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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.550
地域連携が教学活動を活発化する
「三方よし」の理念から学ぶ

研究員  増田 貴治(学校法人東邦学園理事・法人事務局長・学長補佐)

「三方よし」の理念から学ぶ
 商いの考え方として、「売り手よし、買い手よし、世間よし」を言い表した「三方よし」の理念の重要性が、改めて評価されている。主に鎌倉時代から昭和初期にかけて活動した近江商人の話で、「売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献しなければならない」という意味である。
 人づくりを“なりわい”とする学校に置き換えるなら、売り手は「学校」、買い手は「学生・生徒、保護者」、世間はやはり「地域」である。
 売り手と買い手との関係においては、学生募集から始まり、教育・研究活動や課外活動、就職支援など学生生活全般で学生・生徒の満足度を高めなければならない。そして、現在では特に大学と「地域」との連携(貢献)のあり方が課題となっている。公的な役割を担う学校では、社会から付託された良識を持った市民を養成するという使命からすれば、特に「世間」から評価されてこそ最終的には「売り手良し」の自己満足につながる。
 地域連携(貢献)への取組みは、教学組織を活性化し、教育改革を実行する上での重要な活動であると考える。
地域にとって必要な存在へ
 2012年6月、文部科学省は「大学改革実行プラン」を公表し、「地域再生の核となる大学づくり(COC構想)」の推進を掲げた。そして、2013年度には、採択制の補助事業である「地(知)の拠点整備事業」が実施され、国公私立の大学、短大、高等専門学校から319件の申請があり、特色のある取り組み52件が採択された。
 日本私立大学協会附置私学高等教育研究所の私大マネジメント改革プロジェクトチーム(研究代表・篠田道夫桜美林大学教授)が2011年に行った「私立大学の中長期経営システムに関する実態調査」において、28大学から「中長期経営計画書」に関する現物資料の提出があった。計画書の記載項目を見ると、「企業・社会などとの連携強化」を戦略領域として明示している大学が25校あり、資料を提出されたほとんどの大学で、重要事項として位置づけていた(研究所叢書『中長期経営システムの確立、強化にむけて(2013年2月)』参照)。
 地域や行政からの要請が強まる一方で、大学においても地域ニーズに応えるための機能強化を行うとともに、行政や自治体からの協力を得て学生の社会人基礎力向上のための格好の学修フィールドとして活用する。まさに、地域と大学との協働活動が活発化して共に成長・発展し続けるために、大学がそれぞれの地域で存在感を発揮し、住民のための「地(知)の拠点」になる必要がある。
地域に貢献する大学づくり
 本プロジェクトチームは、地域貢献(連携)事業の特徴を把握するとともに、優れた事業を推進する上で共通するマネジメントモデルを析出することを目的として、平成25年12月よりCOC事業採択校を中心に訪問調査を始めた。その中で、今回は東海地区で採択された中部大学と名古屋学院大学の取り組みをご紹介したい。
 中部大学の『春日井市における世代間交流による地域活性化・学生共育事業』は、春日井市、春日井商工会議所、NPO団体との連携事業である。
 学生の成長を飛躍させる取り組みとして、「地域との関わり体験プログラム」を掲げ、学生がさまざまな形で六つの重点事業に参画して活動する。こうした4年間の学びを通して、地域社会の再構築のために必要な実践的人材を育成する狙いである。一定条件を満たした学生には、「地域創成メディエーター」の称号が授与される。
 COC事業への申請に際しては、COC担当理事・副学長を1名指名して推進責任者を明確にするとともに、事業を担う部署として「地域連携教育センター」を設置した。従来から地域連携業務に携わる研究支援センター及びエクステンションセンターと連携をとりながら事業を推進している。
 当大学は、理事長、学長それぞれの諮問機関として「理事長室会議」、「学長室会議」を置き、経営と教学との連携を前提としながら、経営トップが強いリーダーシップを発揮することを可能にしている。平成20年からは、学長主導で全学的組織「教育改革推進委員会」を設置し、教育改革に力点を置くようになった。特徴的なのは、ディプロマ戦略、アドミッション戦略、学生支援戦略などの個別のテーマごとに、プロジェクト型の組織を立ち上げ、検討した点である。全学的な教育改革を実現する過程では、学内の多くの教員を巻き込んで議論を重ねたという。教育制度の整備は勿論のこと、議論のプロセスで学部間及び部署間の垣根が取り払われ、教員の意識改革という副次的効果ももたらした。地道な議論の積み重ねが、結果として、全学的な大学改革に取り組みやすい組織風土の醸成にもつながったのであろう。
 名古屋学院大学の『「地域の質」を高める「地」域連携・「知」識還元型まち育て事業』は、地域の活力を取り戻すことをテーマにした事業である。これまで瀬戸市では、学生運営のまちづくりカフェを核として商店街を活性化させ、経済産業省の「がんばる商店街77選」に選定された実績を持つ。このノウハウを名古屋市の日比野商店街にも活用し、「愛知県活性化モデル商店街」にも選定されている。こうした取り組みをさらに強化する形で「地域商業まちづくり」を事業の一つの柱とした。
 また名古屋市と瀬戸市の歴史観光による地域活性の狙いと大学のリソースとのマッチングから「歴史観光まちづくり」を二つ目の柱に、そして設置する学部の学問特性と教員の防災に関する研究内容のシーズを活かした「減災福祉まちづくり」を三つ目の柱として設定した。この事業構想は、三つのまちづくりのアプローチを「地域の質(Quality of Community)を高める」という全体コンセプトに統合し、体系化したものである。
 今回の構想にあたっては、学長のリーダーシップの下、地域連携センター長を実施責任者に据えた。更に、地域活動に知見のある教員を核とするプロジェクト会議を立ち上げ、その活動を事務組織である企画地域連携室が支援した。プロジェクト会議は、事業構想を練るだけではなく、会議を構成する委員が所属する学部へ地道な理解活動を続けた。こうした学部との双方向のコミュニケーションを重ねる中で、プランの実効性が高められていったと考えられる。
教学改革を実現するマネジメント
 調査した両大学から見える組織マネジメントの特徴は、@教学・経営トップが強い意志を持って学内共通の価値観を位置づけていること、A事業の責任者と推進組織を明確にして、責任者には一定の権限が与えられていること、B組織的コミュニケーションを活発に行うことで事業内容や価値観を共有し、協働体制を構築していること、などが挙げられる。
 いずれのケースも、COC事業の申請要件を踏まえ、個々の地域貢献活動を全学的な取り組みにデザインし、協働体制を構築するプロセスに最も注力していたように見受けられた。このプロセスは、大学が持つ個々のシーズを全体に統合し、目的を達成するために、組織力を高める試みであったとも換言できる。
 学校法人を取り巻く環境がさらに厳しくなる状況で、大学間でのポジショニングによる差別化に留まらず、教育研究活動における組織の目的を明確化して、いかに教職員の一体感を醸成し、組織力を向上させていくかが重要な視点となろう。
(本研究所研究協力者:名城大学総合政策部課長・鶴田弘樹氏との調査報告書より引用して作成)

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