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平成23年5月 第2441号(5月11日)

最近のアメリカの大学事情
  ―入学試験、リーダーシップ、就職―


帝京大学高等教育開発センター長・教授 土持ゲーリー法一

 アメリカ社会は多様な人種からなる合衆国であり、約4000校あると言われる大学も社会のニーズに対応したユニークなものが多く見られる。帝京大学高等教育開発センター長の土持ゲーリー法一教授らは、二月にアメリカ・ユタ州の大学を調査。携帯電話による入学試験カンニング問題や東日本大震災でのリーダーシップなど、日本で起きた問題について、アメリカではどのように対応されているのか、寄稿して頂いた。

監視役のいない試験会場
 京都大学など四大学の入試問題がインターネット掲示板「ヤフー知恵袋」に流出した事件で、警察当局は一九歳の男子予備校生を偽計業務妨害の疑いで逮捕したとの報道は、社会や大学関係者に大きなショックを与えた。これは、伝統的な試験制度の根幹を揺るがす大事件である。この事件を受けて、どの大学も新たな防止策を講じた。その結果、これまでよりも携帯電話の持ち込みが厳しくなり、『読売新聞』(2011年3月4日、社説)によれば、教室内に妨害電波を出すなどして携帯電話を使えなくする通信抑止装置まで使われだしたという。私の所属する大学でも試験監督官を一人増やし、試験途中にトイレなどで退室した学生が入室する際は、「ボディー・チェック」を行い、携帯電話を所持していた場合は、即刻、不正行為と見なすという注意事項が受験生に繰り返し説明された。この事件の背後には厳しい入学試験の現状がある。不正行為の防止対策だけで事足りるのだろうか。これを機に「試験とは何か」を問い直してみる必要がある。
 ユタ州プロボ市の末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)教会教育システムが経営する私立大学・ブリガムヤング大学のティーチング&ラーニング・センター(TheCenter for Teaching and Learning, CTL) を訪問した。この大学は、モルモン教の教えにもとづき、学生、事務職員、そして教職員にはオーナーコード(校則)や服装の身だしなみの細かい規則を順守することが義務づけられている。男性は髭を剃り、女性も清潔な服装が守られている。また、コーヒー、お茶、タバコ、お酒、有害な薬物は摂取してならないという厳しさである。
 この大学のCTL活動の一環として、キャンパス内にテスト・センターがある。これは、全米の大学で最大規模を誇る試験会場で、650人の学生を収容できる。同センターの主たる目的は、クラスのテストを代行することであるが、全国レベルの共通試験も実施している。クラスのテストの場所を提供することで、学生の講義の時間を使わずに済む。クラスのテストが一時間と制限されるのに対して、2〜3時間をかけてテストを受けることができる。テストの期間も約3日間、午前8時から午後10時までとなっているので、学生の都合に合わせていつでも受けることができる。
 日本の試験事情からは考えがたいことである。誰もがカンニングや不正行為が起こらないのかと心配になる。しかし、同大学はモルモン教の教えにもとづくオーナーコード(校則)が厳しく、他人の試験をコピーしたり、逆に、コピーさせたり、替え玉をしたり、試験問題を外に持ち出したりする不正行為を「学問の不誠実 (Academic Dishonesty)」として厳しく罰せられる。同センターで見逃してはならないのは、不正行為を未然に防ぐ試験問題を教員が作成できるようにCTLと共同でマニュアルを作成していることである。たとえば、「どのようにすれば、優れた試験問題を作成することができるか〜大学教員のためのガイドライン」あるいは「選択肢問題を作成するための14のルール」などがあり、具体的かつ効果的な事例が多く紹介されている。とくに、重視されているのは、「記憶」に頼らず、「応用」を重視する試験問題を作成するように指導している点である(詳細は、http://testing.byu.edu/を参照)。
