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平成24年10月 第2498号(10月3日)

高等教育の明日 われら大学人〈27〉
  講義やTV・ラジオで人気 万葉学者の奈良大学教授
  上野 誠さん(52)

  「万葉集はことばの文化財」を合言葉のように講義を行っている。奈良大学文学部国文学科教授の上野 誠さんは、万葉学者。「万葉集」の挽歌史的研究と、万葉文化論が主な研究対象。研究手法は歌から飛鳥・奈良時代の生活情報を導き出し、それを用いて万葉集の読みを深める。大学での人気の講義のほか、講演やテレビやラジオの出演も多い。現在、毎週日曜日朝、毎日放送でラジオ番組『上野誠の万葉歌ごよみ』に出ている。万葉歌を毎週一首紹介して解説する。柔らかな口調と、歌に織り込まれた自然、暮らし、恋愛の機微が楽しめる番組とあって評判がいい。「古代に関心がある、または万葉集が好きな人は奈良大に来るしかないでしょう」、「古代学の教授陣は自分でいうのもなんだけど、日本一でしょう」と大学のPRも忘れない。上野さんに万葉集との出会い、その面白さ、そして、人気の秘密などを聞いた。

万葉集は言葉の文化財 
丁寧な解説 洒脱なトーク 学生は幅広い読書を

 ラジオや講演でのトークは、こんな具合だ。まず、歌を紹介する。〈大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つうまし国ぞ あきづ島 大和の国は〉
 丁寧な解説。「大和にはたくさんの山があるが、天香具山の頂上に立ってみると、国原からは煙が立ち、食事の準備をしている。海原からかもめが飛び、そこにはたくさんの魚がいる。立派な国ですよ、と山からの眺めに日本の豊かさを実感しているうたです」
 洒脱な補足。「私たちがいま、これらの山を眺めると、時空を超えて古(いにしえ)の歌人と同様の感動を覚えるはずです。奈良を歩くときには難しい知識は何もいりません。万葉集を知ってさえいれば奈良の旅はずっと楽しくなります」
 ときどき、こんなユーモア交じりのトークも。「他の先生には悪いんだけど、はっきり言って私の授業は超がつくほどオモシロイです。学生たちの目からウロコがぼろぼろ落ちて…」。こう続ける。いや、こんなオチがある。「おかげで、教室のそうじがタイヘンだそうです」
 古代史に興味をもったきっかけは?「私は福岡の生れで、福岡といえば、飛鳥や奈良、京都に並んで古代の研究が盛んな地域なんです。遺跡の発掘現場などが近所にあったり、幼い頃から古代の世界を身近に感じていました」
 どんな子どもだったのか。「地方では知られる家に育ったので文学や歴史は自然に学べる環境がありました。でも学科の勉強はあまり…。小学校では、持久走が得意で、ソフトボール大会ではピッチャーもやりました。歴史に興味を持ったのは高校時代」
 福岡大学付属大濠高校へ進む。「県内の有名高を落ちた子が結構いて、屈折していた面もあり、面白い高校生活を送りました。高校時代、古代史と近代史に関心を持ち、日本古代史学者の青木和夫の『奈良の都』や、当時人気の中央公論社の『日本の歴史』を愛読しました」
 国学院大学で学ぶ。「中高の教員志望でしたが、社会科の教師になるのは大変だ、と予備校の先生にいわれ、国文科を選びました。大学院に進み、万葉集の論文を書いたのが縁で、万葉集の奥の深さに魅せられ、博士課程に進み研究者になろうと決めました」
 なぜ万葉集を選んだのか?「古代を知る資料として日本書紀や続日本紀がありますが、あくまでも公的な記録なので、時代の気分や心情、生活や流行といったものはわかりません。万葉集には人々の暮らしや心情が汲み取れる歌も収載されています」
 上野さんの研究は文学の範疇にとどまらず、その時代背景や生活といった考古学や民俗学的なものまでを取り込んでいる。「万葉集には、歌だからこそ読み取れるような情報が多く詰まっています」とも語る。
 上野さんの万葉集の解釈には、文学的解釈以外のさまざまな情報が入っている。そういった情報はどのように手にするのだろうか?
