割当制度

2012年には、公立大学(主に国立大学)の入学に、優遇枠を設定する割当制度(クォータ)が導入された。国立大学は入学定員を2等分して一方は優遇枠とし、他方に一般入試で学生を募集する。優遇枠は国立大学に入学が困難であった学生層として、低所得者、公立学校(教育環境が劣悪とされる)出身者、特定の人種が対象とされる。これらの背景をもった学生に、進学機会の平等を保証するねらいである。

五 質保証

全国学生学力試験

高等教育の拡大と多様化への対応策として、2004年に文部省は、高等教育の評価・管理・質保証を行う、国家高等教育評価システムを設立した。この評価制度の中核を担うものが全国学生学力試験(ENADE)である。高等教育機関はこの試験の成績を重視して五段階に格付けされる。5と4が良好、3が平均的、2と1は不十分を意味し、各機関の格付けが公表される。

この試験の特徴は次のようである。

  • 第1に、試験は毎年実施されるが、試験の対象分野は専門ごとに3年周期で反復される。受験者は対象分野の最終学年の全学生で、2007年には45万人が受験した。
  • 第2に、4時間の筆記試験であり、出題は全分野共通の一般教養(配点は25%)と専門分野(同75%)で、選択式と記述式の問題から構成される。
  • 第3に、試験の対象となる学生は、試験への出席が卒業の条件となる。しかし、試験の結果は学生の成績に影響せず、卒業証明書にも記載されない。すなわち、個々の学生の評価ではなく、高等教育機関を格付けするための試験である。
格付けの現状

2015年の結果を図に示した。公立と私立の高等教育機関を比較すれば、私立よりも公立の格付けが上回る傾向にあるが、私立の69%、公立の54%が平均的(格付けが3)とされた。学校種ごとには、高等教育学校、大学センター、大学の順に格付けが高まる傾向にある。

大学は、4が35%、5が6%と、あわせて41%が良好と格付けされた。高等教育学校は、15%が不十分(2)と格付けされたが、大学センターの78%と、高等教育学校の67%は平均的(3)と格付けされた。質保証という観点からいえば、高等教育機関の多くが平均的かそれ以上の格付けを得ている状況は、悪いものではなかろう。

さまざまな議論

この制度にはブラジル国内に賛否両論がある。たとえば、下位の高等教育機関は、試験の対象分野となる入学年次の学生に入学当初から試験を意識させ、4年間をかけて試験準備の教育を行う。ENADE試験は難易度が高いため、出題される水準の内容を教えることこそが、高等教育の質保証であると肯定的に捉えられている。

他方、上位の高等教育機関は、国家教育課程方針(日本の学習指導要領の大学版にあたる)に記載された学習内容のみが評価され、地域に密着した多様な学習や創造性の萎縮をもたらし、教育の硬直化を招いたと批判している。

政府の見解によれば、2008年から15年にかけて、不十分(2か1)と格付けされた高等教育機関が13%ほど減少したことから、直接評価の弊害はともかく、質保証には貢献していると肯定的である。

この制度には課題も多い。高等教育が求めるべき「教育の質」が標準化された試験で測定できるのか、「形にはまらない」教育はどのように評価に反映されるべきかなどの論点は本質的なものである。ブラジルにおける高等教育の質保証制度は、標準化された試験による評価にとどまらず、包括的な評価へと成長することが求められよう。

附記

ブラジルの全国学生学力試験については、『大学教育学会誌』37巻2号(2015年)と39巻1号(2017年)に詳しく述べた。