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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.468
学長直接選挙廃止の動向 韓国における大学の構造改革

研究員 両角亜希子(東京大学大学院教育学研究科専任講師)


 大学の学長をどのように育成、選出し、評価すべきなのかを正面から議論する時期が来ているのではないかと感じていたところ、韓国の大学でこれがホットイシューとなっていることを知った。韓国での議論を紹介し、日本の大学の学長問題について考えてみたい。
政府主導で国立大学の総長直接選挙廃止へ
 韓国では1990年代の半ばから大学設置基準の緩和などの規制緩和が進み、大学の数が急速に増加してきた。その一方で少子化の進行は日本以上であり、地方大学や専門大学で経営の悪化、大学教育の質の低下、就職率の悪化などが社会問題となっている。こうした背景で政府は大学の構造改革に乗り出している。私立大学については別のところでまとめたので詳しく述べないが、「経営不良大学」が指定され、自助努力で改善しない場合は認可取り消しもありうるという政策が進行中だ。全国38校の国立大学についても政府が評価を行い、下位5校を「構造改革重点推進国立大学」に指定し、総長直接選挙制の廃止、学科の統廃合や改編、大学間の統廃合などの構造改革を求め、これを履行しなければ最悪の場合、入学定員の削減や予算減額などの措置を行うことになっている(ハンギョレ新聞、2011年9月23日)。5大学のうち、江原大学、江陵原州大学、群山大学、釜山教育大学は、評価方法や総長直選制廃止などに対する不満などもあったものの、財政的な不利益を懸念し、最終的には総長直選制廃止を受け入れた。最終決断は学内教職員の投票を経てなされたが、総長直選制の廃止に賛成したのは、江原大学で52%、江陵原州大学で67%であった。忠北大学だけは教授会メンバーの74%が廃止に反対して総長直選制を維持している(韓国大学新聞2011年12月5日、12月9日)。
 また、教員養成大学の構造改革においても、総長の選出方法が重要な論点になっている。総長公募制の導入が求められているのである。釜山教育大学、光州教育大学は多くの教授陣が反対し当初は参加しない方針であったが、「構造調整に参加しない場合は翌年の募集定員をそれぞれ22%(88名)、23%(81名)を削減する」との通達を受けて、やむを得ず方針を変更した(ハンギョレ新聞2011年10月20日)。その結果、すべての教員養成大学11校で、総長公募制の導入などを含む、構造改革推進のための業務協約を教育科学技術部と締結し、2012年3月以降に選出される総長から公募制が実施されることになった(教育科学技術部報道資料2011年10月4日、10月18日)。
私立大学でも広がる見直しの動き
 国立大学の総長選出の方法について政策に従わなければ、入学定員や予算を削減して変更を迫るという強行的な手法に驚いたし、韓国においてもこのやり方に対する大学や大学人からの強い反発もあるようだが、ここで着目したいのは「総長を学内構成員が直接選挙で選出していては大学改革が進まない、弊害が大きい」という主張である。
実際、構成員による総長直接選挙の廃止はこうした構造改革という政策誘導・強制による変更に限らず、広がりを見せている。成均館大学をはじめ、相当数の私立大学が総長直接選挙制を廃止し、間接選挙制(直接選挙で代議員や推薦委員を選び、彼らが総長選任権を委任する方式)や折衝制(政府や理事会が複数の候補者を決めたうえで教授団が選挙する方式、あるいは教授団が複数の候補を選出し、政府や理事会が1名を決定する方式)を導入するようになっている(聯合ニュース2011年8月5日)。また、いわゆるSKY(ソウル・高麗・延世)で総長直接選挙制度が廃止され、他大学へも広がるのではと論じられている(金融ニュース2011年11月29日)。ソウル大学では今年の法人化とともに総長直選制を廃止し、総長推薦委員会の推薦を受けて理事会が選任する予定だ。高麗大学では既に総長直選制を廃止し、2010年12月に新しい制度のもとで総長が選出された。また延世大学では23年ぶりに直選制でない形で総長が選ばれた。理事会の総長候補選考委員会で5名の候補を選定し、最終的に1名の候補者(経済学部教授)を指名し、この総長候補者に対する学内の承認投票が行われ、教授投票率86.5%、賛成率86.6%で承認されたという(韓国大学新聞2011年11月30日)。
 韓国で総長直接選挙は1988年から実施されており、大学の民主化と自律化に貢献してきたことは多くの論者も認めているが、それ以上に弊害が大きいという議論が多いようだ。一部には総長選挙のたびに不正や過熱する選挙活動で学内が混乱する問題もあるようだが、ポピュリズムの総長が選出される傾向、学部の利己主義が強すぎる点、選挙功労者がその後の重要なポストに就く人事問題など、様々な弊害が指摘されている。
学長人材の育成・選任・評価システムの必要性
 以上は韓国における最新動向であるが、日本の状況にひきつけてこの問題を考えてみたい。多くの大学において実際の学長選考過程は非常に複雑なものであるが、複数の候補者を最終的に学内構成員の選挙結果で決めている大学は少なくない。構成員の直接選挙で学長を選出することが本当に大学改革の推進にとって弊害なのかは実証的に検証してみるべき研究課題の一つであるが、再編・削減などの難しい改革課題が大学に突きつけられる中で、確かにいくつかの大学において韓国と同様の問題が生じているように思われる。
 学部の利害代表のような学長が選出され、支持母体である学部の顔色を窺って全学的観点からの大学運営や思い切った改革ができないという話もよく聞く。また、前の学長と方針が全く異なる学長が選ばれ、大学としての方向性に混乱が生じているケースもある。また、国立大学では教職員の意向投票をした上で、学長選考委員会が2位の候補者を学長に選び、訴訟に発展したケースもいくつかある。学内規定に「最終的に学長選考委員会で学長を選任する」とある以上、訴えを起こしたところで勝訴する見込みは薄いが、何が基準で逆転したのかよくわからず納得がいかないという心情も理解できないこともない。学長選考過程において、構成員の意見を聞くプロセスがあることは重要であるが、そもそも学長として誰が望ましいのかについての情報を学内構成員は十分に持ち合わせていないし、不適の学長を選んだ責任を負うわけでもなく、最終的な判断が構成員の直接選挙に任されているという状態はやはりリスキーと言わざるを得ない。
 ではどうすればよいのか。難しい問題だが、学長選任過程だけを議論するのではなく、候補者の発見・育成、選任、評価という一連のシステムの中で検討する必要があるだろう。具体的には、次の学長をどのように選ぶのかを議論する以前に、まず学長の評価をしっかり行うことが重要なのではないかと考えている。大学を運営するにあたり、学長はどのような貢献をしたのか、それはなぜできたのか、また十分に機能を果たせなかった点は何であり、何が原因だったのか。こういった問いについて、学長個人の能力・資質の問題としてだけでなく、理事会等の関係も含めた経営システムの問題として学内で検討することが意外と行われていないのではないか。この評価を行うことによって、どのような仕組みを整備すればよいのか、その中で学長に求められる能力や役割、さらには望ましい選任方法も明確にできる契機となるのではないだろうか。

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