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平成30年1月 第2712号(01月01日)

高大接続―産業能率大学20年間の取組み

産業能率大学(浦野哲夫学長)の「アクティブラーニング」は、昨今のアクティブラーニングブームとは一線を画す。毎年夏、同大では高校教員対象のアクティブフォーラムが開催され熱い議論が繰り広げられている。昨年で第11回を数え、毎年大盛況のイベントとなっている。そこに至るまで20年にわたり着実に高校教員との連携を通じ、教育の接続のあり方について研究と実践を重ねてきた同大の高大連携の取組みについて経営学部の杉田一真准教授に寄稿してもらった。

高大接続のカギはキャリア教育

1999年、中央教育審議会は答申「初等中等教育と高等教育の接続の改善について」(いわゆる『高大接続答申』)を公表した。同答申は、「学校と社会及び学校間の円滑な接続を図るためのキャリア教育(望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育)を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある」として、はじめて「キャリア教育」推進の必要性を示した。本学の高大接続の取組みは、このキャリア教育の推進に高校と連携して取り組んだことが契機となっている。

当時のキャリア教育は「職業観、勤労観を育てる教育」と狭義に理解されることが多く、高校の先生の中にはネガティブに捉える方も少なくなかった。そして、本学に高校から「キャリア教育とは何か?何をすればいいのか?」との問い合わせを多く頂戴するようになった。そこで、高校教員とキャリア教育に関するインフォーマルな勉強会がスタートした。そして、この勉強会の中で、キャリア教育の中核は「社会で生きる力を育むことにある」との結論に至った。具体的には、今でいう「汎用的能力(ジェネリックスキル)」の育成に取り組むことにし、2004年に「高校生のためのキャリア開発プログラム」を試行し、2年間のトライアルを経て、2006年度から年2回オープンセミナーとして正式開催した。本セミナーは、高校の先生方の間で話題になり、見学の申し込みが殺到した。そして、本学に「キャリア教育こそ、高大接続のカギとなる」との仮説が生まれた。当時、高大接続の取組みは、大学教員による出張講義を中心とした先取り学習が中心であったが、これが高大接続の本質的な意義を果たすものかという疑問があった。しかし、高大接続を、キャリア教育を軸に捉え直すと、高大のみならず、幼小中高大の連続性まで描けるようになった。そこで、2007年11月に、キャリア教育で接続を研究する場として第1回「キャリア教育推進フォーラム」を開催した。

キャリア教育からアクティブラーニングへ

第1回のフォーラムにおいて再び大きな気づきがもたらされた。登壇いただいた和田美千代先生(福岡県立筑紫丘高校当時)が「キャリア教育を進める上で最も重要なことは、行事化したシステムやマニュアル作成ではなく、教師の眠ったキャリア教育的視点を掘り起こし、日常的な実践を進めていくこと」であるとおっしゃったことで、「日常的な実践」の方法について深く考えさせられることになった。そして、高校・大学において教員と生徒・学生がともに最も時間を費やす「授業」を、日常的な実践の場にしなければならないとの考えに至った。そこで、2009年開催の第3回キャリア教育推進フォーラムにおいて、はじめてアクティブラーニングの模擬授業を行った。この模擬授業は、参加者に大きなインパクトを与え、これをきかっけにフォーラムはアクティブラーニング研究の場としてその位置づけが大きく変わっていった。

キャリア教育推進フォーラムの重点が、ジェネリックスキルの育成とアクティブラーニングの推進に移っていき、第6回以降は、参加者によるワークショップを重視するプログラムに変更し、第8回では10教科の模擬授業を行った。2012年度からは東京に加えて、名古屋でも「授業力向上フォーラム」を開催するようになり、その他にも「アクティブラーニング実践セミナー」(計40回)を開催するなど、取組みを拡大してきた。
(図表1参照)

2つの改革へ 入試および初年次

キャリア教育の視点から高大接続に取り組む試みは、本学に2つの改革をもたらした。第1に、入試制度改革である。2007年度入試において、前述の「高校生のためのキャリア開発プログラム」に連動した「キャリア教育接続入試」を開始した。本入試は、「高校生のためのキャリア開発プログラム」を通じて自己の将来構想を描き、それに基づいて課題解決プランのプレゼンテーションを行い、これに自己記述書に基づく面接を加えて選考を行うものである。本入試によって、高校時代に自己の個性を理解し、主体的に活動してきた成果と、その過程で培われた汎用的能力(ジェネリックスキル)を評価し、入試においてもキャリア教育の視点を取り込み、高大の接続性を高めたいと考えた。

