Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.145
大学を「消費する」保護者―保護者の教育費負担に関する調査

大学評価・学位授与機構助教授 米澤 彰純

 日本の大学の学費は世界的に見ても高く、家計の負担は重い。社会人を経験した学生の数が増えつつあると言っても、大部分の学生は親などの保護者の負担によって、学生生活を営んでいる。私立大学の多くはこのことを強く意識しており、保護者への成績表送付や保護者会等の開催は、もはや日常的な経営活動の一部となっている。すなわち、実際の学費負担者であることが圧倒的に多い保護者、あるいは「家計」こそが、真の大学教育の消費者であるという見方もなりたつ。
 私学高等教育研究所の研究員である濱名 篤、米澤彰純は、東京大学社会科学研究所の佐藤 香助教授による「大学卒業生の保護者からみた教育サービスと費用負担に関する調査」に参加し、2003年の日本教育社会学会において濱名を研究代表者として成果を発表した。今回は、このうち、米澤および、末冨 芳(福岡教育大学)、白川優治(早稲田大学大学院)による研究成果を中心に紹介する。この調査は、関東以北に所在する6つの私立大学の協力を得て、2003年3月社会科学系学部学科卒業者の保護者に対する質問紙調査を実施した。調査票の総配布数は2274、回収数437、回収率は19.2%、回答者は、父親37.3%、母親61.3%、その他1.4%となっている。
 まず、調査から得られた大学教育への満足度は思いのほか高いものであった。保護者および卒業者本人の満足度(満足+やや満足)は、保護者で77.3%、保護者からみた卒業生本人の満足度はこれを上回る82.9%にもなる。この卒業生本人の満足度は、あくまで保護者による間接的評価であり、実態よりも高く現れている可能性はある。保護者についても、大学卒業時という、一六年間の学校教育による子育てを終えた達成感が頂点に達している時期であるため、満足度が高くなっているという見方もできる。しかし、「アルバイト」や「未決定」など、たとえ卒業時の進路が、社会一般に見て望ましいと思えない結果であっても大学教育への満足度がそれほど低いわけではなく、別の同様の調査においても、卒業生の一般的な満足度は高い。
 この高い満足度を支えている構造を解明するため、われわれは大学選択時に考慮した事項と満足した事項について、「大学イメージ」「教育内容」「学習環境」「コミュニケーション」等の二三項目について検討した。その結果、すべての項目で、大学選択時に考慮した割合よりも、卒業時の満足の度合いが高いことがわかった。校舎・キャンパス、周辺の環境、校風・教育方針など、比較的目に付きやすい項目は大学入学時から意識されているのに対して、有名な先生の存在、図書館の充実、パソコンの使用環境、少人数教育への取組、学生や教職員とのコミュニケーションなどの要素は、大学生活を四年間送ってみて、初めてその意味が理解でき、満足度を高める要素であることがわかった。
 同時にわかったことは、保護者が大学や短期大学などに自分自身が通ったことがある「高等教育第二世代」というべきグループと、親自身が高等教育の経験をもたない「第一世代」のグループとでは、前者のほうが、保護者・本人ともに全般的な満足度が高いということである。すなわち、「第二世代」の保護者は、「第一世代」の保護者に比べて、大学教育の中身や方針に関する項目(校風・教育方針、教養教育の充実)、大学の威信に関する項目(知名度の高さ、学生の優秀さ、有名な先生の存在)、見えにくいレベルで大学教育の環境を支える項目(教職員とのコミュニケーション)などで、満足のあり方に明確な差が見られた。
 すなわち、大学に対して何を期待するかは、保護者の大学経験のあり方によって異なる。他方、大学への満足は、「第二世代」の方が高いという相対的な差は残りつつも、いずれの世代においても総合的な理解が進み、四年間の大学教育の経験を通じて、それぞれの保護者がもつ大学への理解の差は縮小しているのである。
