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平成24年2月 第2471号(2月8日)

ラーニング・アウトカムの確立 ―理事会の役割と責任― ― 上 ―


桜美林大学大学院アドミニストレーション研究科教授  船戸高樹

1、はじめに
 中央教育審議会が2008年12月に「学士課程教育の構築に向けて」の答申を出してから、もう3年になる。この間、大学関係者の間で学士課程教育の質、特に学生の学習成果(ラーニング・アウトカム)が議論されてきたが、具体的な方向性が示されたとは言いがたい。大学を取り巻く環境が変化する中で「ラーニング・アウトカムの確立」は、大学が直面する最大のテーマである。
 国際化に対応するために「9月入学」の是非を議論する前に、国際的に認められる「教育の質」の確立を目指すべきではないか。これまでにも、アウトカムの問題だけでなく、自己点検・評価や認証評価、GPA制度等外国のシステムを導入してきたが、いずれも機能しているとは言いがたい。その理由は、言葉や形だけを取り入れ、最も重要な理念や精神を学んでこなかったからに他ならない。「答申が出たから…」とか「文科省が言っているから…」といった受動的な取り組みでなく、大学自身が自律的に行動しなければならない。そのためには、理事会がこの問題の本質を理解し、大学教育の責任を担う立場からその役割を果たす必要がある。
2、産業界からの指摘
 「学士課程」答申の目指すところは、学生のラーニング・アウトカムの実質化であるといえよう。いわば、学生たちにどれだけの付加価値を付けて、社会に送り出すかが問われているのである。しかし、学生たちに将来必要な知識とスキル、さらに社会に貢献する心と力という付加価値を身につけさせることは、大学本来の使命であるはずである。にもかかわらず、このような議論が巻き起こった背景には、社会から「大学生の質の低下」との指摘があることも一因である。
 日本私立学校振興・共済事業団の調べによれば、2011年度の私立大学・短大の定員割れは、大学が223校で全体の39.0%、また、短大は225校で同66.6%に上っている。このため、学生獲得競争は激化の一途をたどり、選抜という意味での入試が成立しない大学が増えている。このことは、基礎学力が十分でなく、また大学への進学動機が曖昧な学生集団をも受け入れざるを得ない状況を生む。学費収入への依存度が高い私立大学にとっては、やむをえない選択だ。
 ところが、このような学生集団の質の多様化が進んでいるにもかかわらず、大学側が変化に対応した教育システムの構築を怠ってきたことが、今日の事態を招いた最大の原因である。もちろん、大学側も手をこまねいてきたわけではない。基礎学力を補完するための初年次教育や早い段階でのキャリア教育などに力を入れている大学も多い。ただ、いずれもスポットの教育として取り組まれており、一般教育や専門教育を含めた大学全体の教育プログラムの一環として構築されていないため、その効果は限定的だ。また、アウトカムをテーマにしたFDやSDも盛んに行われているとは言うものの講演会方式には限界がある。
 大学教育の質については、日本経済団体連合会をはじめとした経済団体からもいくつかのレポートが出されている。なかでも、関西経済同友会・大学改革委員会の「社会が求める大学の人材輩出〜まずは学部教授会の改革から〜」(平成21年)と題する提言は、卒業生を受け入れる産業界の大学への期待とともに、改革が進まない大学に対する苛立ちが随所に表れている。
 レポートでは、まず「企業の採用担当者の間には、『やる気が感じられない』、『目的意識が低い』など、大卒就職希望者に対する懸念がますます高まっている。将来に大きな禍根を残さないよう、大学は危機感をもって改革を推進しなければならない」と強く迫っている。その上で、大学改革が進まない要因として5つの視点から問題点を挙げている。
 (1)リーダーシップの不在と大学運営の稚拙さ
 (2)最大の阻害要因は教授会自治 
 (3)高い学部の壁 
 (4)未発達の認証評価システムと情報開示の不十分さ 
 (5)研究中心の大学運営からの脱却 
 レポートは、現在の大学が抱える問題点を指摘するとともに、これからの方向性として@高度な専門学力だけでなく、普遍的な教養や倫理観、他者と連携・協調できるコミュニケーション能力等の「社会力」を重視すること。A各大学は、それぞれのミッションを明確化し、その実現に向けた教育プログラムを体系化して、特色ある人材を育成し、ニーズに応じて企業が人材を選択できる機会を提供すべきである…等を提言している。
 このような指摘に対して、大学側からも言い分や反論があるだろうが、少なくとも産業界からの率直な意見として、謙虚に受け止める必要がある。大学を取り巻く多くのステークホルダーの支持を抜きに大学の存在はありえないからである。
3、米国におけるラーニング・アウトカムの取り組み
 大学教育のラーニング・アウトカムに関しては、米国の大学の取組みが参考になる。なかでも、全米で注目を集めているコネチカット大学は「アウトカム・ピラミッド」で教育の仕組みを説明している。これは、大学全体のミッションを受けて学部や専攻、プログラムごとにミッションを定め、それにしたがってゴール(到達目標)を示している。さらに、科目ごとの目的とそれを学ぶことによって得られるアウトカム(学習成果)を具体的に提示することになっている。
 ここで重要なことは、ゴールに到達するために科目間の結びつき(科目順次性)が重視されていることである。いわば、全ての科目が「ジグソーパズル」のように密接に結びついて、ゴールに到達する仕組みである。この過程で、学生は履修した科目の平均GPAが基準に達していなければ、次のステージに進めない。成績評価が納得できなければ訴訟になることも少なくない。当然学生は、基準をクリアするため勉強に打ち込むことになり、一方教員にはアウトカムに到達させるための授業法の開発と、説明責任を果たせる厳格な成績評価が求められる。講義に緊張感が生まれる理由ともいえる。
 このような背景から、学生に対する履修指導や学習支援がきめ細かく行われるわけである。さらに、入学者の質や社会環境の変化に対応するため毎年、夏休み時期に専門科目の教員だけでなく、関連する一般教育の教員も加わって改善のための会議が3日間かけて行われているという。
 これに対しわが国では、科目ごとに独立した「完結型」が多く、科目間の関連性は重視されていない。特に、一般教育科目と専門科目との間の順次性は薄い。したがって、学生は修了要件の124単位を積み重ねることが目標となりかねない。いわば、端切れを寄せ集めた「パッチワーク型」といえる。
 わが国の大学に今、求められていることは、大学全体としてのアウトカム戦略の策定である。そのためには、学内構成員すべてがこの問題の本質を理解し、学生の質に合ったカリキュラムの構築や授業法の改善、学生支援の方策について真剣に向き合う時であるといえよう。
(つづく)

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