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平成21年11月 第2379号(11月4日)

キャリアデザインの時代 3
  キャリアデザイン科目の設計と運営

関西大学社会学部教授
日本キャリアデザイン学会理事 川崎友嗣

キャリア教育をめぐる動き
 本年三月に公示された「高等学校学習指導要領」では、はじめて「キャリア教育」という用語が用いられたが、今、小学校から大学までを含めたキャリア教育の方向性が議論されている。
 2008年12月24日に提示された中央教育審議会「学士課程教育の構築に向けて(答申)」において、教育課程の体系化のための具体的な改善方策として、「キャリア教育を、生涯を通じた持続的な就業力の育成を目指すものとして、教育課程の中に適切に位置付ける」という一文が盛り込まれたことは周知の通りである。「豊かな人間形成と人生設計に資するものであり、単に卒業時点の就職を目指すものではないことに留意する」という説明も加えられている。
 同日に出された文部科学大臣の中教審諮問文「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」は、「社会・職業への円滑な移行のために学生・生徒に求められる基礎的・汎用的な能力について、初等中等教育、高等教育それぞれの段階に即して明らかにするとともに、発達段階に応じてその確実な育成を図り、その質を保証していくための体系的なキャリア教育の充実方策について」検討を求めている。大学までを含めた学校におけるキャリア教育が本格的に議論されるのは、おそらく初めてのことである。本年7月30日には、その検討結果が「審議経過報告」としてまとめられている。
 では、大学におけるキャリアデザイン科目は何を目的とし、学士課程の中にどのような内容で位置づけ、どのように運営すればよいのであろうか。キャリア教育をめぐる議論を踏まえながら、キャリアデザイン科目の設計と運営という共通の答えがない問題について考えてみたい。なお、本稿では学士課程に開設されているキャリアデザイン科目による働きかけをキャリア教育と呼び、その他を含む働きかけの全体をキャリア支援と呼ぶことにする。
 何のためのキャリアデザイン科目か
 私はキャリア教育・キャリア支援の目的は、学生のキャリア発達を促進することにあると考えているが、そのためには学生の気づきを促してキャリア意識を啓発するという働きかけもあれば、情報や情報収集の方法を提供し、知識に働きかけるという側面もある。さらには社会的・職業的自立に必要なスキルを身につける働きかけも考えられよう。これらを統合していくことが重要であると思われるが、キャリアデザイン科目はどのような側面を担い、何を目的として科目を設計するのか、それぞれの大学がよく議論して明確にする必要がある。
 小中高等学校においては、キャリア教育という教科・科目や時間は特別に設けられていない。すべての教育活動を通してキャリアの視点から働きかけるのが基本的なスタンスである。大学においてのみ、キャリアデザイン科目・キャリア教育科目・キャリア開発科目等と呼ばれる科目を設けることが一般化しているが、キャリア支援はこれらの科目だけで達成されるものではない。学士課程教育の全般とキャリアセンター等が実施する各種の支援行事や働きかけなどが相まって、学生のキャリア発達を促進することにつながると考えられる。したがって、キャリアデザイン科目のみを切り離して議論するのではなく、大学におけるキャリア支援のあり方と合わせて、検討すべきであろう。
 なお、職業教育とは特定の職業の遂行に必要な知識や技能・技術、態度などを身につける教育であり、その目的も明確である。職業教育は職業や職業分野の選択がなされて初めて成り立つこと、職業教育とキャリア教育はキャリア発達を促す両輪であることを認識して、キャリアデザイン科目の目的を明確にする必要がある。キャリア発達の促進に関わるすべての働きかけをキャリアデザイン科目に盛り込むことは無理がある。
 学士課程における位置づけ
 科目の目的と同様に、キャリアデザイン科目にどのような内容を盛り込み、学士課程にどのように位置づけるかは、大学の学士課程のあり方や学生の事情によって異なってくるため、やはりそれぞれの大学が答えを出すべき問題である。「審議経過報告」がいう「基礎的・汎用的能力」の内容について検討が進められているようであるが、それをそのままキャリアデザイン科目で扱えばよいというものではない。学生たちの発達の現実態に合わせてアレンジすることが必要である。具体的な学士課程における位置づけとしては教養教育・共通教育に位置づけるか、専門教育に位置づけるか、あるいはその両方で展開するかのいずれかになるであろうが、キャリア教育の視点を幅広く学士課程教育の全般に浸透させるという方法も考えられる。
 キャリアデザイン科目の内容や学士課程における位置づけの問題は、大学や学部がどのような人材を育成しようとしているのかという教育の根幹と関わっており、大学・学部における理念・目的、教育目標との関わりを考慮して、学士課程に位置づけることが重要である。幸いなことに、私立大学には建学の精神が存在する。キャリアデザイン科目の設計にあたり、このことは私立大学の大きな強みとなるはずである。何よりも大切なのは、各大学が建学の精神に則り、大学の理念・目的、教育目標に見合ったキャリア教育の展開を考えることである。
 科目の運営
 キャリア教育の実践を考えると、キャリアデザイン科目を誰が担うのかという点は現実的な問題である。学士課程答申では、「アウトソーシングに偏ることなく、教員が参画して学生のキャリア形成支援にあたる」と述べられている。キャリアデザイン科目の実施にあたっては、多くの大学で外部講師が委嘱されているが、専門分野を問わずに専任教員が科目を担当する方式をとる大学もみられる。方法は様々であろうが、重要なことはキャリアデザイン科目の目的を共有するとともに、学生の現実を把握して授業を行うことである。そのためには、外部講師を委嘱する場合は、やはり専任教員がコーディネータを務めることが必要であろう。しかし、形にこだわるのではなく、この点についても、それぞれの大学に適した運営方法を全学的に議論し、工夫することが求められよう。大学の構成員であるすべての教員・職員が学生のキャリア支援に関わることが理想といえるかもしれない。キャリア教育やキャリア形成支援に関わることは、ある意味で関わる側が自らのキャリアを問われることでもあり、教員・職員のキャリア発達にもつながるはずである。
 私はキャリアセンターのメンバーと、求人情報を提供するだけの就職部に戻すことができれば、それが理想なのだがという話をよくする。キャリアセンターのみではなく、教職員が広く学生のキャリア支援に参画すれば、キャリアセンターは求人情報を提供するだけで事足りる。同じ意味において、キャリアデザイン科目を廃止し、学士課程教育の全体を通してキャリア教育の役割を果たすことが理想であると思うが、まだ道はほど遠いようである。

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