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平成22年2月 第2391号(2月17日)

自己点検ツール“FDマップ”の使い方
 国立教育政策研究所のプロジェクトが開発

 2008年より、大学学部レベルでのFDが義務化され、各地の大学でその取組が広がっている。学生参加型の授業改善を行うもの、大学全体の教育目標まで含めるものなど、現場での試行錯誤が続いている。また、ファカルティ・ディベロッパーと呼ばれるFD支援専門の知識やスキルを持つ関係者も登場。日本のFD文化は進みつつある。そのような中で、国立教育政策研究所の川島啓二総括研究官らは「FDマップ」を作成。FD担当者が、自分たちの取組がどのレベルなのかを客観的に俯瞰できるツールとして開発した。その一環として、昨年六月、FD公開セミナーを開催。今後のFDのあり方を展望する有意義な会となった。このたびは、川島総括研究官に、FDマップの開発の意義と使い方について寄稿してもらった。

 国立教育政策研究所では、プロジェクト研究「FDプログラムの構築支援とFDer(ファカルティ・ディベロッパー)の能力開発に関する研究」(研究代表者:川島啓二総括研究官)を進めており、昨年3月、『大学・短大でFDを担当する人のためのFDマップと利用ガイドライン』を刊行した。

FDマップの構成と内容

 同書の目的は、大学教育センター等においてFDを専従で担当する教職員、FD委員会の委員、管理者など、FDを担当する大学関係者に、何がFDであるのか、FDの目標は何か、FDの効果的な実施方法はどのようなものか、FDの成果は何によって明らかになるのかについて一定の枠組みを提示することである。
 FDマップは実施対象(レベル)と実施対象の段階(フェイズ)の組み合わせから構成されている。表1はその基本枠組みであり、表3は開発されたFDマップである。FDマップでは、人事、財政、学習環境等を含むFDに関するあらゆる事象を対象とするのではなく、プログラム化したFD(FDを目的として設計されたプログラム)に焦点を当てている。
 レベルは、ミクロ、ミドル、マクロの三つからなる。ミクロ・レベルの焦点は個々の教員とその授業であり、主な対象者は新任教員や非常勤教員を含む教員個人である。
 ミドル・レベルの焦点はカリキュラムやプログラムであり、主な対象者は学部長や教務委員長である。
 マクロ・レベルの焦点は大学そのものであり、主な対象は学長や理事を含む管理者である。
 中央教育審議会の『学士課程教育の構築に向けて』(2008)では、FDの定義について「FDを単なる授業改善のための研修と狭く解するのではなく、我が国の学士課程教育の改革を目的とした、教員団の職能開発として幅広く捉えることが適当である」として、見直しの必要性について言及している。本マップではこの新しい定義に対応している。
 フェイズは、T.導入、U.基本、V.応用・発展、W.支援からなる。各フェイズには、目標、実施方法、評価指標を組み入れた。例えば、ミクロ・レベルでは、T.導入のフェイズの主な目標は、個々の教員がFDの存在を認識したり、授業に関する基本概念などを認識したりすることにある。
 U.基本のフェイズの主な目標は、個々の教員が、適切な目標を設定したり、効果的なシラバスを作成したりできるなど、授業に関する基本的な知識及びスキルを習得することである。
 V.応用・実践のフェイズの主な目標は、個々の教員が、多様な授業法を知り、目標にあった授業法や評価法を選択できることである。
 W.支援のフェイズの目標は、個々の教員が、FD担当者となって他の教員を支援したり、自らFDプログラムを企画・立案したりできることである。

