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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.109
公的研究費の日米比較―研究競争力の差の構造的要因

早稲田大学理工学部応用物理学科教授  竹内  淳

21世紀COEプログラムの初年度の募集結果が昨秋公表された。国立大学、なかでも旧帝大が多数を占め、私立大学の採択件数は、科学研究費補助金(以下科研費と略す)に占める私立大の割合と同じほぼ15%に止まった。このプログラムは、大学院の博士後期課程を対象として世界的水準の研究教育拠点の実現を目的としており、そこには競争的施策によって、研究教育レベルを向上させたいという、政府の明確な意図が存在するように見える。
 研究の競争力の向上という視点から眺めた場合、大学単位や国全体の研究体制において、日米には大きな差がある。本稿では、この視点から日米の大学の公的研究費の比較を行いたい。なお、ここで研究費としてとりあげるのは、金額が把握しやすい競争的研究資金を主とする。各大学の定常的な研究費は以下の議論に含まれていないことにご注意いただきたい。

〈米国の研究大学とその財政構造の比較〉
 米国では、大学が機能別に三層に分かれていて、大学院博士課程を有し高度研究を主体とする研究大学と、修士課程を有し学部教育を主体とするマス型大学、さらにこれらの大学への進学課程や職業技術課程を有するユニバーサル型大学に分類できる。米国の研究を支えているのは、このうちの研究大学である。
 日本では、主要な研究大学は旧帝大と呼ばれる一部の国立大であり、国立大全体の公的な研究費は私立大の約5倍に及ぶ。一方、米国では、ハーバード大学やスタンフォード大学などの私立大が著名な研究大学として成立している。その要因としては、膨大な資産とその運用や特許収入、あるいは多額の寄付などがよくあげられる。しかし、米国の私立大の財政状況を眺めてみると、支出額の実に3割にも上る公的研究費が研究における強い競争力を生み出していることがわかる。
 米国の研究大学の典型的な一例としてマサチューセッツ工科大学(以下MITと略す)を見てみよう。MITはノーベル医学賞を受賞した利根川進教授を擁する代表的な研究大学である。MITの全体の支出額は13億ドルであり日本円にして1500億円程度である。これは東京大学の支出額の2100億円より小さく京都大学の支出額の1400億円とほぼ同等である。
 しかし、特徴的な差は研究費の額にある。MITの研究費は総額7億ドルであり、日本円にして840億円である。企業の研究開発能力を測る指標として売上高に占める研究開発費を問題にする場合があるが、MITの総研究費は支出額の5割強になる。米国の研究大学が極めて研究指向の強い財政構造を持っていることがわかる。
 それに対して、一方の東大の研究費は320億円、京大の研究費は160億円であり、研究費は支出額の10〜15%に止まり、他の旧帝大も同様である。米国では、研究費の約7割を公的研究費が占めていて、MITの総研究費840億円のうち580億円程度が公的研究費であると推定される。日本の旧帝大では、公的研究費は、総研究費の90〜96%であり、国への依存度は高い。日本の私立大の公的研究費はさらに少なく、例えば2001年の早稲田大学の公的研究費は15億円にすぎない。MITと比べれば、日本の私立大が研究の経済規模で世界の一線級の研究大学にはるかに及ばないことは明らかである。

〈国単位の公的研究費の比較〉
 国単位での公的研究費の規模や分布も大きく異なっている。米国の大学の公的研究費は約2兆円にのぼるのに対して、日本の科研費は約1800億円であり、その他の省庁の競争的研究資金を加えてもその倍の約3500億円にすぎない。この3500億円には大学以外の国立研究所への研究資金も含まれるので、大学に交付される資金は科研費の1.3倍の2400億円程度であると推定される。したがって、公的研究費の国単位の総額では日米で8倍の差がある。
 昨年は物理学賞と化学賞の両方で日本人がノーベル賞を受賞したが、受賞者数の差もこの経済的な格差による可能性が高い。受賞者数は自然科学分野で米国が約200人であるのに対して日本人は10人に満たない。これをもとに、日本人が独創性に欠けるという議論がよく行われる。しかし、日本の科研費などの研究費はこの10年間で約3倍に膨らんだので、それ以前では概算で日米で20倍以上の差があったと考えられる。
 大学別の配分も日米で大きく異なっている。日本で100億円以上の公的研究費を受けているのは、東大や京大などの4校程度だが、米国の1999年の統計では、8000万ドル(=約100億円)以上の公的研究費を受けている大学は70校近くにも上る。図に公的研究費の大学別の配分額を示したが、現在の日本の公的研究費はほんの一握りの少数校に集中し、かつ受給額の下位に行くにしたがって急速に減少している。たとえば科研費の上位10校で、全科研費の5割に達し、10位の大学の受給額は一位校の約1割である。米国の公的研究費は上位10校で全体の2割であり、10位の大学の受給額は1位校の6割もある。図のように米国の方がはるかにゆるやかに減少していて層の厚い研究大学群を形成している。
 たとえば、筆者の研究分野である半導体工学では、青色発光素子の研究者として著名な中村修二氏が、一昨年カリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授に就任したが、同校は、2000年にノーベル物理学賞と化学賞の受賞者2名を出している。そのサンタバーバラ校の公的研究費は7400万ドルで、全米71位である。米国の高い研究上の国際競争力が、100校近い研究大学の集団に支えられていることに注目すべきである。
 したがって、日本の大学に米国並みの競争力を付加するには、GDP比を考慮して概算で米国の半分程度の公的研究費(約1兆円規模)が必要であり、上位30〜40大学に年額100億円以上の研究費を交付する制度を実現する必要がある。今後の公的研究費の増額においては、大学別の研究費ですでに世界の一流大学と肩を並べている旧帝大を財政的に支援するよりも、それに次ぐ大学群の強化が必要である。日本全体で年額400億円弱とみなされる21世紀COEプログラムによる研究大学の重点的支援は、米国の公的研究費の2%にすぎず経済規模ではるかに小さい。したがって、21世紀COEプログラムに加えて、科研費やその他の省庁からの研究費を含めた総合的な施策の転換を図らなければ到底日本の大学群に国際競争力は付加できないことがわかる。

〈研究大学に占める私立大の役割〉
 日本の大学の研究レベルの向上を期するためには、人的資源も考慮した研究費の配分を行なう必要がある。現在、4年制大学の卒業生の4分の3を私立大出身者が占めている。しかし、学界では今でも国立大出身者の活躍が主である。これは、学界において私立大出身者が得られる公的研究費が国立大研究者の5分の1にすぎないという現状があるために生じている。現状では、国立大に公的研究費を集中させているために、私立大が擁する多数の人的資源を有効活用できておらず、国全体にとっての損失になっている。米国では、研究大学のうち4割は私立大であり、私立大と公立大に公的研究費の差はない。
 国の施策は大きく変わりつつあるが、それらの施策が日本の大学の研究能力の向上に真に寄与しうるかどうか、あるいは寄与させるためにはどのように改善すべきかは、今後、広く衆知を集めて議論する必要があると思われる。

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