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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.363
危機に正面から立ち向かう 政策を軸に改革推進

私学高等教育研究所研究員 篠田 道夫(日本福祉大学常任理事)

 【兵庫大学】
 震災による生徒数激減
 睦学園は、幼稚園二つ、中学、高校二校、大学・短大からなり、1995年に設置された兵庫大学は経済情報学部、健康科学部、生涯福祉学部、1750人が在籍する。
 1995年1月の阪神・淡路大震災で須磨ノ浦女子高校が全壊した。前年に神戸国際高校を開設、同年4月には大学の開学を控えており、支出がかさむ時期に重なった。しかし生徒さえ戻れば大丈夫と楽観し、約50億円をかけて元の土地に新校舎を建てた。工事中の2年間、生徒たちは約30km離れた兵庫大キャンパス内の仮校舎で授業を受けた。その間に以前の通学地域からの生徒は激減、新校舎が完成し元の地に戻っても回復せず、生徒数は1400人から600人弱に落ち込み経営全体が悪化した。女子校再建時に借りた25億円の返済猶予期限が切れ、2001年には経営はどん底に陥り、土地の切り売りを考える事態になった。
 経営危機からの脱却
 しかし、この危機が学園内に一体感を強め、これまで独立採算的だった7校の教学・経営上の連携が急速に強まった。保育士養成に定評がある兵庫大学・短大に自動的に進学できる新コースを設置、これが人気を呼び志願者が増加、生徒数は1000人程度まで回復した。
 借金はできるだけ繰り上げ返済し利息を減らす、大学教職員の定年を70歳から3〜5歳引き下げる、早期希望退職を募る、通勤定期券を1ヶ月から半年ものに変えるなど経営改革を断行した。また80年の堅実な学園経営で蓄積した豊富な資産も幸いした(『朝日新聞』08年1月21日付参照)。大きな試練を教職員の理解と一致した行動を支えに、厳しい改革を断行することで乗り越えていった。
 数値目標による財政再建
 睦学園の基本方針は、理事長より創立記念日に全教職員に提起される。学園が目指すべきは「付加価値の高い専門店型教育の展開」という優れた方針を打ち出した。志願者の漸減、補助金の減少等収入面での課題、校舎整備費、人件費、IT関連費の増加を踏まえ、財政基盤再生のための学生の確保、時代の要請に応える学部学科再編、特色ある教育の展開、経費削減の実行を訴えた。特に財政再建には具体的な数値、消費収支差額比率の目標指標を設定し、収支構造の早期改善を目指している。
 これを具体化する事業計画では、教学基盤事業の整備、競争的研究資金の確保、FD・SDの推進など六つの重点課題を設定した。定員割れ学部の改善を重視し、改組再編構想策定やカリキュラム、取得可能資格の充実、良い授業の創出、成果に応じた研究費の傾斜配分、ダイナミックな学募・広報の展開等を提起している。予算編成方針も数値目標、比率目標を明快に提起、この前提には理事会決定による財政の最終目標数値があり、現在第六次財政中期計画が進行中である。
 ボトムアップを重視
 理事長の下で学園一体運営に重要な役割を果たしている月例懇話会は、学校を四つの単位、大学・短大、中学・高校、幼稚園等に分け、それぞれのキャンパスで毎月開催される。理事会方針の浸透と学校単位の実情に即した実行方策の推進を担っている。学園協議会も特徴的な取組みだ。構成員を理事長が指名、中堅・若手を中心に平均年齢40歳位、7つの学校全てを網羅している。次の学園を担う層から広く意見を聞くと共に、次期幹部層の育成も狙っている。もうひとつ学園名と創立日から「進睦六一〇会」(しんぼくロクテンミーティング)と命名した会がある。学園の事業計画、財務状況の周知、相互のコミュニケーションを図るため、全役員、教職員が参加して各校持ち回りで開催され、これも学校の一体化に役割を果たしている。
 予想だにしなかった困難を乗り越えられたのは、この学園の全構成員が一致して前向きに取り組む気風であり、理事長や学園幹部の堅実な方向付けにより、教職員の信頼を得ながら前進している。
 【新潟工科大学】
 定員割れ打破へ中期計画
 開学一五年目を迎える新潟工科大学は、総学生数は約1000人、地方立地、小規模、単科の私立工学部という厳しい環境の中、2006年度入学生より定員を充足できない状況になっている。様々な対策をとったが事態は改善せず、抜本的な改革が不可避と、経営陣は2007年3月開催の理事会において中期計画の策定を提起、将来構想委員会を設置した。中越沖地震で一時中断を余儀なくされたが、同12月開催の理事会において、中期計画案「ビジョン21学園中期計画」が決定され、その後教授会において具体化のためのアクションプランが作られ前進が始まった。
 ビジョンで「“ものづくりは、ひとづくり”学園の永続的改革に取り組み、学生満足度を第一とした『学生を育てる大学オンリーワン』を目指す」と宣言した。コアコンピタンスとして、@産学連携システムの強化(「新潟工科大学産学交流会」という215社が参加している交流支援組織がある)、A助言教員制度による教員のきめ細かな指導・相談体制の確立、Bキャリア教育トータルシステムによる実践的ものづくり技術者の育成を設定、その実現のための7つ戦略課題を提起した。
 優れたアクションプラン
 この実行のため41項目に上る施策アクションプランが作られたが、優れているのは、全項目ごとに担当部局や責任者が明記され、また到達度を評価するための数値根拠、具体的な成果物の指定などの評価尺度、評価指標が設定されている点だ。またその推進方策、組織改革、教員評価制度、事務機構改革や人事考課制度を策定し実効性を持たせている。
 この策定プロセスでは、教職員や学生、卒業生、取引・支援企業など幅広いステークホルダーに率直なアンケートやヒアリング調査を実施し、改善すべき基礎情報の収集と分析を行なった。委員は10年後も大学に勤務している若手教員とし、職員委員も5人加えた。
 また学長選考規程を改定、選挙による方法から2008年度より選考委員会での選任とした。これは厳しい環境下で経営と教学が一致して難局に当たり、またそれを指導できる力を持った学長の選任を目的とした。専門家集団としての職員の組織能力、政策スタッフ能力の向上にも取り組み、処遇に連動する「目標管理による人事制度」を置いた。特に「お客様からお褒めや高い評価が得られているかどうか」を重視した評価とした点は優れている。
 コミュニケーション重視
 学園の価値はステークホルダーを含めて形成されるとの考えから、「お取引先説明会」を開催して、関係企業に学園の現状や課題を説明、協力を要請している。また教職員には経営に関する事業報告と計画を説明する経営報告会、理事・評議員と教職員の意見交換会、茶話会などを定期的に開催し、経営サイドと教職員の間に積極的にコミュニケーションを図っている。この説明に使う事業報告書も優れており、事業計画の項目ごとに目的、進捗状況と実績評価を詳しく記載、また財務報告でも同系他大学比較や経営判断指標・判定表(私学事業団、活性化・再生研究会:考案)に基づく経営診断を掲載するなど、到達と評価を客観的に見られる工夫がなされている。
 困難な課題に、実行型の中期計画策定による焦点を絞った改革、経営陣と教職員の一体化、ステークホルダーも巻き込んだ取組みで挑んでいる。顧客第一主義を徹底し、少人数教育と丁寧な学生への指導助言制度を始めとした満足度向上への取組みにより、オンリーワン大学としての評価の確立に挑戦している。大学改革推進システムの構築という点で、地方大学の実践に止まらない教訓がある。
 (新潟工科大学は研究協力員、増田貴治愛知東邦大学法人事務局長執筆の報告書を基に作成)

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