 ここには、「学力」をどのように捉えるかという基本的な考えの違いが見られる。元東京工業大学赤堀侃司氏は、「学力」には「インプット」と「アウトプット」の両面があると述べている(詳細は、拙著『ラーニング・ポートフォリオ〜学習改善の秘訣』東信堂、2009年を参照)。日本では、「インプット」の側面だけが過剰評価されるため、今回のような事件が起こる。しかし、「学力」には「アウトプット」という側面があることを忘れてはならない。「アウトプット」とは、教員が何を教えたかではなく、学生が何を学んだかが問われるもので、その結果、ラーニング・ポートフォリオのような考えが生まれる。
 アメリカのPODネットワーク元会長で授業デザインに関する権威者D・フィンクは、近刊の翻訳書のなかで、評価方法に関して興味ある指摘をしている。たとえば、時代遅れの評価方法を使う教員は、最近の4週間で教えたことを学生に振り返らせ、次のように尋ねる。「私たちは、XとYとZを勉強しました。そのことをどれだけ習得しましたか?」と、ところが、将来を考えた評価方法を使う教員は、XとYとZについて学んだ結果として、将来、学生がどのように生かせるかを期待し、やってほしいことに重点を置いて、たとえば、「人々が、実際に、この知識を使う状況になったと想像してください。あなたは、XとYとZの知識を使って、それをどのように生かせますか?」と尋ねるであろう、と述べている(詳細は、D・フィンク『学習経験の設計〜良い授業の考え方〜』玉川大学出版部、2011年刊行予定を参照)。まさしく、「アウトプット」が問われる。今回の入試不正行為の悲惨な事件を教訓に、何が真の「学力」なのか、そして「試験とは何か」を問い直す必要がある。
リーダーシップとは
 東日本大震災による壊滅的な状況が連日報道されるなか、菅首相がメディア取材の表舞台に姿を見せないことに関係者から不満の声があがっている。政府によると、東京電力福島第一原子力発電所の事故に専念するというのが理由とされるが、首相のリーダーシップが見えないことに関係者から苛立ちの声が聞かれる。『読売新聞』(2011年3月24日、朝刊)は「首相「地震後」姿見えず 関係者から不満の声」の中で、枝野官房長官が23日の記者会見で、「(首相は)慌ただしく過ごしている。表に見える形で動くことがリーダーシップとして効果的な場合もあるが、多くの場合は、必ずしも目に見えるものではない」と首相の仕事ぶりを説明したと報道している。この報道は、「リーダーシップとは何か」を考えさせるものである。「リーダー」と「リーダーシップ」との違いは、「リーダー」が指導者としての特定の地位を指すのに対して、「リーダーシップ」は、主に指導者として集団の状況に影響を与える力量を指す。したがって、必ずしも表舞台で指揮を取るだけに限定されるものでない。集団の状況に影響を与えるのであれば、どのような形態であってもリーダーシップを発揮することができる。
 アメリカの大学では、この「リーダーシップ」を育てることに重点を置いている。それは、学生が「リーダー」になるためだけでなく、「リーダーシップ」としての資質を育てるためである。「リーダー」は誰でもなることができないが、「リーダーシップ」は地位に関係なく、誰でも発揮することができる。なぜなら、「リーダーシップ」の資質には、責任を持って仕事をする、物事を継続する力がある、様々な経験を生かす、知識に優れている、仕事が機敏である、独自性を持っているなど、大学教育の中でも育てられるからである。すなわち、「リーダーシップ」には、あるときは「リーダー」として表舞台で指揮が取れ、別の場面では、裏舞台で影響力を与えることのできる柔軟性が求められる。
 ユタ・バレー大学(UVU)のリーダーシップ・アドバンスメント・センター(The Center for the Advancement of Leadership) では、大学での学業だけでなく、卒業後の就職も視野に入れたリーダーシップ・トレーニングが行われている。最近の市場状況によれば、十分な知識や優れた成績の卒業証明書だけでは不十分との認識がある。さらに、全米調査でも専門的かつ技術的に優れた能力を有しているとして採用されても、コミュニケーションやリーダーシップ・スキル不足から解雇に至るケースも報告されている。そのため、アカデミック・トレーニングだけでなく、リーダーシップを発揮できるスキルや経験を学ばせることが不可欠だと考えている。同センターには、10のステップを経て、リーダーシップとしての認定書が授けられるプログラムがある。その中は、リーダーシップに関するコースワークだけでなく、コミュニティ・リーダーとのメンターリングや学生の専門分野に関する企業リーダーへのインタビューなども含まれる。また、学生は全プログラムを通して、ポートフォリオの作成が義務づけられる。認定書の授与は、成績表や卒業証明書に記載され、同センターから推薦状をもらうことができ、就職先や大学院進学に有利に働く。それらのすべてがポートフォリオのドキュメントとしてファイルされる。同センターのカーク・ヤング(Kirk Young, Interim Director)氏に専門的な立場からの意見を聞いた。
