加盟大学専用サイト

アルカディアの風

今こそ"渡り鳥"制度展開を

 今号では、「高等教育のグランドデザイン」について、三つ目の論点を提示したい。それは、学生の流動化施策についてである。

 中央教育審議会大学分科会が公表した「今後の各高等教育機関の役割・機能の強化に関する論点整理」の項目「教員・学生の流動性の向上」には、「学生が所属する高等教育機関以外での学修や高等教育機関間の転学は多くはなく、都市に立地している大学と地方に立地している大学との学生同士の交流なども一部を除いてほとんど行われていないなど、学生の流動性は低い状況にある。(略)学生・教員の流動性を高めるための方策について検討する必要がある」と書かれている。

 日本私立大学団体連合会では、2009年に公表した「私立大学における教育の質向上~わが国を支える多様な人材育成のために」の中で、都市部の大学生と地方部の大学生との交流を「渡り鳥」制度として提案した。この要諦は、本紙2674号(平成29年2月1日号)の本稿でも触れたが、要するに、1年ごとに大学を渡り歩き武者修行をするのである。学生の知見を引き延ばすだけではなく、大学にとっても教員の能力開発、ひいては教育の質保証・評判に繋がる。

 当時は画期的なアイディアであったが、全国的な実現には至らなかった。また、政府では、日中韓で「キャンパスアジア」を進めていたが、大学院生レベルのごく限定された政策であった。

 昨今の地方創生の観点からも有力な切り札になると考えている。都市と地方の大学が交換留学をすることで、都市部の学生は地方の課題を、地方の学生は都市部のアイディアを知ることができる。学生は四年間を同じ場所で過ごすのではなく、在学中に都市と地方を交流しながら学んでいくことができると言える。

 こうした試みは、すでにいくつかの私立大学ではスタートしていると聞いている。半年や一年など長期ではなくとも、夏休みや春休みなど休暇期間中の滞在プログラムでもよいだろう。つまり、海外留学と同じ程度に国内にむける短期留学制度も整えていくべきである。また、国内留学中の学生の住居等については、大学の学生寮のほか、地域の空き家を利活用するなど、自治体等との連携も図る必要があろう。

 無論、現実には克服すべき多くの課題がその他にも存在する。設置形態に係る課題、大学財政の課題、単位の認定・接続の課題、カリキュラム編成上の課題等々、一朝一夕には解決は難しいものばかりである。しかし、100の困難を嘆くよりも、海外の事例や先行する私立大学の取り組みを参考にしながら、大胆に構造的な大転換を志向して一歩を踏み出すことが今必要な重要ごとだと考えるのである。(H/K)


国私間13倍の公費格差是正を

 前回に引き続き、いわゆる「高等教育のグランドデザイン」について、二つ目の論点を提示したい。それは学生納付金とこれに対する公的財政支援に係る問題である。

 比較の適正性を考えてデータは2014年を使用する。ご承知の通り、わが国の国公私立大学の学生納付金(年額・初年次)は国大生約80万円、私大生約140万円で、その差は約2倍である。公大生はほぼ国大並みである。あえて授業料とせず学納金の比較としたのは、授業料の定義が同一ではないため、後述する論点からも、むしろ家計負担格差の点からこの比較がベターと判断したためである。

 次に、わが国の大学生一人当たりの公財政支出額(2014年)は、OECD平均各国の99万円(2012年)を大きく下回り、69万円(加重平均)となる。しかし、これを国私立大学に分けると、国大生は218万円、私大生はわずか17万円で、その差はなんと13倍(!)となる。こうした国立大学に裕福な家庭の子どもが進学する傾向にもあると言われる社会的矛盾や、今日までに果たしてきた私立大学の公教育に資する社会的役割を鑑みれば、この非合理な格差は看過できるものではない。

 国公私立大学が真に切磋琢磨して競争し、教育の質、学習環境の充実が大学選択の基準となるためには、この金額格差を埋める授業料減免、給付型奨学金といった学生への経済的支援や基盤助成の抜本的拡充が必要になる。ある地方の私立大学では、先行して国立大学と同額の学納金で入学できる支援制度があるが、大学全体で考えると、それにも限界があると考えるのである。

 一方、社会を見れば、「わが国の大学数は多すぎる」、「私立大学は営利企業のようなものではないか」といった疑念の声すら聞く。高度にして成熟する知識基盤社会やグローバル社会の実現にとって、大学機能の強化と多様な人材育成が必須の重要事なのであって、これらの意見や批判はあまりに的を射ていない。私立大学はそれぞれの建学の精神のもと、学納金等を用いながら教育・研究・社会貢献に日々邁進している。その一端はこれまでも本紙で紹介しているところである。

 諸外国に目を向けてみれば(外国比較は軽々しくすべきではないが)、米国の有名私立大学の寮費・食費など含めた学納金が年間約700万円にもなる。しかし同時に、手厚い給付型奨学金等が整っているとも聞く。他方、韓国や台湾では、学納金額は政府が一律して決めるそうだ。わが国はと言うと、学納金、否、授業料はいかに積算されているか、あるいは、国の財政支援の根拠もまた不明である。等しく公教育を担当し、国立大学も法人化された今、大学生への国の公財政支出は、公平に配分されるべきであろう。せめて教育費に係る部分だけでも公正性が担保されるべきである。

 このテーマは今日のわが国の高等教育の基本問題であるだけに、着地点(無償化?)を見定めつつ、現実に横たわる国公私大間の13倍の公財政支出格差の是正は、高等教育予算全体の拡充を目指す方向において、早急にも実現したい課題である。(H/K)