 「年に10日間程、旅館などに閉じ籠って、浴びるように本や資料を読みます。その中に、必ずヒントになるものがあるんです。今年は、日本でなくヨーロッパへ行き、ロスチャイルド家の隆盛やユダヤ人迫害など歴史の現場を見てきました」
 自分の研究を「万葉文化論」と呼ぶ。「単に文学を読むだけではなく、その時代を生きた人の生活や心の歴史といったものにまで考察の範囲を広げていきたいと思っています。そうすると学生は前のめりになって講義を聞いてくれます」。
 かつて、出演したNHKラジオ「こころをよむ万葉びととの対話」では、「笑いと宴席」「女性と労働」など、当時の人々の生活を詳しく解説しながら、即興の宴会や多摩川べりの男女のかけひきなど、あらゆるジャンルにわたる万葉歌を紹介した。このあたりも人気の礎か。
 学生のみた上野教授像。「先生の前で万葉集を読むと、どこが理解できていないか、その場で言われる。先生は、注釈書や辞書の使い方から教えてくれる。とても勉強が面白くなる。教師志望ですが、上野先生のようになれればいいなあ」
 「先生はホラ話がめちゃくちゃ上手い。どこからが本当で、どこからが嘘か、わからない。先生の本を読んだり、出演するテレビやラジオをみると、妙にはまってカッコいい。僕らはあれって詐欺だ、というんだけど…」
 万葉集に賭ける情熱
 万葉集に賭ける情熱はどこから来るのか。折口信夫と犬養 孝の名をあげた。折口信夫(1887―1953)は、国文学者、民俗学者、歌人。筆名釈迢空。犬養 孝(1907―1998)は、万葉学者。大阪大学、甲南女子大学名誉教授。文化功労者。名著「万葉の旅」がある。
 「折口信夫は、国学院を卒業して大阪の今宮中学の教員となり、多くの人に万葉集を理解させる工夫をしました。万葉集の全口語訳の辞書を大阪弁訳で、点と丸を打って読みやすくしました。以来、万葉集の注釈が次々と出ました。犬養 孝は、万葉集をみんなで歌うことによって万葉集を身近なものにしました」
 こう続けた。「先人が、それほどの努力をして万葉集を日本人みんなのものにしたのに、自分は何もしなくていいか、と煩悶することもあります。私は、現代語訳、なるべく今の若者の言葉で万葉集を語りたい。それが、国文学を理解する糸口になってくれれば…、そんな思いです」
 学生に言いたいこと?「日本人が豊かになるためには、読書が必要だと思います。過去の蓄積された人類の持つ知恵にアクセスするには本を読むこと以外にはない。専門家になる読書法もあるが、学問と知恵は別で、知識の遺産にアクセスするには幅広い読書が必要。このことを若者に伝えるのが私たちの仕事だと思います」
 最後に、先生のこれからを聞かせて下さい、と問うと、最近出した2冊の本を取り出して語った。小説「天平グレート・ジャーニー 遣唐使・平群広成の数奇な冒険」(講談社)と「万葉挽歌のこころ 夢と死の古代学」(角川選書)
 「小説のほうは、資料をもとに想像力で歴史のうねりを綴りました。学者の仕事として小説の形を使って、自分の知識を伝えたかった。『万葉挽歌のこころ』は、九首の歌しか取り上げなかった。九首の歌を読むことで、どんなことがわかるか、どんな問題があったのか、を知ってほしい」
 2冊の本に思いを託す
 「天平グレート・ジャーニー」の帯には〈気鋭の万葉学者が波乱万丈の小説に挑む〉と、「万葉挽歌のこころ」の帯には〈万葉歌の叙情と日本人の死生観に迫る 万葉挽歌研究の最前線〉と、あった。上野さんの「これから」は、この二冊に託されていると思った。

  うえの まこと  1960年、福岡県生れ。84年、国学院大学卒業、同大大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。奈良大学文学部国文学科教授。博士(文学)。上代文学会理事、日本文学協会委員。「平城京遷都1300年記念イベント」に関わる。毎日放送ラジオ「上野誠の万葉歌ごよみ」などにも出演。著書は『古代日本の文芸空間―万葉挽歌と葬送儀礼』(雄山閣出版)『万葉にみる 男の裏切り・女の嫉妬』(NHK出版)、『おもしろ古典教室』(ちくまプリマ―新書)など多数。


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