第2に、高校から大学への学びの転換期といわれる初年次教育に改革をもたらした。キャリア教育から発したジェネリックスキルの育成およびアクティブラーニングの推進という視点をもとに、2014年度に初年次の中核科目である「基礎ゼミⅠ・Ⅱ」を大幅改編した。具体的には、初年次に修得すべきアカデミックスキルとジェネリックスキルを同時に育成するプログラムを開発し、PBL(Project Based Learning)を中心としたアクティブラーニング型の授業に移行した。本改編は、外部から高く評価いただき、日本私立大学協会・教育学術新聞「教授法が大学を変える」(2015年度版)『深化するアクティブラーニング』に好例として取り上げられ、また、日本高等教育開発協会「JAED Good Teaching Award」を受賞した(2016年)。そして、本取組みの成果を可視化する目的で、2015年度より初年次および2、3年次の全学生にPROGテスト(注1)の受検を義務づけた。現在は、PROGテストの結果は学生ポートフォリオに保存され、学生とアドバイザー教員はいつでも閲覧できるようになっている。学修成果の1つとして年2回行われる教員と学生の面談においてその伸長を確認し、学習計画に反映するようにしている。

主体的学習者の育成へ

本学は、2014年度に文部科学省「大学教育再生加速プログラム(以下AP)」に『授業内スタッツデータ(注2)および学生の学習行動データに基づく深い学びと学修成果を伴った教育の実現』を掲げて申請し、採択を受けた。

本学はAP採択を機に、2016年度から新たな高大接続の形を模索し始めた。それは、高大接続によるアクティブラーナー=主体的学習者の育成である。スーパーサイエンスハイスクール(SSH)指定校などでは課題研究(探究型学習)に取り組むことが必須とされているが、高校の先生方から学生の主体的学習態度を引き出し、学生の成長を促す教育手法がわからないとの声を多くいただいた。本学では、従来から高校教員に対するアクティブラーニング研修は数多く行っており、アクティブラーニングに対する関心の広がりは実感していた。しかし、理解の深まりについては疑問を感じることもあった。そこで、今回は、学習者に注目して、主体的学習者を育成するプログラムを開発し、高校に提供することによって、学習者の変容によって教授者の変容が促されるのではないかとの仮説を立てた。結論から言えば、この仮説は妥当であったと考える。

まず、主体的学習者育成プログラムの開発チームを組織し、主体的学習者の定義から検討を始めた。それまで、本学でも「アクティブラーニングとは何か」について喧々諤々議論し、なんとかアクティブラーニングの浸透を図ってきたことを考えると、本プログラムの検討にも相当の労を要することが予想された。しかし、主体的学習者を定義し、その育成のためのプログラムを検討するプロセスは、思いのほか順調に進んだ。主体的学習者の育成という目的が明確であったことから、育成すべき力を確定することができ、育成プログラムの開発はスムーズに進んだ。この検討プロセスにおいては、初年次教育で蓄積していた知見が大いに役に立った。その後、関東と沖縄の3高校で、本学教員が出張授業としてプログラムを実施した。さらに、本学の教育交流協力校であり、3期連続でSSHに指定された群馬県立桐生高校では、課題研究(探究型学習)の一環として、高校の先生方がプログラムを全7クラスで実施した(図表2参照)。

私はこれまで、高大接続の取組みの一環で、いくつもの高校でアクティブラーニングに関する講演や研修を行ってきたが、桐生高校での試みを経て、アプローチの順序を間違えていたことに気づかされた。私も桐生高校で、高校の先生方がプログラムを実施される様子を拝見したが、プログラムが進行するにつれて生徒の積極性が増し、自主的な発言や質問の数が増えるにつれて、高校の先生方の教授法が変容していく様子が見て取れた。生徒の学習に対する主体性・積極性が向上することで、自然に対話型の授業進行に移行していったのである。授業を担当された桐生高校の先生からも「演習ではこちらの予想を超えた内容を書いていたり、想定外の質問を投げかけてくる生徒もいました。そこからまた発想が広がることもあるので、そうした質問も受けとめて、脱線しすぎないようにしていくのが教員の役割だと感じました」などの感想を得ている。これまで、学習者の主体性を前提にアクティブラーニングを行うか、アクティブラーニングによって学習者の主体性を引き出すのか、ニワトリと卵の議論があった。しかし、今回の試みによって「主体的学習者の育成プロセスを通じて、教員のアクティブラーニングに対する理解と技量が高まる」ことに気づいたことは、大きな発見であった。今後、高校において探究型学習がさらに広まっていく中で、大学と高校が連携して主体的学習者を育成する取組みは、大きな意味をもってくると考えている。

