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平成22年3月 第2393号(3月3日)

高めよ 深めよ 大学広報力 〈63〉 こうやって変革した60
 一貫教育と三田会の力
 SFC・薬学部 「陸の王者」の不断の改革 
 慶應義塾大学

 陸の王者は、一昨年迎えた創立150年では、様々な記念行事や事業に取り組んだ。いま、雌伏しつつ、新たな時代を切り開こうとしているようだ。慶應義塾大学(清家 篤塾長、東京都港区三田)は早稲田大学と並び私学の雄といわれる。それに安住するのでなく、90年にSFC(湘南藤沢キャンパス)を新設、既存の学部とは大きく違った独自の教育を実施、08年には、共立薬科大学と合併、大学統合再編の口火を切った。大規模ブランド大の象徴的存在だが、中小規模の、地方の大学にとって何か参考になることはないだろうか。そんな思いを秘めながら慶應義塾大学を訪問。広報担当の常任理事に改革やブランド力、同窓会の三田会などについて聞いた。
(文中敬称略)

創立150年事業に全力

 慶應義塾大学は、1858年、福澤諭吉が江戸築地鉄砲洲(現在の中央区明石町)に開校した蘭学塾が前身。1871年、港区三田に移転した。現在、10学部、三田、日吉、湘南藤沢など六つのキャンパスに、約2万8000人の学生が学ぶ。
 08年の創立150年の記念式典には、天皇・皇后両陛下が臨席された。常任理事の井田 良(大学院法務研究科教授)に創立150年と記念事業について聞いた。
 「創立150年の記念事業計画に沿って、いま、教育の質を高め、人材育成に取組んでいます。そのひとつが、記念事業募金による寄付金の一部を原資とする未来先導基金で、新しい講座の開設などを行っています」
 事業は、@小学生から大学院生までの多彩な教育プログラムを実施する公募プログラムAグローバル社会を先導するリーダーを育成する未来先導国際奨学金B国際的に極めて水準の高い講師を招聘し先導的な講義を実施する未来先導チェアシップ講座―などだ。
 三田キャンパスを訪ねると、目の前で、南校舎の建て替え工事が行われていた。記念事業の一環で、来年3月竣工予定。教室数は現在の36室から49室に増え、ラウンジ、グループ学習室なども設置され教育環境が一段と整備される。
 慶應義塾大の改革で、話題になったのは、90年新設のSFCの総合政策学部と環境情報学部。面接や志望書による総合的な人物評価で合否を決めるAO入試を導入、開設当初は「SFCブーム」が起きたほど。
 AO入試は他大学にも広がった。最近、AOが学力の低下の一因との指摘も出ている。「入学後の追跡調査でもAOの学生は一般入試の学生よりいい成績を残している。他学部にも広がり、他の大学はともかく、慶應はAOの理念を生かして実施しています」と井田。
 08年の共立薬科大学との合併も話題を集めた。少子化による大学全入時代を迎え大学間の競争激化と06年度から導入された薬学部六年制への危機感が合併を促せた。
 「合併で薬学部と大学院薬学研究科を設置。長年の蓄積をベースに医学部、看護医療学部、理工学部と連携することで、創薬から臨床まで一貫して教育・研究できる環境が整いました」(井田)
 大学全入時代を迎え、各大学は児童生徒の「囲い込み」として付属校の増強に乗り出している。慶應は、横浜市青葉区に小中一貫校の開設を計画したが延期に。「財テクの失敗で延期」などと週刊誌に書かれた。
 「創立150年記念事業として、計画しました。記念事業全体の実施スケジュールの見直しが行われており、その一環で、小中一貫校も延期になりました」(井田)
 慶應は、いわゆる附属校を「一貫教育校」と呼ぶ。高校が4校、中高一貫校が1校、中学が2校、小学校が1校。全員、無試験で大学へ推薦入学できる。推薦入学する生徒は、大学全体の2割以上を占める。
 小中一貫校延期の時もそうだったが、学生の大麻事件、「ミス慶應コンテスト」の主催学生団体の全裸事件など学生の不祥事、さらに、資産運用による損失問題、塾長選挙…週刊誌などに大きく取り上げられる。“有名税”といっていい。
 「世間に注目され、期待が大きい分、責めも受けます。不祥事は、広報としては、マスコミの論理に引っぱられることなく、事実関係や背景を把握してきちんと説明していきたい」と井田。
 広報は、06年に広報室を独立させた。08年には公式ウェブサイトをリニューアル。広報室発行の「三田評論」は、後述する同窓会、三田会の動向も掲載している。
 近年、大学スポーツでは、陸の王者はライバル、早大の後塵を拝している。慶應では早大との対戦を「慶早戦」という。慶早戦では、バスケットボール部は圧倒するが、野球、ラグビー部など人気スポーツは押されている。
 「体育系の学部がない大学では健闘しているのではないでしょうか。ラクロス部、航空部、弓術部、自動車部などマイナー競技が強い。人気の箱根駅伝では、1932年には優勝したんですよ」と井田は苦しい弁明。
 さて、中小規模の、地方の大学にとって参考になることだが、一貫校と同窓会組織の強さと広がりが印象に残った。最近、国立大学を含め、どの大学も同窓会に力を入れるが、三田会の結束力は他の追随を許さない。
 早稲田にも三田会
 三田会は卒業生(塾員)による同窓組織。年度三田会(75団体)、地域三田会(国内238団体・海外62団体)、勤務先・職種別三田会 (282団体)など、現在、866団体、約32万人の塾員の多くが所属している。
 井田は「創立者の福澤諭吉は、慶應が存続の危機に直面するたび、志をともにする義塾で学んだ人々が協力し合うという『社中協力』の理念を掲げて乗り越えてきました。社中とは、学生、教職員、卒業生らの総称です」と説明する。
 三田会はライバルの早大にも塾員の教職員で結成された「早稲田三田会」があるほど。創立150年の募金では、05年〜10年に250億円の目標を立てたが08年に目標額を達成。三田会の力に他大学は驚愕し、羨望した。
 いま、私立大学の間では同窓会の重要性を再評価する動きが強まっている。なかには、慶應三田会を真似る動きもある。
 宗教学者の島田裕巳は、著書「慶應三田会」(三修社)で、〈慶應のように明確な理念、それを現実化するシステムは存在するのだろうか。長い時間がかかるもので、即効性はない〉としつつ、〈その方向で努力しなければ、同窓会の強化は難しい〉と述べる。
 冒頭の、新たな時代を切り開く動きだが、井田のこんな発言に込められていそうだ。「一貫教育で入ってきた学生は校風を伝え、外部からの学生は外の動きを伝えるなど、いい効果を生んできた。これからも、一貫教育を充実させ、地方から有為な人材に来てもらうため奨学金の充実や入試の改革などに取り組んでいきたい」。陸の王者は改革の手を緩めない。

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