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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.511
私大財務の現段階 新しい学校法人会計基準で捉える

研究員  浦田広朗(名城大学 大学・学校づくり研究科教授)

 学校法人会計基準の在り方に関する検討会は、昨年8月、文部科学省高等教育局長決定によって設置され、同じく高等教育局長の決定によって設置されていた学校法人会計基準の諸課題に関する検討会が昨年3月にとりまとめた「論点の整理」などを踏まえ、計算書類を一般に分かりやすく、かつ適切な経営判断に資するものにするという観点から検討を重ねてきた。
 8回の会議とパブリックコメントなどを経て、本年1月末には最終報告書が公表された。本年度末には報告書に示された方向で学校法人会計基準が改正され、2015年4月から施行されることになっている。知事所轄法人については、1年間の猶予期間が置かれるほか、活動区分別資金収支表(後述)の作成を義務づけないなど、特例的取扱いもなされる予定である。
 検討会での審議は、補助金の適正配分と社会に対する外部報告という会計基準の目的の双方を考慮したものだった。基本金制度の再検討やキャッシュフロー計算書の導入などが大きな論点であったが、現在の学校法人会計基準の枠組みは維持された。従来から、第3号基本金引当資産については貸借対照表に明示されていたが、今後は、第2号基本金に対応する特定資産も明確化すると共に、第4号基本金については、対応する資金が年度末時点で保有できていない場合、その旨を注記することとされた。基本金制度を堅持し、一層強化する方向が打ち出されたということができる。
 福島大学の渡部芳栄准教授による実証研究(「学校法人『基本金』の研究」『高等教育研究』第九集)にも示されているように、基本金制度が我が国の学校法人の維持発展に果たした役割は大きいと評価できるので、この方向は妥当である。ただし、それだけに、基本金がどのような性格のものであるかを広く理解してもらう努力が今後も不可欠だ。
 キャッシュフローを明確にするという課題については、キャッシュフロー計算書に相当する活動区分別資金収支表が、資金収支計算書の付表という位置づけで導入されることになった。また、重要な経営指標である帰属収支差額について、従来の消費収支計算書では明示されておらず、帰属収入から消費支出を差し引いて算出しなければならなかったが、新しく消費収支計算書から名称変更される事業活動報告書では、科目「基本金組入前当年度収支差額」として明示される。この科目から基本金組入額を差し引いたものが当年度収支差額で、従来の当年度消費収入超過額(又は支出超過額)に相当する。
 いずれにしても、新基準による計算書類から、学校法人の財務状況を直接的に把握することが容易になる。したがって、各学校法人も、文部科学省が会計基準を改正するから止むを得ず移行するというのではなく、新しい会計基準を活用して、法人の財務状況を的確に把握し経営に役立てる工夫が求められる。
 そこで、新基準により、私立大学の財務の現状を捉えてみよう。ここで取り上げるのは、教育研究活動によるキャッシュフローであり、新基準では、教育研究事業活動資金収支差額として活動区分別資金収支表に表示される。これを算出するためには、新基準による資金収支計算を行わなければならないが、ここでは簡易な方法として、従来の消費収支計算書から算出することを試みる。
 教育研究活動による資金収入は、学納金収入、手数料収入、寄付金収入(施設設備指定分除く)、経常費等補助金収入、事業収入、雑収入からなる。資金支出は、人件費、教育研究経費、管理経費であり、資金収入から資金支出を差し引いたものが教育研究活動キャッシュフローである。消費収支計算書から資金支出を算出する場合、教育研究経費と管理経費からは減価償却額を、人件費からは退職給与引当金繰入額を除く必要がある。
 データの都合上、調整勘定を考慮することはできないし、寄付金収入を細分することもできないので、近似的な計算とならざるを得ないが、日本私立学校振興・共済事業団『今日の私学財政』による最近10年間の消費収支計算書データを用いて、4年制大学を設置する学校法人(大学法人)について教育研究活動キャッシュフローを試算すると、2002年度には1法人当り20.6億円であったのが2008年度には13.6億円まで低下している。
 プラスを維持しているとはいえ、大学法人は、教育研究活動で生み出されたキャッシュフローによって施設・設備整備を進めなければならない。最近10年間の施設・設備関係支出は1法人・1年度当り約13〜16億円であるから、相当の不動産売却収入などがなければ、2008年度の教育研究活動キャッシュフローは最低限の水準であったということができる。言うまでもなく同年度は、世界的な金融危機に襲われた年である。
 その後の教育研究活動キャッシュフロー(1法人当り)は、2009年度から2010年度にかけて回復し、2011年度は、2005年度や2010年度とほぼ等しい16.6億円である。ただし、2010年度と2011年度の教育研究活動キャッシュフローがほぼ等しいということは、2011年度の教育研究活動キャッシュフローが前年度よりも増加した法人もあれば、減少した法人もあるということだ。
 ここでは個別法人についての分析を進めることはできないので、大学法人の規模別・系統別データから、各類型1法人当りについて試算すると、2011年度には、学生生徒等数1000人未満の法人に加えて、5〜8000人の法人、さらには1万人以上の大規模法人の教育研究活動キャッシュフローが減少している。特に、学生生徒等数1万人以上の法人は、2009年度と比較しても小さい。
 系統別にみると、6年制課程への移行などによって資金繰りに苦しんでいた、薬学部を有する法人の教育研究活動キャッシュフローは改善している。2011年度には、医歯薬学系ではなく、理工系学部を含む複数学部法人、あるいは文系学部のみの法人の教育研究活動キャッシュフローが悪化している。
 これらの法人の教育研究活動キャッシュフロー減少額は僅かではあるが、従来から不安視されている小規模法人や多額の経費を必要とする医歯薬学系法人だけでなく、大規模法人や医歯薬学系以外の法人についても、より効果的なコストマネジメントが求められていることを示している。
 ストック面をみると、自己資金構成比率が僅かずつ低下しているとはいえ、2011年度末で84.9%と、なお高い水準にあるので、大学法人の財務は全体としては安定していることに変わりない。しかし、本稿で試算として示したようなキャッシュフロー計算によって、各法人の資金繰りの健全性をチェックする必要がある。法人内外からのチェックを直接的な形で可能にするのが、提案されている新しい学校法人会計基準である。


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