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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.452
振り出しに戻った質保証の理念 認証評価第一サイクルの自己点検

主幹 瀧澤 博三(帝京科学大学顧問)


第1サイクルの自己点検
 平成16年に始まった認証評価制度が、7年の第1サイクルを終え、第2サイクルに入った。各認証評価機関は第1サイクルの実施状況を点検し、その実績を評価して次なるサイクルに向けて評価システムの改善を進めている。この評価作業は各機関個別に行なわれたにもかかわらず、そこでの問題意識には共通性があり、したがって改善の方向性も基本的に一致しているように思われる。
 要点を述べれば、問題意識は自主的な質保証の基盤となるべき自己点検・評価が本来の趣旨どおりに機能していない、PDCAサイクルの要としての役割を果たしていない、と言うことにある。そして、この点に関しては認証評価のシステム自体にも原因があったのではないかという反省が、評価機関の側からも出てきた。「自己点検・評価の結果を分析して行なう」という認証評価制度の仕組みは、質保証に関する大学の主体性・自主性を尊重する趣旨と理解するべきところを、自己点検・評価を認証評価のための手段と捉え、そのプロセスの一部であるように意識してきた面がなかったとは言い切れないだろう。
 このような問題意識に基づいて、評価システム改善の方向は、まず認証評価の主たる目標は自己点検・評価の実質化(本来の役割を果たしうるようにすること)の支援にあることを明確にし、その趣旨に沿って評価システムを再構築することである。
 認証評価第1サイクルの7年の実績には、大きな成功と失敗が一つずつある。成功は、7年と限定された期限内に、全大学・短大を大学教職員のボランタリーなシステムによって総合的に評価するという事業をやり遂げたことである。この膨大かつ未経験な事業の困難性については、当初多くの関係者が計画どおりの遂行に強い危惧を表明していたところであった。
 失敗は、自己点検・評価の実質化の支援について、充分な成果を挙げ得なかったことである。ただし、この失敗には、認証評価機関の責めに帰し得ない理由もある。そのいくつかを挙げて、今後の質保証のあり方を考えてみたい。
曲折を経た質保証の理念
 大学教育の質保証の基本は自己点検・評価であり、第三者評価はその実質化の支援を目標とすべきだ、このことをわが国の大学社会は認証評価7年の経験を経て初めて学んだわけではない。平成3年にカリキュラムの自由化と併せて自己点検・評価の制度化を提言した大学審議会の答申「大学教育の改善について」(平成3年)が示した質保証の基本的考え方は、今回の認証評価システム見直しの考え方と全く符号するものであった。答申の言葉を拾ってみる。
 「大学の評価については、各大学自身による自己点検・評価が基本であり、(中略)まず、自己点検・評価のシステム・習慣を定着させることを第一に考える必要がある」「自己評価を効果的に実施するためには、(中略)大学団体等が各大学が実施した自己点検・評価の検証を行い、客観性を担保することも望ましい方法である」
 このような答申の文言を読むと、認証評価は7年の経験を経た今、改めて20年前のスタート台に舞い戻ったような感を覚えないだろうか。私たちが今認証評価の向かうべき方向として確認した理念を20年前に掲げながら、なぜ日本の第三者評価制度がその理念を基本として発展せず、本筋を外れた曲折を経験しなければならなかったのか、その経緯を反芻することは再び理念の混乱を招かないためにも必要なことではないかと思う。
何が自己点検・評価の実質化を妨げたか
 この曲折には教育の世界を巻き込んだ大きな政治・経済の流れがあった。一つは行政改革と絡んで生まれてきた国立大学の民営化・独法化論に対処しようとする動向であり、いま一つは経済活性化のための規制改革の流れであった。両者とも、前述の答申の基本的考え方に対し、前者は大学のアカウンタビリティーと運営の効率性の観点から、後者は市場主義の観点から、それぞれ大きな変更を求めたのである。
 ▽自己点検・評価への懐疑と効率性の重視:行政改革の動きは大学特に国立大学に矛先を向けるようになり、平成9年頃から国立大学の民営化、独法化論が表面化してきた。平成10年の大学審議会答申「21世紀の大学像」の背景にはこの動向に対する危機感があった。答申は「自己点検・評価という形式は実質的な評価を行なう上で限界があり」としており、より透明性の高い第三者評価機関の設置や評価結果の資源配分への反映を提言している。「自己点検・評価のシステム、習慣を定着させること」が第一だとした平成3年の答申のゆとりは失われ、第三者評価は、行革的な「効率性」を中心理念とし、公的な評価機関によるガバメンタルなシステムへと傾斜したのである。
 ▽市場メカニズムの重視:認証評価制度は平成14年の中教審答申「質保証の新たなシステム」によって生み出されたが、この答申には規制改革の強い枠組みは嵌められていた。この枠組みは市場主義を基本とし「事前規制から事後チェックへ」を教育、福祉、医療等公共性の高い各分野の共通原則とすることを求め、大学の質保証についても、設置認可制度の準則化、届出化とこれに代えて「事後の監視」としての評価認証制度の導入を提言していた。その理由付けとして示されていることは単純な市場原理(市場メカニズムのための参入規制の排除)であり、大学制度の特性に対する理解は窺えず、机上の論義という他はない。
 新しい大学の評価制度を創設するならば、まずその目標は何か、どのような改革を実現しようとしているのか、評価機関はどのような性格・位置づけのものにすべきかなど、制度の基本的な考え方を明確にすることが先決課題である。今の認証評価制度はこの点が曖昧で関係者の理解も定まらなかったことが一番の問題であろう。行革や規制改革の激しい流れの中で経済・財政の視点が優先し、大学の特質に基づいた本質的な議論が十分行われなかったことに、平成3年以来の質保証の考え方の自然な展開が妨げられてきた大きな原因があると考える。
自主的な質保証を基盤とする大学評価へ
 認証評価の第1サイクル7年の経験をへて、評価の関係者たちは、質保証の基本は自己点検・評価にあることを実感していると思う。大学を総合的に評価するということは、高い専門性と倫理性を求められる仕事である。また、全大学・短大を7年間で評価するためには、膨大な数の人材の確保と、各大学の自主的な質保証が機能しているという基盤が不可欠である。これらを実現するためには、制度や仕組みを作るだけでなく、大学評価が大学社会の文化として定着するような土壌が必要である。これらは年月を要する改革であり、平成3年の答申の考え方を基本とし、長期的視野を持ってぶれることなく年々の努力を積み重ねる以外に、即効性のある名案はないのだと思う。

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