これからの20年

高大接続の取組みは、すでに多様な形で行われている(図表4参照)。ただ、本学は昔も今も、高大接続において「何を行うか」ではなく、「何のために取り組むか」を常に考え続けている。また、入試制度改革(評価)先行の高大接続ではなく、人材「育成」の視点から高大接続を考えてきた。

20年間に及ぶ本学の高大接続に関する取組みは、その中心がキャリア教育から、ジェネリックスキルの育成、アクティブラーニングの推進、主体的学習者の育成へと変遷してきた。これからの20年間は、これまでの20年間とは異なる、また新しい時代と学生が待っているに違いない。したがって、本学の高大接続の取組みも、今後も変化していくだろう。図表4を眺めてみると、高校教員×大学生、高校生×大学生の間に、まだ取組みの余地があるように感じる。高校の教員が大学で教壇に立ち、大学生に補習授業を行う一方、大学の教員が高校の教科の一部を担う取組みや、大学生と高校生と共に課題解決に取り組む事例なども出てきている。本学も昨今「大学生によるキャリアワークショップ」をスタートした。これからも建学の精神にあるように「時流におぼれず慣習にとらわれず、独断を排し、常に真実を求めつづけ」、高大接続の意義と在り方について研究と実践を続けていきたい。

注1 Progress Report on Generic Skillsの略。学校法人河合塾と株式会社リアセックが共同開発した社会で求められる汎用的な能力・態度・志向(ジェネリックスキル)を測定・育成するためのアセスメントプログラム。

注2 スタッツデータとは、統計を意味するstatisticsに由来する言葉(stats)で、スポーツにおける各選手のプレーやチームの成績に関する統計数値のことをいう。そして、授業内スタッツデータとは、授業における教員と学生のパフォーマンス(学生の質問数、教員と学生の対話数、事前課題に対するフィードバック時間等)の測定データのことをいう。測定した授業内スタッツデータの結果は「フィードバックシート」にまとめられ、授業を担当した教員に後日提示される。各教員は、本フィードバックシートをもとに授業改善を図る。

注3 授業内スタッツデータの測定によって、クラスごとに授業全体に占めるレクチャー時間が最大39.9%、最小17.2%とバラつきがあることなどが分かり、授業進行の可視化によって授業改善を加速することができた。

注4 主体的学習者育成プログラムの学修効果を測定するため、「主体的学習者診断テスト」を開発し、授業冒頭と最後に実施し、その変化を分析した。桐生高校では、特に探究心と自己肯定感に謙虚な伸長が見られた(図表3参照)。受講した生徒からも「いままで探究は漠然としていてよくわからなかったが、今日の授業で私たちの身近に起こりうるすべてのことなのだということを発見し、常に社会で求められることと理解した。これからは主体的、積極的に探究に参加していきたい」などの声が聞かれた。

杉田一真(すぎた・かずま)

慶應義塾大学総合政策学部および同大学法学部法律学科を卒業後、同大学法学研究科修士課程を修了。戦略系コンサルティング会社で経営コンサルタントとして大手企業の経営管理制度の構築、マーケティング戦略の策定などに従事。2008年4月、嘉悦大学経営経済学部専任講師に着任。研究教育活動と並行して大学活性化に取り組み、キャリア委員長、キャリアセンター長、アドミッションセンター長、学長補佐を歴任。2012年4月、慶應義塾大学院政策・メディア研究科特任講師、2013年特任准教授。2013年4月から産業能率大学准教授。2014年、文部科学省「大学教育改革加速プログラム」の採択を受け、事業推進責任者を務める。2015年大学改革推進委員。2016年度より学長補佐、教育支援センター長。