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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.366
エンロールメント・マネジメントの新たな展開 学生の満足度を高めるチャレンジ

私学高等教育研究所研究員 船戸 高樹(桜美林大学・大学院教授)

 一人の学生が当該大学に興味を持った瞬間から「志願―合格―入学―在学―卒業―同窓」までを一貫してサポートするエンロールメント・マネジメント(以下EM)の理論は、70年代半ばに当時ボストン・カレッジの入試部長で、理論物理学者のジョン・マグワイア博士が構築したものである。しかし、この30年間に大学を取り巻く環境が大きく変化し、従来のEMの理論では、対応できなくなってきた。このため、マグワイア博士は新たな時代に適応できる理論を再構築し、このほど発表した。
 これまでのEMは、学生に焦点を当て、@フィナンシャル・エイド(財政的支援)、Aリテンション(退学防止)、Bリサーチ(調査・分析)の三つの要素を重視したものであった。これに対し、新しい理論は学生だけを対象とするのでなく、大学を取り巻く数多くのコミュニティとの関係を加えたものである。博士は、これを「EM=2C」と名づけている。この意味するところは、EMはC(コミュニティ)の二乗。つまり、大学もひとつのコミュニティであり、学外のコミュニティとの関係を重視することによってEMの最適化を図ることができるというものである。
 博士がこの3月に来日した機会に桜美林大学大学院で行った講演の要旨を取りまとめ、紹介する。
 【ITの脅威】
 EMが始まった30数年前と比べ、もっとも大きな環境の変化は情報通信技術の進展である。かつて、大学が発信する情報はパンフレットやDM(ダイレクトメール)、ニューズレターなどの紙媒体が主流であった。当時は、志願者自身が大学から送付されたパンフレット類を読んで、進学先を研究することが一般的であり、紙媒体は重要な情報ツールといえた。
 ところが、現在では高校生をはじめ、父母、高校の教員、企業、地域社会のほとんどがネットを通じて大学の情報を入手している。ここにネット・ユーザーというコミュニティが存在する。厄介なことに、ネット上の情報は必ずしも大学にとって都合のよい情報ばかりではない。中には、流言蜚語の類や悪質な噂、学生と教員とのトラブルなどがネット上に氾濫する。このように考えると、マーケットのほうが大学関係者より多くの情報を持っているとも言える。しかも、最近の若者は大学が提供する情報よりも、ネット情報のほうを信頼する傾向が強い。
 このような状況の中で、大学は「ITの脅威」に立ち向かっていかなければならないが、その認識はそれほど高くない。好むと好まざるとにかかわらず、悪質な情報を否定し、訂正できるのは大学自身である。それでなければ、ネガティブな情報だけが独り歩きし、あたかも真実との誤解を与え、社会の信頼を失いかねない。
 そのような事態を避けるためには、ネット情報に対するリスク・マネジメントの意識を高め、日常的にチェックする体制を構築する必要がある。仮に、大学にとって好ましくない情報でも、隠すのでなく正直に伝えることが、ネット・ユーザーというコミュニティとの好ましい関係を維持するポイントといえよう。
 【姿なき志願者】
 IT技術の進展は、志願者というコミュニティにも大きな変化をもたらしている。パソコンが一般化する前、大学はCB(カレッジ・ボード)からSAT(大学進学適性試験)の点数を指定して受験生の名簿を購入し、DMを送って出願を呼びかけていた。また、スタッフが高校を訪問し出願を呼びかけることも行っていた。つまり、どの地区にどのような学生がいるかということを十分把握していたわけである。したがって、長年の経験から何人の志願者があり、何人が合格し、何人が入学するかということが漏斗(じょうご)の形を使って説明が可能であった。
 ところが、ネットによる情報が主流を占めるようになった今日では、従来の経験や勘が陳腐化し、志願者の実態が把握できなくなってきた。つまり、ネット社会は志願者の多様化を促進しており、アドミッション部門は、より緻密な学生募集戦略の構築に取り掛かる必要が出てきた。姿なき志願者という未開のマーケットに光を当てるためには、紙媒体の限界を認識し、HPの充実や携帯を使った情報提供というIT化の進展に資源を投入すべきである。
 【ランキングという妖怪】
 メディアによる大学のランキングが盛んに行われている。「評価基準があいまいで信用できない」「うちの大学が、なぜあそこより下なのか」といった理由で、ランキングそのものを否定する大学関係者は多い。しかし、一方でその結果に一喜一憂しているのも大学関係者である。
 ただ、ランキングがマーケットに与える影響は無視できない。事実、母親たちは子供の進学先の決定に当たって、ランキングを参考にしているケースは多い。だからといって、ランクを上げるために、大学が自らの持つミッションや目的を放棄することは避けなければならない。メディアというコミュニティと良好な関係を保つことは重要であるが、擦り寄る必要はない。ある基準でランキングを作成するということは、画一化の方向に進むことを意味しており、大学はあくまでも多様であるべきだ。「ランキングという妖怪」に振り回されないためにも、大学の存在意義を確認し、堅持する姿勢が求められる。
 博士は、このほかにも「同窓会のコミュニティ」「企業というコミュニティ」などいくつかのケースを挙げて、大学がいかに多くのコミュニティと関わりあっているかを説明した上で「未来永劫に続く理論はありえない。EMも新しい時代に即したものに変化しなければならない。ただし、新たな理論を理解する者が成功するわけではない。変化を自覚、認識した上で、勇気を持ってチャレンジする者だけが成功を手にすることができる」と述べた。また「以前にも増して地域社会は、大学に多くのものを求めている。その中から大学が取り組むことのできるものを選び出し、それを教育の現場に反映させることである。いずれにしても、これからは大学とコミュニティが共同化、一体化していく関係を構築することが重要であり、そのことが学生の満足度を高めるというEMの基本理念につながるからである」と締めくくった。

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