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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.522
大学教育と職業 高等教育学会シンポジウムの報告

研究員  丸山 文裕(広島大学高等教育研究開発センター 教授)

 2013年5月25、26の両日、日本高等教育学会が広島大学で開催された。大会最後のプログラムとして「今、大学教育を考える―職業との関連で―」と題する公開シンポジウムが行われた。地方での開催にもかかわらず、多数の参加者を得、報告者3名、コメンテーター1名を中心に、活発な議論が展開された。筆者は司会を担当し、ここではその概要を報告したい。
 日本では、景気が低迷し、製造業が衰退し、雇用構造が変化している。それによって大卒の就職状況は、長期にわたって芳しくなく、特に近年では超氷河期と言われ、社会問題化している。これは、日本に限らず、ヨーロッパでも若者の就職難、失業が深刻な状況である。
 若年者の就職が難しくなると、就職に有利になるように大学に進学するのは、きわめて当然な行動である。ヨーロッパや日本での進学率の上昇は、それを背景としている。しかし大学を卒業しても、必ずしも就職に結びつくわけではなかった。そこで労働市場改革が行われると同時に、大学の職業教育機能の強化が図られる。各国で大学の質保証が問題となり、キャリア教育の重要性が指摘されるようになった。
 このシンポジウムでは、大学教育と職業の関連を問題とした。学生の就職に関して、大学教育の何が問題となっているのか?学生の就職に関して、学生や雇用者のニーズに応えるには、大学に何ができるのか?何をすべきなのか?そしてこの分野の高等教育研究をどう進めるべきか?分析するにあたって方法論や理論に何が必要なのか?またいかなるデータが必要で、その分析に用いられるべきか?
 このシンポジウムは、大学改革、キャリア教育、学生支援、職業教育カリキュラム開発、学生の教育・学習に関心のある研究者、大学教職員、政策立案者などの方々に、有用な知見を提供できればと企画された。
 これらの問いについては、これまで講演会、シンポジウム等多くの機会に、大学関係者、企業人、マスコミ関係者、政治家、政府関係者によって論じられてきた。それぞれ傾聴に値する意見もあったであろうが、中には単なる成功物語、経験談、一般化できない意見など、研究とは別な次元の話もあったといえる。
 ここでは学会の研究シンポとして、大衆化した大学は、学生の質や教育プログラム等、さまざまな点で多様であること、他方、グローバル化、IT時代の企業も、求める人材、能力等が、多様であること、そして大学と企業の関係も、複雑化していること、を報告者に事前に承知していただき、議論を展開していただくよう要望した。
 第1報告者の金子元久氏(筑波大学)は、こちらが設定したシンポジウムの狙いに、きわめて素直に答えてくれた。氏は大学教育、そこで与えられる知識技能、職業・職務の三つの関係が、時代とともに変化したとみる。その三つが1対1の関係ならば、問題とならない。中世ヨーロッパの大学で教授されていた法律職、医師、僧職がそれに当たる。その対極にあるのが、現代である。大学は大衆化し、さまざまな学生が進学する。教育レベル、内容、方法も多様化する。他方、企業活動も拡大し、複雑化する。そこでは、大学教育、知識技能、職業職務の3者の関係が必ずしも結び付かなくなる。そしてその中間に、第2の3者関係がある。氏は現在の大学教育と職業についての問題は、その曖昧さにあるとみる。
 金子氏によれば、この状況に対して、現在三つの改革の方向が取られているという。一つは、大学をより「職業教育化」する方向である。キャリア教育の充実などが、あげられよう。第2は、大学教育において、より「コンピテンス(汎用能力)」を育成する方向に、改革するというものである。「課題探求能力」、「社会人基礎力」、「若年者就業基礎能力」、「学び続ける力」、などを育成すべきという、政府関連組織からの提言を、指すものと推測されよう。第3は必ずしも明確ではないのであるが、知識技能、コンピテンス、人格形成を結び付けて、大学での学習を学生が自主的に行うように方向づけるというものである。これらを検討するのが、高等教育研究の課題であると、氏は慎重に述べる。
 第二報告者の角方正幸氏((株)リアセック)は、大卒の採用形態、求められる人材、採用試験が多様化している事実から始める。正規、非正規、準社員、外国人、女性社員、高齢者、日本人留学生などが、職種別採用や地域限定で採用される。新卒一括採用だけでなく中途採用もある。この指摘はシンポ企画時に確認したとおりである。
 次に氏は、大学での成績と就業力が、相関しないことを問題とする。なぜかについて角方氏は何も示唆はしない。また入試難易度などの変数をコントロールしても、相関が低いのかわからない。そして学生の就職を支援するため、少人数教育、ゼミ形式の教育、学生を孤立させない工夫、優秀な大学職員の採用・育成などを提案する。氏の指摘は、キャリア教育関係者には貴重な情報であろうが、そこには飛躍があるのも否めない。
 最後に吉本圭一氏(九州大学)は、大学に短大、専門学校を含め第3段階教育と呼ぶところの職業教育を検討する。氏によれば、大学は職業教育機能を、結果的に果たしているだけでは、職業教育を行っているとは言えないとする。そしてインターンシップや実習を通じた「職業を通しての教育」を強調する。
 これら3報告に対して、小杉礼子氏(労働政策研究・研修機構)はコメントを寄せている。氏は職業能力を獲得する経路の一つとして、大学教育を考える場合、大企業正社員限定の議論になっているとしている。若い世代では、大企業正社員は減少し、選抜性の低い大学では、大企業志向は強いわけではないと指摘している。
 今後の研究は、大学教育、そこで学生が取得する知識技能、職業職務で必要とされる知識技能、のそれぞれの中身、3者の関係を調査データ、政府統計等をベースに分析することであろう。特に大学において学生は、汎用能力、職業訓練、職業人に必要な態度価値、就職情報など、いかなる知識技能を獲得しているのか、検討する必要がある。
 キャリア教育については、さまざまな内容を含むが、公的な機関がその必要性を強調してきた。大学側もキャリア教育を、単なる学生へのサービスとしての就職支援から、正規のカリキュラムとして、位置付けるようになった。他方、キャリア教育の理念、方法、評価についての曖昧さから、キャリア教育そのものに対する懐疑や、その効果への疑問が出されている。今後はデータに基づいて、これまでの効果を測定する作業も必要と思われる。
 最後に、3人の報告者、コメンテーター、及びシンポジウムに参加し質問を寄せてくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げたい。


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