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地域共創の現場 地域の力を結集する <8>
八戸工業大学
町工場を回り御用聞き
共同開発に学生も巻き込む

青森県の3大都市の一角を占める八戸市は、古くから水産業で栄え、1964年には新産業都市に指定、主に水産加工業が盛んである。青森県内でも積雪は少なく、2002年には東北新幹線が開通し、県の主要観光都市でもある。全国的な町おこしイベント「ご当地グルメでまちおこしの祭典!B―1グランプリ」の発祥の地としても知られる。中心市街地から車で15分ほどに立地する八戸工業大学(長谷川 明学長、工学部、感性デザイン学部)は、県内で唯一工学系博士後期課程を持つ、学生数は約1200名、教職員数は約130名の地方小規模私立工業大学である。同大学の地域連携について、長谷川 明学長、金子賢治工学部土木建築工学科教授、浅川拓克機械情報技術学科講師、高橋 晋バイオ環境工学科准教授に聞いた。

●世界で2番目のドクターカー

十勝沖地震(1968年)、三陸はるか沖地震(1994年)、そして、東日本大震災(2011年)と八戸は大地震が多く、故に地震に強い街にするべく、この地域は防災・減災技術で先進的な研究を行ってきた。同大学の津波浸水の塩害対策、復興住宅、防災教育の研究成果はたびたびメディアに取り上げられており、海外からも防災技術の視察に来るなど、その成果は顕著である。特に東日本大震災直後には「防災技術社会システム研究センター」を設立し、研究、放射線計測観察、地域復興計画、情報発信を行っている。また、青森県をはじめ近隣市町村や教育委員会と防災についての包括協定を結んでいる。

中でも、ドクターカー(移動緊急手術室)の開発は特筆すべき研究成果だ。当時、高校教師だった浅川講師は、震災の体験から、移動型の手術室の必要性を痛感、既存のドクターカーで手術可能な車輌の開発に乗り出したのだった。パートナーとなった八戸市立市民病院は、全国でも先進的なドクターヘリの運用で有名であるが、このたび救命救急センターの今 明秀医師(同病院院長)と協働して「ドクターカーV3」を開発した。「医学系学会等でも話題となり、フランスに次いで世界で2番目の運用になりました」と浅川講師は説明する。

同大学の地域貢献活動は開学当初からの伝統である。1977年に八戸市からの委託で、地下水地盤沈下の計測・解析を行ったことを皮切りに、大量廃棄されるホタテ貝殻の再利用、雪害対策、青森・岩手県境の不法投棄廃棄物の環境影響の調査、三陸はるか沖地震の影響調査など、北東北地域特有の課題を解決すべく研究活動を行ってきた。「分野によりますが、学部特性上、7~8割の教員は何らかの地域と関わった研究を行っています。教員たちが自らの現場を持って連携研究を行っており、トップが主導しているわけではありません」と長谷川学長は説明する。

八戸を含む南部地区は、先述の通り、水産業と工業が盛んであり、そのことと同大学の歴史的発展は無関係ではなく、共同研究、研究費の調達、人材育成において双方にメリットがあると言える。特に土木建築学科は県内の関連企業と強く結びついており、県のインフラ維持を下支えしている。インフラは行政が管理しているため、行政との連携も必然である。例えば、金子教授の専門分野である地盤工学領域では、市内公共工事でのボーリング調査結果をデータベース化して、八戸の地質状況を詳しく調べる研究が行われている。長谷川学長の専門は橋梁工学で、橋梁の津波対策に関する研究をはじめ、橋梁維持管理にロボットを用いる研究会等を立ち上げている。

●文理融合の感性デザイン学部の存在

同大学の大きな特徴の一つが、感性デザイン学部(ビジュアルデザインコース、住環境デザインコース、文化コミュニケーションコース)の存在である。人文系寄りのこの学部も地域ニーズから生まれたもので、例えば、自治体や企業からの依頼があり学生がパッケージやキャラクターデザイン等を行うこともある。こうした実績を踏まえつつ、「地域そのものにもデザインが必要」というコンセプトから、2018年には「地域づくり学科(仮称)」、「創生デザイン学科(仮称)」を設置し、地域のデザインセンターを目指す。

2016年10月、同大学は、八戸市、株式会社まちづくり八戸と「八戸市中心市街地のまちづくりに関する覚書」を締結した。市は中心市街地における「まちづくり」の様々な課題を抽出・選定し、学生が課題解決に向けたアイディアを提出、改善方策を検討、まちづくり八戸がコーディネーターとなり、提案の実施に向け、授業として取り組む。初年度は、パイロットプログラムとして、同学部3年生が6人チームとなり、三日町と六日町の間にある「花小路」の整備の調査・計画について課題解決提案を実施した。ゆくゆくは、学科を超えて行いたいと金子教授は語る。「専門知識を引き延ばすためのプログラムではありません。地域課題に対して、それぞれ異なる知識を持つ学生同士がチームとなり、知識を融合させてよりよい解決策を導くためのPBLとなります」。

この覚書をはじめ、一連の取り組みの背景には市からの強い支援がある。小林 眞市長をはじめ市役所職員のフットワークは軽い。全国からの視察も多い地域観光交流施設「八戸ポータルミュージアムはっち」、全国的にも珍しい市営書店「八戸ブックセンター」などを次々と打ち出す一方で、「B―1グランプリ」の生みの親である「八戸せんべい汁研究所」(なお、所長の木村聡氏は八戸工業大学第二高等学校出身)、日本最大級の朝市「館鼻岸壁朝市」と観光活性を仕掛ける人材が豊富だ。小林市長は学位授与式をはじめ、大学の催し物には常に駆け付け、「街づくりにおける大学への期待」を訴える。地域のリーダーたちからは、同大学は街づくりの有力なプレイヤーとみなされており、実学志向の同大学もそれに応えようとしている。