 保護者が学生本人の大学経験を知るのは、主に子どもとのコミュニケーションを通じてである。調査では、約七割が親子間で大学生活に関する話をしたと答えており、現代大学生の親子間のコミュニケーションは活発と言える。その内容も、進路や友人、アルバイトなどから、成績、大学の先生、ゼミの内容や講義の内容まで多岐に及んで半数以上が話題にしていると答えている。また、親子の会話の頻度が高いほど、大学教育に満足する比率は高まる傾向があり、大学経験をもった「第二世代」の保護者ほど、大学に関する会話は活発である。
 保護者の大学経験の有無によって、親子間で話される大学生活の内容にも違いが見られる。友人・進路・アルバイトについては、いずれもよく話されているが、成績・資格取得など、直接的な大学教育の効果を問う項目に関しては「第一世代」での度合いが高く、大学の先生・ゼミの内容・サークル・部活動・個人的な趣味・講義内容・ボランティア・地域活動など、大学経験の豊かさを示すようなやや立ち入った項目に関しては「第二世代」での度合いが高い。
 保護者は、学生を通じてだけではなく、大学から直接提供される情報も利用している。学内報や広報誌、そして成績表は、過半数の保護者が利用しているが、それ以外の就職・進路情報や奨学金、予算などの情報は三割かそれ未満しか利用されていない。ここにも、保護者自身の大学経験の有無は大きく影響しており、大卒の保護者は成績表も広報誌も利用する傾向があるのに対し、高卒保護者はどちらかといえば成績表の活用割合が高い。満足度では、両親が大卒で成績表・広報誌を活用したグループの満足の割合がもっとも高く、やはり、大学を知るための努力や関心の高さ、幅広さが、大学生活への満足度の高さを支えていることになる。
 分析を通じてわかったことは、保護者自身の大学経験の有無が、学生本人の大学の選択や経験、そしてそれを通じての親子の満足度に決定的な役割を果たしていることである。「第二世代」は、入学時点で保護者の経験をあわせて、より具体的・詳細な大学のイメージを持った上で大学を選択し、本人とのコミュニケーションを通じて目に見えない部分まで含めて本人の大学経験を共有・理解し、卒業時点においては、二世代以上にわたる成熟した理解を通じ、大きな満足を得ることが出来る。これに対して「第一世代」は、入学時には、高校までの連続として、または抽象的イメージとしての大学像を描いており、入学後、本人とのコミュニケーションを通じて大学生活を間接的に経験していくにあたっても、達成度を重視するなど、大学を「総合的な経験」としてとらえることへのとまどいが見られる。しかし卒業時点では、達成度に注目すれば必ずしも満足度は高くないが、大学への理解はそれなりに深まっているのである。
 米国では、カレッジ・インパクト研究の中で「第一世代(ファースト・ジェネレーション)問題」がしばしば取りあげられているが、これは、両親が高校卒業後の教育歴をもたない学生が、高等・中等後教育への進学や在籍中の学習継続や修了において、高校での充分な学業準備や親なども関与した進路選択のあり方などにおいて不利な条件にあるため、劣っているというものである〈河野銀子氏(山形大学)の定義による〉。河野氏によれば、米国に見られるような形での決定的な達成度の差は、日本の第一世代の学生には見られないと言う。われわれの仮説は、日本の大学観自体が、大学生活の経験そのものを目的としたときに満足できる性格が強く、むしろ日本では第一世代にこそ、成績等の結果重視の米国的な大学イメージがあるからではないかというものである。
 いずれにせよ、日本の大学生の保護者は、子どもの大学教育のあり方に非常に大きな関心を払っており、情報を得て、一緒に学生生活を疑似体験している。この、「消費者」としての保護者像と、その保護者がどのような大学イメージをもっているかは、今後の私立大学のあり方を考える上で、重要なファクターである。

※参考文献
 河野銀子「大学大衆化時代における ’First-Generation’の位相」『山形大学紀要(教育科学)』第13巻 第2号(2003)

Page Top