FDマップによる事例の整理と結果

 日本の大学における現状把握を行うため、このFDマップにFDプログラム事例をマッピングした。対象とした大学は、秋田大学、岩手大学、山形大学、玉川大学、三重大学、立命館大学、大阪大学、島根大学、愛媛大学、香川大学、長崎大学、琉球大学の一二大学である。2007年10月現在、各大学で実施されているFDプログラムの実施要項等を根拠資料とした。
この表から得られた知見は次のとおりである。
第一に、すべての大学がミクロ・レベルに取り組んでいる(調査対象とした12大学中12大学すべて)。このことから、「FD=個々の教員による授業・教授法の改善」と理解され、これが定着していることがわかる。しかしながら、大学の教育改革の現場においては、ミドル・レベル及びマクロ・レベルを中心とする活動も実際には行われているが、FDとして認識されていない可能性がある。
第二に、複数のレベルに多層的に位置づけられるプログラムが見られる。つまり唯一のセルにマッピングできないプログラムがあった。例えば、ある大学の新任教員研修はミクロ、ミドル、マクロの三層にまたがって配置された。これはニーズ分析の甘さや設定された目標の曖昧さを意味するかもしれないし、多層的にFDを推進しようという当該大学の戦略を意味しているのかもしれない。

今後の活用・展開の可能性と課題

 第一に、当初目的としていたように、本マップは、自大学のFDの現状分析そして今後開発すべきプログラムを発見するためのツールとして活用することができる。これについては、FDマップをそのまま活用することも可能であるが、プログラムの中には複数のレベル・フェイズにまたがって位置づけなければならないものもある。その場合、自大学のプログラムを「行」にして、レベルを「列」に配置したチェックシートを使うとその性質をより顕在化させることができるだろう。ユーザーにとって、より使いやすいデザインを開発する必要がある。
 第二に、本マップは、FDの評価ツールとしても活用することができる。Kirkpatrick(1998)は、研修の効果を測定するレベルとして、「レベル1:反応(Reaction)」、「レベル2:学習(Learning)」、「レベル3:行動(Behavior)」、「レベル4:結果(Results)」)の四つを提唱したが、FDプログラムの評価は、レベル1にとどまることが多い。参加者に対する満足度調査だけではなく、到達度を問うレベル2、あるいは行動変容を問うレベル3、成果を問うレベル4までの評価方法の開発が求められている。本マップはフェイズ毎に到達目標と評価指標例を開発してあるので、レベル2以上での評価が可能となるだろう。
 第三に、FDマップは、教員のキャリア発達支援のツールとして活用することができる。ミクロ・ミドル・マクロという三つのレベルは、一般教員、教務委員、教育担当管理者というように対応させることもできる。この観点からみるとFDマップは、一般教員が、学部アドミニストレーター、全学アドミニストレーターとキャリアを移行していく場合、それぞれの職位において必要な知識やスキルが記述されたものとしても読める。
 つまり、FDマップは大学教員にとっては自らの進むべきキャリアパスを知る上でのキャリア・マップとして、また管理者にとっては組織構成員のキャリアをどのように開発していくかを考える上でのキャリア・マップとして活用することも可能であろう。その点では、現在各大学で行われているFDプログラムでは、教員着任前や退職後といったレベルでの事例が不足しており、それらは今後開発が期待される領域である。
 FDマップは、国立教育政策研究所高等教育研究部のホームページから申込みをすればPDFファイルで入手することが可能である。http://www.nier.go.jp/koutou/projects/FDer/index.html
 利用者には利用目的を尋ねているが、「本学でも授業評価と講演会、ワークショップなどを実施していますが、これまでの活動を体系的に整理し、今後の活動の方向性を見いだすのに役立つのではないかと考えております」といった声や、学習支援・教育開発センターの立ち上げに向けての参考資料として活用するといった例が見られた。
 このように、FDマップは、診断やプログラム開発、さらには評価といったところで、実際に使用されることを想定したツールである。そして、利用者からのフィードバックを受け、さらにマップ自体が改善されていくことをも我々は視野に入れている。つまりFDマップの提案と活用は、そのような実践・評価・改善といったプロセスを、大学教育改善の文脈に組み入れることでもある。多くの大学での積極的な活用を期待したい。


 


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