 すべての学生はリーダーシップとしての資質を有し、大学や社会に貢献できる潜在的な能力を有している。それらの可能性を引き出すのが同センターの任務であり、そのために学生のニーズに合った多様なプログラムを提供している。プログラムにはリーダーシップに関する原理や理論など基本的なコースのほか、学外において実践的なリーダーシップ・トレーニングが行われる。GPAは2.75以上と高くはないが、多方面からの活動を総合的に評価して認定書が授与される。現在、約170名の学生が登録し、約70名に認定書が授与されている。学生数は、約3万2000名なので、もう少し増やしたいと述べている。すべての認定授与者が、組織のリーダーになるわけではないが、状況に応じて、リーダーとしての役割も発揮できるように、「リーダーシップとは何か」について学ばせ、ヤング氏も原理や理論に加えて、対人関係コミュニケーション論を教えている。
 「リーダーシップ」には、独自の才能と技量があり、状況に応じて発揮することが求められる。同センターでは、学生の独自性と最善のスタイルに気づかせ、効果的に影響力が発揮できるようにトレーニングしている。しかし、多くの場合、自分にどのような資質があるか、どのような場面で発揮すれば良いかわからない。そのため、他のリーダーを真似たりするが、不自然でうまくいかないことが多い。リーダーシップ・トレーニングの授業では、「フォロワーシップ(リーダーに従う能力や資質)」についての概念を学ばせている。たとえば、大学や企業において成功しているチームを見ればわかるように、フォロワーはリーダーと同じように重要な役割を果たしている。そこでは、単に、リーダーの指示に従っているだけでないことに気づくはずである。リーダーがどんなに優れていても、フォロワーが機能していなければ、効果的なリーダーシップは発揮できない。このように、リーダーとフォロワーは不可分の関係にあり、互いに同じ目標や方向に向かっていなければ十分な効果は得られない。
 人は、リーダーとフォロワーの資質を状況の変化に応じて使い分けることが重要である。たとえば、リーダーシップについても一面からしか見ない傾向があるが、別の側面からも見る必要がある。彼の授業では、アメリカンインディアン酋長として有名なシッティング・ブル(Sitting Bull)を例題にあげて説明している。シッティング・ブルは、小さな部落の若い男性で、酋長の指示に従って行動していたが、ひとたび戦争がはじまり、誰かが戦士を率いる状況が生じたとき、彼は率先してリーダーシップを発揮して先陣を切り、リーダーとしての役割を演じて戦勝した。そして、再びフォロワーに戻ったというストーリーである。これは、シッティング・ブルが自分の資質を知り、状況の変化に応じてリーダーシップとフォロワーシップを上手に使いこなしたという事例である。大震災による未曽有の社会混乱の中で、真のリーダーシップのあり方がいま問われているが、日本の大学でも「リーダーシップ」を育てることに重点を置くべきである。
エンプロイアビリティーは大学で育てられる
 最近の就職難で資格が重視され、大学の卒業証書だけでは差別化できなくなり、卒業後に資格を取得するために、専門学校に再入学する学生も増えている。これでは、大学の存在理由がない。大学は社会への出口であり、4年間で学んだことが実社会に生かされなければ意味がない。最近、「エンプロイアビリティー」という言葉を耳にする。これは、「雇用につながる能力」とか「就業力」と訳されるが、これでは「就職に役立つ」即効薬と誤解される。イギリスのバーミンガム市立大学(Birmingham City University)のルース・ロートン(Ruth Lawton)は、「エンプロイアビリティー」に関する専門家である。彼女は、「エンプロイ」と「エンプロイアビリティー」は違うと述べている。すなわち、「エンプロイが仕事を得ることにあるのに対して、エンプロイアビリティーは、仕事を確保するだけでなく、継続でき、社会情勢の変化に順応できる能力のことである。エンプロイアビリティーを学生に育てるためには、より多くの職業経験をさせ、自己認識を持たせることで、もし、そのような職業経験ができないのであれば、同じことを教室やカリキュラムで実践させ、学んだことを振り返らせることである」と述べている(詳細は、拙著『ポートフォリオが日本の大学を変える』東信堂、2011年、近刊を参照)。