もちろん、単に産学連携の中に学生を放り込めば勝手に学生は成長するということではない。同大学は、ルーブリック評価やラーニングポートフォリオの導入による学修成果の可視化を行い、2014年に文部科学省の大学教育再生加速プログラム(AP事業)に採択された。様々な教育手法を取り入れながら、専門知識・技術に加えて、コンピテンシーの獲得・評価にも力を入れる。

●大学と地域企業の好循環

産業界、特に地元の町工場との共同開発プロセスを一つの事例から紹介しよう。

八戸漁港では脂分の多い「八戸前沖鯖」が水揚げされ、サバの加工が盛んだが、加工後の大量の脂が活性汚泥中のバクテリアの働きを低下させていた。この相談を受けた高橋准教授は、マイクロバブルを用いて脂分を取り除く処理手法を確立。この手法を用いた装置の共同開発を地元企業に呼びかけ、手を挙げたのが真空技術で有名なアルバック東北株式会社だった。この間、大学院生も研究に携わっていたが、その学生は同社に就職、そのまま大学で開発に携わり、新規事業化を目指している。

高橋准教授は言う。「このように技術的課題の解決、新規事業における開発など、地元の町工場を回りながら御用聞きをします。地元の課題はなるべく地元で解決していくことを心がけています。研究開発資金は自前で調達できなければ補助金を見つけてくる。物になるものもならないものもあります。しかし、そうやって地元企業と信頼関係を築き上げていく中で、学生も研究開発に携わり、行政や企業の関係者からの指導・議論を通じて成長していく。彼らが就職すれば、今度は卒業生を通じて課題が相談されるという循環が生まれます」。

とはいえ、地元町工場にとって大学は決して敷居の低い場所ではない。大学側からの働きかけが重要で、外回りをしながら御用聞きをして中小企業が抱える課題を探り出すことが重要である。教員は技術系研究会等を主宰し、工場技術者や市の職員らに参加してもらいつつ、関係性の強化も図る。市役所や企業との連携に重要なのはコミュニケーション力だという。「結局は、人と人の付き合いから話が生まれますから、一緒に勉強したり飲んで話をしていく中で課題が出てきたり、見えてきたりするものがあるわけです」と金子教授。

共同研究・共同開発は年に十数件レベルだが、簡単な相談であれば年間数10件にもなる。まさに地方の工業系大学の強みはこの好循環にあると言えよう。

産学連携の学内組織としては、統括部署として「社会連携学術推進室」が置かれているほか、地域産業総合研究所が窓口となり、38地域県民局と連携し、地域の研究者と企業をつなぐ拠点として、「産学連携プラザ」を設置している。同事業は、青森県が平成28年度の重点枠事業として経費の一部を補助(2年間)している。

冒頭の通り、弘前大学には工学部が存在しないため、青森県全体で見ても、唯一の工業系大学であるという点は同大学にとっては有利に働いている。もっとも、地域の信頼が得られるようになった背景には、これまで紹介してきたような大学・教職員の絶え間ない努力と情熱があったことは言うまでもない。「地元地域の土木業界との関わりは東北大学よりも綿密にやっていると思います」と長谷川学長は力を込める。

同大学の地域連携を俯瞰してみれば、アイディアマンの小林市長や地域活性に積極的なNPO等、あるいは、救急医療や防災といったインフラ整備に積極的な八戸(南部)地域を、ソフト面・ハード面から支えているということであろう。そして、地域の課題を地域で解決する自治体・産業界ネットワークを構築し、この中に学生を巻き込むことで地域の技術者となるべく養成していく。

取り組みは連日のように新聞等に報道されている。2016年度には、同大学について298回の記事掲載があり(スポーツ等も含む)、地元での認知度は高い。

●ジェネラリストとしての役割

「町工場の課題解決に当たり、必要なのは最新で高度な施設設備や技術というより、ニーズを的確に捉え、関係者と腹の割った関係を築けるかがより重要になります」と高橋准教授。それはつまり、地域課題の解決には、国公私立という大学の違いや、いかに潤沢な研究資金があるかではないということである。地域の小規模私立工業大学が行うのは、個別の研究分野に特化してノーベル賞を目指す研究ではない。むしろ、地域のあらゆる分野の技術的課題を理解してその要因を特定しつつ、技術的解決の道筋をつけて開発を行える、ジェネラリストとしての役割が求められる。医師に例えるなら、専門医ではなく総合医としての資質や技術である。地域ニーズをきめ細かく丁寧に聞きながら課題解決に努力をする。その中でドクターカーのように世界でも通用する開発につながることもある。「地域の課題は東京からでは見えません。だから、地域にいて地域から発信していくことが重要です」と浅川講師は述べる。

人文系でも理工系でも地域連携に重要なのは、地域の人たちとのコミュニケーションである。そこに連携事業が生まれ、深い信頼関係が生まれる。そのコミュニケーションの原動力は、地域の人たちに応えたいという情熱である。まさに同大学は地域のシンクタンクとしての機能を担っていると言えよう。

八戸工業大学は、地域の中の大学であるとともに、地域と世界を「課題解決」というキーワードで結ぶ拠点となっていることは間違いない。