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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.288
深刻化する退学者問題 全学的な取組みが求められる −上−

私学高等教育研究所研究員 船戸 高樹(桜美林大学大学院教授)

 わが国の大学を取り巻く環境の変化は、表面的には18歳人口の減少、学生獲得競争の激化、定員割れ大学の増加といったことで語られているが、その影で退学者問題が深刻の度を増している。
 日本私立学校振興・共済事業団が昨年調査した結果によると、回答のあった私立大学550校で1年間に約5万5000人の退学者を出しているという。在学者に対する退学者の割合は、加重平均で2.9%(単純平均で3.3%)に上っており、3年前の調査と変わっておらず、好転の兆しを見せていない。
 仮に、1人当たりの学費を年間100万円とすると、名目上の損失は、私立大学全体で550億円になる。ただし、1年次で退学した学生は3年間分の学費を払わなくなるわけであるから、それを換算すると実質の損失はこの数字の2倍、1100億円に上る勘定である。財政状況が悪化しているという一方で、皮肉な見方をすれば「1000億円を超える新たなマーケット」を大学側が提供しているともいえる。
【理工系の高い退学率】
 調査結果を細かく見てみると、退学率の区分別では、平均以下、つまり3%以下の大学が全体の53%に当たる293大学、これに対して5%を超える大学が全体の約20%の117大学に上っている。
 また、退学年次別では、4年生が29.5%で最も多く、続いて2年生の29.2%、1年生22.5%、3年生18.5%となっている。また、男女別では、男子が73.8%で圧倒的に多い。
 学部系統別では、退学率が最も高いのは理工系(3.5%)、続いて社会科学系(3.1%)、芸術系(2.9%)、人文科学系(2.7%)の順となっている。また逆に、退学率の低い学部は医学(0.6%)、歯学(0.9%)、教育学と薬学(1.0%)となっている。
 このことから資格に直結した学部の退学率は低いが、これらはいずれも国家資格である。つまり、資格そのものにステータスがあり、学生の目的意識が強いことが特徴である。したがって、大学でなければ取得できない資格を指しているわけで、専門学校で取得できるような資格を並べているケースとは異なる。
 一方、理工系や社会科学系の退学率が高いのは入試と密接な関係がある。両系統とも近年、受験生が敬遠する傾向にあり、入試が易化している。
 一般的に、入試の実質倍率が1.5倍を切ると、選抜という意味の入試が成立しなくなるといわれる。入試がやさしくなれば、入学者を確保するため基礎学力の不足した学生や目的意識の希薄な学生を受け入れざるを得なくなる。もちろん各大学は、基礎学力を補うため初年次教育等に力を入れているが、目立った成果が現れているとはいいがたい。
 特に、理工系にいえることは、入学当初の段階で学力的につまずくと、授業についていけなくなることが指摘されている。
 全般的な傾向としていえることは、職業に直結する資格が取れる医歯薬系や看護、栄養等の学部を持った大学とブランド力のある大手伝統校の退学率が低く、反面「地方、小規模」で「魅力のある資格取得につながらない」大学の退学率が高いといえよう。
【希薄な危機感】
 これまで、大学は退学者問題に関して、それほど大きな関心を持っていなかった節がある。それを最もよく表しているのが退学理由である。
 調査結果では「進路変更」が21.0%、続いて「経済的困窮」18.6%、「就学意欲低下」14.2%の順となっている。この項目で注目されるのは「その他」が23.4%で最も高いことである。これは、具体的な退学理由に該当しない「一身上の都合」で処理されたと考えられる。
 退学は、学籍異動に該当するため手続き上、当然教授会の議題となる。しかし、個別のケースについて議論されることは少ないから「一身上の都合」は、事務処理上まことに「都合」のいい理由になる。
 もう一つは、予算編成上の問題である。多くの大学では、学費収入を積算する場合、学生数に学費を掛け、それに0.95〜0.97の係数を乗じて算出している。
 つまり、初めから5〜3%の退学者を見込んでいるわけである。この範囲内に収まれば、「予想通り」ということになる。
 財務担当者にしてみれば、過去の経験からできるだけ実態に沿った額を計上したいという気持ちが優先するものと思われるが、このことが退学問題が深刻化しない要因の一つになっているともいえる。
 このように、事務手続き上も、また予算編成上も退学者が出ることが当然という認識の中では、全学的に退学問題を正面から捉えるという危機感が生まれるわけがない。
【退学問題の解決は大学再生の道】
 筆者は独自に、いくつかの大学に対して聞き取り調査を行ったが、中には毎年600人前後の退学者を出しているところがある。入学者1人当たりの募集費用まで計算すると、名目で年間7億円、実質では14億円近い損失となる。これほど多額でなくとも実質で5億円前後の収入減となっているところは多い。
 ほとんどの大学は、退学者防止対策として少人数ゼミやクラス担任制、初年次教育に取り組んでいるが、退学者数の減少に結びついていない。その原因は、担当者に任せきりで、全学的な取り組みになっていないことである。
 退学者防止に顕著な成果が出ていない一方で、私立大学の財政状況が悪化し、帰属収入で消費支出を賄えない法人が増加している。このため、人件費の抑制や経費の節減が当面の課題となっている。また、新たな収入源を求める動きも散見される。
 ところが、節約や収益事業で多額な収入を得ることは不可能に近い。しかし、退学者をゼロにすることは難しいとしても、半減させることは大学側の取り組み次第で可能になる。これが実現できれば、実質ベースで、私立大学全体として500億円を超える収入増加となるはずである。
 これまで、退学する学生は「退学願」を提出して、大学を去っていった。このことは、退学が学生の責任であるとの認識が大学側にあったからに他ならない。
 全国500を超える私立大学の中から当該大学を選んでくれた学生に対し、「一身上の都合」という理由の退学願を受理することは、あまりに無責任といえないだろうか。
 「学生が無知である」という前に「大学側が無知であった」と反省し、もっと真摯に現実を受け止め、対策に乗り出す必要がある。そのためには、次の6点を心がけたい。@理事会が中心となって、全学的に取り組む体制とシステムを構築すること。A現在取り組んでいる退学防止策について、点検・評価し、改善策を検討すること。B「退学願」が出てきてからでは遅い。「欠席が多くなる」「成績が低下する」など、退学者は必ずサインを送っている。この兆候をできる限り早くつかむこと。C個別のケースごとに、退学理由を詳細に調査・分析すること。D分析結果を基に、対応策を打ち出すこと。E「できない」という理由を探すのでなく、「どうしたらできるか」という観点で取り組むこと。
(つづく)

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