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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.400
公開研究会報告 私大経営システム―現状と課題 財務・職員調査を踏まえて

研究員 篠田道夫(日本福祉大学常任理事)

 調査が明らかにしたもの
 昨年5月、私学高等教育研究所「私大マネジメント改革」プロジェクトは、「財務運営実態調査」と「職員の力量形成に関する調査」の二つの調査を同時に実施した。私大協会の加盟校から230大学、60%を超える回答を頂いた。その第一次集計(速報)を基に、2月19日、第43回公開研究会「私立大学経営システム―現状と課題―財務並びに職員アンケート調査を踏まえて―」を開催した。
 この二つの調査報告をつなぐ重要なキーの一つは、マネジメント。その中核を担うのが中長期計画。政策を確立し浸透している法人が、財政や事務局改革も前進していることがデータでも裏付けられた。中長期計画といってもペーパーがあれば良いという訳ではない。そのカギは、中長期計画、政策や方針の浸透と具体化、財政への反映、推進体制の整備、それを担う、とりわけ職員の力量の形成や運営参加にある。
 財務調査の両角報告
 両角亜希子氏(東京大学)は「私立大学の戦略的経営―現状と課題」と題し、戦略経営のあるべき姿を示した上で、計画の実質化が重要だという視点から、分析、報告を行った。事業計画は96.6%、予算編成方針も91.9%とほとんどの大学で策定されている。しかし、それが実際に予算に反映されているのは 47%だ。反映の理由は「目標や計画が明確で具体性がある」が76.5%を占め、リーダシップがある36.4%を大きく上回っている。理事長が陣頭指揮で予算査定にあたる法人も38.7%と増加してきた。財務シュミレーションを行っている法人は71%、財務分析の実施は49%、数値目標の設定や財務評価指標を置いて、計画を予算に具体化する努力を行っているところが、良い財務構造をつくり上げている。
 中長期計画策定法人は、前回調査の25%から今回55%に大きく前進した。内容も従来型の施設、財務計画中心から、教育改革、学科再編、募集や就職対策など教学的内容が多くなっている。そして、こうした中長期計画を持っている法人は帰属収支差額比率がプラスとなり、策定予定のない法人はマイナスで、計画に基づく経営が効果をあげているのが見て取れる。これは経営が厳しい小規模大学でも同様で、規模が2000人未満だと平均は赤字だが、中長期計画を推進する大学は黒字となっている。財務分析、計画の具体化と予算への反映など、実質化の取り組みが極めて重要だということが調査から証明された。
 職員参加の増田報告
 そうした改革を支える職員の位置づけや役割、力量はどうか。まず、増田貴治氏(愛知東邦大学)が「経営政策支援組織としての事務局体制の構築」をテーマに報告した。職員の大学運営に対する影響度は徐々に拡大している。中長期計画で58%、事業計画で66.7%の影響度を持ち、学生支援71.9%、就職支援84.4%、学生募集84%など教育本体を支える分野では強い力を持っている。
 この実績が学内での存在感や信頼をつくり出し、就職進路支援、学生募集、学生相談や生活支援などの分野で90%超の大学が教職協働を行っている。特に最近は、大学の将来構想づくりや認証評価業務、GPなど競争的補助金の獲得の場面での教職協働が前進しており、職員の役割は高まりつつある。
 しかし、職員の積極的取組みが評価される反面、それに相応しいポストや権限、組織への正式参加は、進んでいる大学と不十分な大学とに分化している。調査では、職員が提案、発言する風土、運営がないと答えた法人が49.8%と約半数あり、参加出来ない理由として、教授会の自治意識が強い、22.1%、教員が統治している13.9%、職員の位置づけが低い23.4%などがあげられている。職員の成長と力の発揮、経営・教学の充実や学生満足度の向上のためにこそ、職員の運営参画が求められている。
 力量形成の坂本報告
 坂本孝徳氏(広島工業大学)が「事務職員の力量形成に関する課題」の報告で明らかにしたのは、そうした参加と改革の前進を図る為にも、職員の育成、特に開発力量の水準アップが喫緊の課題だということだ。
 職員の成長は、単に研修制度の充実だけでは駄目だ。採用方針、採用計画から始まり、計画的異動によって経験を積み、どのような基準で管理者に昇格させるか、トータルな育成の仕組みがいる。
 目標が明確で政策や計画が教職員に浸透している大学は、人事考課制度の導入率も高く、研修制度も充実しており、政策や教育改善に対する発言力も強いことが調査で明らかになった。管理者改革でも、年功制を廃止し、職務内容や権限の明確化に取り組み、昇格基準を定め、また昇格方法の改善を通じて管理職のレベルアップを図っている。
 人事考課制度、目標管理制度も全体平均で48.1%と増え、入学定員600人以上で約6割、1500人以上では7割以上が導入している。研修制度も、新人研修や全員研修は7割近い大学で行われており、テーマ別研修や階層別研修も4割前後の大学が取り組んでいる。そして、こうした力量形成と併せ、建学の精神に根を置く帰属意識を強く持った人材の育成が要であることも強調された。
  中長期計画の実質化
 筆者の報告「中長期計画に基づく私大マネジメントの改革」でも、この計画の重要性を強調した。中長期計画は、全学一致を担保する上で必要なばかりか、即効的には成果が出ない教育とって、総合的、年次的取り組みは不可欠である。平等的風土の強い大学では、重点を明らかにすることなしには、目標実現はおぼつかず、この点でも計画は欠かせない。
 経営計画と教学計画は、中長期計画として一体化される傾向にあり、これなしに社会的評価の向上は難しい。しかし、計画・プランがあれば良い訳ではない。財務調査で明らかになった「計画の具体性」の効果は、こうした計画が予算編成に貫かれ、教学改革方針や業務方針に落ちているかが肝心だということを示している。中長期計画をお題目に終わらせないためには、政策重点に人・物・金が集中されなくてはならない。これは入学生の減少などで縮小する財政構造の中では、並大抵のことではない。重点事業を実現しようとすれば、一方で削減、縮小すべき事業も明らかにせざるを得ず、こうした「選択と集中」にとっては「計画の具体性」が担保されれば大きな力になる。
 もう一つ重要なのが、計画を具体化し推進する体制、経営や管理運営の責任体制や意思決定と執行システム、政策の企画・立案体制、リーダーシップ。そして、それを担う職員の力量、特に目標を実現する開発力が問われている。将来計画の策定に職員が大きな役割を果しつつあり、調査では計画の審議組織は、教授会の23%に対し事務局組織は35%だ。
 改善案、新規事業計画を企画・推進する職員の、組織としての取組みが求められる。調査では、課室横断のプロジェクトが活動しているところが62.3%、政策や事業を企画する事務部局があるところが53.2%と増えている。IRやマーケティング部署はまだ少ないが、教育改革推進事務部局も34.2%もあり、職員が教育領域にも役割を果たしつつあることが分かる。
 今後さらに分析を深め、経営のあるべき姿や評価基準を明らかにしていきたいと考えている。

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