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平成18年10月 第2251号(10月25日)

 

井リポート/学校運営の現場から(10)
 個性輝く大学を訪ねて 日本医科大学

患者本位の医療めざして
日本私立大学協会顧問・弁護士井伸夫

 日本医科大学(赫 彰郎理事長)は、明治九年に設立された医師養成学校「済生学舎」をその前身とする歴史ある大学である。「克己殉公」(私心を捨て、医療と社会に献身する)を学是に掲げ、今年で一三〇周年を迎えた同大学は、世界的細菌学者野口英世や東京女子医科大学創立者吉岡弥生等、その精神を受け継ぐ多くの医学者を世に輩出してきた。
 同大学は首都圏に四つの付属病院と三つのクリニックを擁しているが、昭和五十二年に「救命救急センター」を、平成五年には「高度救命救急センター」をそれぞれ厚生省承認第一号の施設として開設している。現在では、二四時間体制で人命救助に当たる「救命救急センター」を四病院全てに設置するなど、今日まで日本の救急医療の先がけ的存在で有り続けている。また、同大学が擁する病院の一つである「千葉北総病院」では、平成十三年から「ドクターヘリ」を導入することで、重症患者の救命率の向上等に大きく寄与しているという。ヘリの出動回数は実に年間約六〇〇回、通算実績二七四八件(本年九月一日現在)にも上るそうである。救急医療が全国民の生命保持の最終ラインであることからすれば、救急医療に重きを置く同大学の経営は、まさに学是「克己殉公」の精神を具現化しているに他なるまい。
 さて、同大学は二〇〇一年度より「教えることが最もよく理解する学び方」であるとの教育理念のもと、「互いに教えて学ぶプログラム」を導入している。その中で最も象徴的なプログラムが「全学縦系列チュートリアル」である。このカリキュラムでは、一年生から六年生までの各学年二名 計一二名の学生と、二名の教員(アドバイザー)が小グループを構成し、議論を通じ互いに教え学び合う能動的な教育体系をとっているが、取り扱うテーマは「医の倫理」、「医療過誤」などの社会的問題から「BSE」、「環境汚染」等の今日的問題、あるいは「基礎医学と臨床医学学習の統合」等、医学的教育問題まで多岐にわたる。
 また、三年前に新設された臨床技能実習室である「クリニカル・シミュレーション・ラボ」では、ITを駆使した精巧な模擬人形等を用い、あらゆる疾患について学習することができる。トレーニングの様子は、マジックミラーで隔てられた別室の液晶モニターに映し出され、別室にいる教員らはその映像を見ながら学生らの指導・評価を行うことができる仕組みになっている。そのため、座学では得ることのできない臨場感の中で、確かな臨床手技を学ぶことができるそうである。また、このラボの開設と同時に開始されたカリキュラムである「クリニカル・シミュレーション・ラボラトリー実習」では、実習に参加する上級生が、教員とともに臨床症例シナリオを作成したり、ロール・プレイしたりしながら、同級生や下級生と伴に教え学ぶ授業形態がとられているという。
 既に述べてきたように、同大学の教育理念「教えることが最もよく理解する学び方」は、そのプログラムの中で着実に具現化されているが、学年や立場を超えて議論を重ねるといった経験は、間違いなく学生のコミュニケーション能力の向上に繋がっていよう。国民の健康と生命を保全していくためには、医療に携わる専門的職業人の質の向上が不可欠であるが、コミュニケーション能力を磨くことがこれに資することは言うまでもないことからすれば、我々国民にとっては何とも頼もしい取り組みである。なお、本取り組みは、平成十八年度「特色ある大学教育支援プログラム」に「学年や学部を超え互いに教えて学ぶ医学教育」として採択されている。
 また、同大学ではヒューマニティーのある医師を育てるべく医療面接(診察の際の問診)の授業を行っている。この授業の実現のためには、患者の気持ちを十分に伝えることのできる患者役が必要となることから、同大学では二〇〇四年より「模擬患者」と言われる患者役を広く市民ボランティアから募っている。授業では、彼らを患者に見立て、医療者(学生)が検査や治療計画に関する説明等を行う一方、患者役のボランティアは、具体的な症状等が書かれた台本を元に、患者役を演じつつ、医療者の態度や言葉遣い、話した内容などから良かった点、改善が必要な点等を医療者に直接伝えていくのである。医療情報が溢れ、情報強者と情報弱者という立場がより鮮明になる中、情報の格差をなくすことに努めることは、情報を握っている者の当然の責務である。十分な情報を持ち、それを公開する、すなわちわかりやすく的確に説明できるものにのみ国民の支持と信頼が寄せられる時代であると言っても過言ではない。
 殊に生命を預かる医療の専門家は、いかなる時も正直にわかりやすく説明することが肝要であろう。今回、お話しを伺いながら、知識や技術を重んじつつも、患者本位の人間味ある医療を目指す同大学の姿勢に触れ、心豊かな医師が今後も多く輩出されるに違いないとの感想を持った。

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