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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.517
中長期経営システムの確立に向けて
第55回公開研究会の報告と提言から

研究員 岩田 雅明(経営コンサルタント)

大学は意図をもって経営されなければならない
 18歳人口の減少、家計状況の悪化による進学率の伸び悩みなど、大学を取り巻く環境は、ますます厳しさを増してきている。このような環境の中で大学を存続させていくためには、社会に必要とされ、社会に価値を与えることのできる大学を目指すというビジョンをきちんと描き、その実現に向けて不断に改善・改革を実践していくことが不可欠となる。
 3月7日に行われた公開研究会では、このような意図的、計画的な経営を実践するための重要な仕組みである「中長期経営システム」を確立していくために必要なことや課題について、篠田道夫氏(桜美林大学大学院教授)、増田貴治氏(愛知東邦大学理事・事務局長)、両角亜希子氏(東京大学大学院講師)の3名の研究員から報告と提言が行われた。
中長期経営システムに実効性を持たせるために
 篠田氏からは、「実効性ある中長期経営システムの構築に向けて」と題した報告が行われた。大学が抱える長年の課題として経営と教学との意識の違いがあるが、それを調整会議などでの対話により克服している例が報告された。経営、教学とも環境の厳しさを共有し、一丸として取り組む姿勢の表れといえよう。
 また今回の調査の結果、中長期計画(名称にかかわらず内容として)を持っている大学はおよそ4分の3となっているが、持っている大学と持っていない大学とで成果に違いは出ていない。この理由として、とりわけ厳しい環境下にある中小規模の大学が中長期計画を策定するようになったため、まだ成果には結び付いていないということが挙げられている。このほかの理由としては、計画はつくったけれど実行されていない、絵に描いた餅という状況もあるであろう。
 このようなことを踏まえて、篠田氏はビジョン実現に向けて着実にPDCAサイクルを回していくことの重要性を強調している。計画策定(P)の段階では、教職員間で計画の共有を図りやすくするために様々な部門、階層から意見を聴取すること、そして環境変化に対応した適切な計画とするための情報マネジメントが必要となる。
 計画を実行(D)していく段階では、実行を財政的に担保する予算化や財政計画との連動といったことが求められる。また行動を引き出し、進捗状況を測れるようにするために、数値化するなど具体的な内容にすることや、実際の業務の中に中長期計画を具体化させていくことが重要となる。
 そして今回の調査でも達成度評価が不十分との回答が73.9%もあったが、計画を効果的に進めていく上で欠かせない段階が三つ目の点検(C)である。計画、実行というサイクルは回っていても、この点検の段階がないと、次の段階である改善につなげることができず、成果が期待できないものになってしまうからである。また実行が点検されないということは、やってもやらなくても同じということになり、行動の継続という面でも不適切なプロセスとなってしまう。点検するためには達成指標の設定が必要となるが、上からの押し付けという形でなく、実行現場主体の設定が機能しているとの事例報告も行われた。
 最後の改善(A)の段階では、点検した結果から更なる変革課題を見つけ、計画の修正と実行へとつなげていくことが求められる。この段階が適切に機能することで、学習する組織となることができるのである。
小規模大学としての取組
 次に増田氏より、学生定員2000人未満の小規模大学における中長期経営システムの分析結果が報告された。小規模大学が特に重要な課題ととらえているのは、学生募集についてである。回答校のうちの小規模大学では、七割の大学が定員を充足できていないという状況(1000人未満では76.5%)であることを見ても、うなずけることである。このためであろうか、理事長・学長に期待することとして、「ビジョンを示すこと」がトップに挙げられている。先行き不透明な環境の中で、行く手を示して欲しいとの願いが感じられる。
 小規模大学の中で定員を充足していない大学では、計画を実行するための財政的な裏付けや計画の具体性が不十分であること、つまり実行できる計画であるという面が弱い。また、実行した結果をきちんと点検し改善につなげるプロセスや、課題の共有が十分でないことも指摘されている。
 これらの分析結果から浮かび上がってくることは、まずはビジョンを描き、そこに向けての変革課題の認識を共有し、行動へとつなげていくことの必要性である。このためには小規模大学のメリットを活かし、経営陣と教職員、そして教職員同士の豊かな対話の場を設定し、課題の共有と実行の確認を行い、改善へと進めていくことである。
調査からわかったこと
 最後に両角氏より、今回および過去の調査結果から判明した事柄が報告された。ここ数年で立地、規模による財政状況の相違が明確に表れるようになり、地方中小規模大学の厳しさが増してきている。しかし、その中でも大きく状況を好転させている大学もあり、多様性が増してきている。前述のとおり今回の調査では計画策定と財政状態との間に相関関係はみられないが、2008年度と2010年度の決算を比べ、悪化している大学や改善が進んでいない大学では、計画策定率が低いという傾向は出ている。計画的な経営の有用性がうかがわれるが、学生募集面といった具体的な面での成果はまだ明確には表れていない。
 調査結果やアメリカでの研究をもとに両角氏が提言していることは、大学における改革推進には教職員の巻き込みが大切であるということである。このためには、構成員を計画段階から参加させることが大切なポイントである。今回の調査でも、改革への取り組み、PDCAサイクルが機能してきたといった面では、教職員間での課題共有・浸透状況との相関関係が見て取れる。また、課題が教職員間で共有・浸透されているほど定員充足率が高く、退学率が低いという結果も出ている。
 そして課題を共有・浸透させるために必要なこととして調査結果から出てきたことは、教職員に計画内容等を十分に告知し、それに対する意見等を受け入れる仕組みがあること、計画策定にあたって担当者を定め、期限を設けるなど、計画実現のための工夫が施されているといった点である。
 大学という、知識集約型組織の構成員の意識としては、自主性が尊重されることが重要視される。つまり大学においては、当事者意識を持たせ、参加意欲を引き出す形のリーダーシップが有用といえる。そして、そのようなリーダーシップを機能させるためには、適切な人事制度の実施や、自由闊達な風土づくりということが大切であると提言している。
積極的な風土づくり
 これまでの大学は、前例踏襲や業界の慣例に従うといった意識が強く、新しい行動が生まれにくい風土であったと思われる。厳しい方向に変化していく環境下では、機敏な対応力が求められる。そのためには、新しい企画や行動を歓迎する風土づくりが不可欠となる。そのような風土の中でこそ、中長期の計画は実践され、改善され、成果へと結びついていくものである。


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