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平成18年10月 第2251号(10月25日)

 

大学がUSRに取り組むために −5−

  新日本監査法人公認会計士 植草茂樹

 「USR(University Social Responsibility:大学の社会的責任)」に対する関心が高まっている。この現状を踏まえ、本紙では、本年一月にUSR研究会の渡邊 徹氏(日本大学)の「大学の社会的責任―USR」と題した連載を掲載した。このたびは、同研究会の事務局を運営する新日本監査法人の植草茂樹氏に、実際にUSRに取り組み始めるにあたり、具体的に何をしなければならないのか、そのポイントについて月に一度の連載で執筆頂く。

《広がる情報公開の流れ》
  ここ数年、大学において情報公開が広まってきている。私立大学では私立学校法の改正により財務情報の公開が義務付けられ、財務情報を補完するために学校法人の概要、事業の概要等を記した事業報告書の作成が定められている。ただし、営利企業の事業報告書のように定型的な雛形が詳細にあるのではなく、各学校法人が趣向を凝らして作成を行っている。しかしながら、収支計算書の公開と比較すると、事業報告書については広報誌やホームページへの掲載割合は低い(左表参照)。その中でも開示に積極的な大学は、HPの探しやすい場所に設定したり、読み手に分かりやすい開示の工夫を行っている。財務情報を補完する情報だからという理由で、財務情報が中心の大学や、大学全体の広報戦略の一環として作成を行っている大学があるが、読み手を意識した情報開示を行っているかいないかでは、出来栄えの差は歴然としている。
  一方、国立大学法人も法人化後、情報公開には積極的に取り組んでいる。そもそも国立大学法人は、組織、業務及び財務に関する基礎的な情報をホームページ等で開示することが法律により求められているが、定められている事項以外にもアニュアルレポートやフィナンシャルレポートを作成する大学もあり、より積極的に情報公開を行っている。さらに、環境配慮促進法により、今年度から多くの国立大学法人では環境報告書の作成が義務付けられ、九月末までに一斉に公開がなされた。この環境報告書も定型化されていないため、各大学により創意工夫が見られるが、学生が環境報告書の作成に関与している例や、環境教育と絡めて取り組んでいる例も見られる。

《ステークホルダーと情報開示》
  情報開示を行う目的はステークホルダーへの説明責任を果たすためであるが、どのステークホルダーに開示を行うことを目的とするかで、開示する情報は当然変わってくる。特に、私立大学の事業報告書や国立大学法人の環境報告書などは創意工夫の余地が相当あり、どのステークホルダーに向けてどのような情報を伝えたいかという整理をしなければならない。
  大学のステークホルダーは、学生・保護者・卒業生・企業・教職員等様々な方が想定されるが、当然報告書の開示対象でまず頭に浮かべるのは学生となるだろう。しかし、事業報告書や環境報告書を最もよく読むのは、実際は教職員ではないだろうか。実際、事業報告書で一番反響があったのが、内部の教職員であったという声を多く聞く。一般的に学校法人・大学は横の情報が伝わりにくいという組織風土であるが、こういった報告書を媒体として、学校法人全体への理解をしてもらうことも重要である。特に学校法人では系列校のことをあまり知らない大学の教職員が、事業報告書を通じて取り組みが理解できたという例もあるようである。
  最近、多くの企業でCSR(企業の社会的責任)報告書を作成しているが、表だって言われていないが、内部ステークホルダーである従業員を最も重要な読み手として捉えており、社内で報告書の勉強会等まで行っている。従業員がまず自社の理念・取り組みを理解するという直接的効果だけではなく、例えば営業先での営業の話に使う、従業員の周りで会社のことを話題にしてもらうことを通じて、広まっていく間接的な効果も狙っている。
  大学においても、まず教職員に対して学校法人の事業を理解してもらい、間接的に教職員の口から他のステークホルダーに伝えていくという戦略も重要である。例えば、高校に営業に行くときも、大学のことを理解してもらうために、報告書を使って説明するということが有効な手段ともなるだろう。
  また学生との関わりにおいては、報告書上で学生の顔が見えるものが様々な読み手に伝わりやすいと感じる。教育・研究等に対する取り組みだけでなく、ボランティア活動や環境配慮活動なども伝えていくことが有効な手段である。できれば学生だけではなく、教職員と学生が一体となった活動を開示していけば、大学全体の一体感を伝えることができる。他には、学生が報告書作りそのものに関与するということも考えられる。実際、環境報告書の作成においては、学生が参加している例、ステークホルダー委員会に学生等が参加している例等、様々な事例が生まれている。とはいえ、事業報告書は事業実施主体からの報告であるため、なかなか学生を参加させるのは難しいという。学生が参加した報告書を実現するツールとしてUSR報告書の可能性が考えられる。