 それでは、大学でエンプロイアビリティーを育てることは可能だろうか。もし、卒業証書とエンプロイアビリティーの育成が同時にできると聞いたら、誰もが驚愕するであろう。しかし、ユタ州の州立大学や私立大学では、卒業証書とエンプロイアビリティーを学生に与えることに成功している。すなわち、経済産業省が提唱する「社会人基礎力」が大学で培われる。
 ユタ・バレー大学(UVU)ホームページに同大学のミッション「エンゲージド・ラーニング(Engaged Learning)」が掲載され、「教育とは『エンゲージド・ラーニング』と同義であり、その考えは教科書、講義および研究論文にも及ぶもので、クラスルームを超えるすべての活動を指す」と定義づけている。これは、学生を積極的に学習に関与させ、社会での成功に繋げるもので、「卒業証書と履歴書の両方の肩書きを持って卒業させる(Graduate witha Diploma and a Resume)」というキャッチフレーズに象徴される。同大学の教育担当副学長イアン・ウイルソン(Ian K.Wilson, VicePresident of Academic Affairs, Utah Valley University)氏にインタビューした。
  「エンゲージド・ラーニング」とは、学生にラーニング・プロセスに「関与」させるという意味である。たとえば、多くのクラスでは、ケーススタディによる授業実践を行っているが、とくに、ビジネスにおいて顕著である。すなわち、企業の事例を取りあげ、マーケティングに関する課題を与え、グループで共同研究させた結果をもとに、その企業の経営状況や戦略について、教員を企業の社長に見立てて説得力ある議論を展開させるというものである。これは、学生がケーススタディで学んだプロセスを実践に繋げることに役立つ。ほかにも、生物学や化学の教員が実験室を利用するプロジェクト課題を与えて研究させ、学会で発表させたり、共同で刊行したりするものもある。これは、学生を教員と一緒に活動させながら学ばせるもので、優れた研究は全国レベルで発表させ、奨学金も授与している。まさしく、大学の中でエンプロイアビリティーを育てている。もう一つの事例は、学生にコミュニティーに「関与」させるというものである。たとえば、マーケティングのクラスでは、教員が企業に赴いて五名ほどのグループ学生にインターネットのウェブサイトを作成させるように依頼する。学生は、教材をもとに企業のウェブサイトを作る。すなわち、企業は学生から無償のコンサルティングが受けられ、学生も多くの経験を積むことができる。教員は、プロジェクト成果を採点して評価を与える。また、ヒューマンリソース(Human Resources)のクラスでは、学生が州政府や市当局に出かけて人事政策マニュアルを作成するプロジェクトに参加し、教員がそれを評価する。さらに、コーオプ教育(Cooperative Education)というインターシップ・プログラムもある。これは、従来のインターンシップとは異なり、大学が主導的に企業における研修内容の管理運営に関与し、単位が認定されるもので、産学連携型の実践的キャリア教育である。従来のアカデミックなカリキュラムに、学んだ知識の現場への適応・実践を組み合わせることで、批判的思考力の強化をはかるものである。企業によっては給与を支払うところもある。この場合、教員は企業の責任者と共同でプロジェクトを監視し、企業の責任者は学生の評価について教員に協力する。すべてではないが、企業はプロジェクトに参加した学生の能力や態度を評価して、正式に採用することもある。同大学には、「エンゲージド・ラーニング」プロジェクトを担当するセクションがあり、実施のために年間40万ドルが教員と学生の共同プロジェクトとして予算化されている。これは研究でも、クラス・プロジェクトでも構わないが、企画提案書が承認されれば、助成金がもらえる。しかし、これは教員と学生との共同プロジェクトでなければならない。

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