《USR報告書に向けて》
  情報公開・説明責任を果たすのは、USRにおいて重要な視点である。大学がいくら経営努力をしていてもそれがステークホルダーに伝わらないのは、説明責任が十分になされていないからである。また、大学の情報にはプラスの情報ばかりではなく不祥事や事故等のマイナス情報も存在する。このマイナス情報についても適時・適切な開示方法を考え実施していかなければならず、もし、隠したと捉えられると社会から一斉に批判を浴びることになる。大学の持つ情報は、個人情報や機密情報を除けば多くは積極的に開示すべきものばかりである。
  事業報告書においてUSRに関する情報を開示する大学が出てきた。特に国立大学法人の環境報告書には社会性情報が付け加えられて報告されている例が多くみられる。この動きは今後ますます加速していくだろうが、今後、是非USR報告書の作成を提言したい。USR報告書には大学と社会の関係を整理して説明を行うことが必要であり、私立大学の存在意義、社会に対するミッション・ビジョン・活動プロセス・結果の開示を行うことが重要である。現状の大学の情報開示においては実施したことを見つけて、その結果を報告している事例が多い気がするが、今後は大学としての方針・方向性や、行った活動のプロセスを重視して情報開示を行うことも期待したい。
  USR報告書と事業報告書の違いはなにかという質問をよく受ける。確かに担当者にとっては事業報告書に加えてUSR報告書を作成するのは二の足を踏んでしまうだろう。しかし両者の趣旨はまったく異なる。事業報告書は大学の事業計画を実施できたかどうかという事業の実施報告書であり、USR報告書は大学と社会の関係の中で大学がどのように社会に対して責任を果たしているかというものである。公共性を持つ大学は教育・研究以外にも社会に対して多くの責任を担っているし、教育の質低下が指摘される中、本業に対しても責任ある教育を行ってほしいという社会的ニーズも存在する。社会的要請に対して大学としてどのようなミッションを掲げ、どのような体制で責任を全うできる取り組みを行っているか、そして結果はどうだったかを報告することが重要である。また事業報告書は単年度ごとの報告となるが、USR報告書は未来を先導していく大学の使命としてどのような将来像を示していくのかも重要な要素となるだろう。
  USRに関する報告書を社会に示すというのは説明責任を果たす目的もあるが、もっと重要なことは学内の意識改革の仕掛けのひとつとなることである。USR報告書を作成するとなれば一部署だけでは成り立たず、様々な部署を巻き込んでプロジェクトチームを作っていくことが必要となる。そのプロジェクトの議論の中で学内のミッション・ビジョンを明確にしていくことや、ステークホルダーの意見を集約していくこと、大学と社会の関係・取り組みを整理していくことが望まれる。その中で様々な学内の意見を集約し、統合化していくことも必要である。また報告書作りに学生に参加してもらうことにより、大学のことをよく理解してもらうことができる。
  今年のUSR研究会(私立大学の社会的責任研究会)の研究はUSR報告書のモデルを提示する活動を行っており、十二月にUSR報告書モデルを発表する予定である。これを契機にUSR報告書の作成を検討していただき、大学と社会のコミュニケーションと学内の意識改革につなげていただければと思う。
 
●(参考)USR報告書の記載項目例
  A報告書の基本情報、BUSRに関するビジョンと戦略、Cハイライト情報、Dステークホルダーとの関係、EUSRマネジメント態勢・建学の精神、行動規範、ガバナンス態勢、コンプライアンス態勢等、Fパフォーマンスに関する報告(教育、研究、環境・社会、経済・財政)、G情報の信頼性の向上
(つづく)

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