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平成21年9月 第2374号(9月23日)

梅本教授(JAIST)インタビュー
 大学事務のナレッジマネジメント
 生き残るには知識創造が必要だ

 大学改革に繋がる知をいかに創り出すか。ナレッジマネジメント(知識経営)は、組織内での知識創造を目的とした理論と実践であり、企業ではよく知られたものだ。この理論を世界的に有名にしたのが一橋大学の経営学者、野中郁次郎教授の著書『知識創造企業』。この著書を邦訳した北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学研究科の梅本勝博教授は、主に公共セクターのナレッジマネジメントの研究を手がける。ナレッジマネジメントの観点から、大学職員は専門職化していくべきだと主張する。

 ●形式知と暗黙知
 ナレッジマネジメント(KM)は、知識の創造・共有・活用を説明する理論と実践である。組織内の個人や部署が保有する知識をいかに共有し、活用し、新しい知識の創造に結びつけるか、そのプロセスの体系的なマネジメントを説明するものだ。一橋大学の野中郁次郎教授の著書『知識創造企業』が有名だが、これは日本企業の競争力を「知識の創造」という側面から分析したものである。
 知には、明確な言語・数字・図表で表現されたマニュアルや教科書などの「形式知」と、はっきりと明示化されないメンタルモデル(例えば世界観)や身体的技能(例えば熟練技能)などの「暗黙知」という二つのタイプがある。形式知は、客観的・理性的・合理的であり、言語化・数値化されているので共有しやすい。一方、暗黙知は、主観的・身体的・経験的であり、言語化されていないので、獲得するためには同じ時空間での体験の共有が必要である。
 実は、日本企業は昔から積極的に知識を創造してきた。KMの世界的な調査「最も賞賛される知識企業」のトップはトヨタ自動車であった。しかし、トヨタは「KMをやっている」とは公表していない。有名な「ジャスト・イン・タイム」や、何か問題が起きたときに、「何故(WHY)」を五回繰り返し原因の根本を突き詰める手法は有名だが、彼らにそれがKMであるという意識はない。KMとは、既存の知を共有・活用しながら、新しい知を創造し続ける経営の実践であるが、企業が以前からやってきたことである。
 ●職員の専門職化を
 大学の事務組織も、ミッション・ビジョン、中長期計画などの作成過程で知識創造、つまり、KMを実践している。知識創造という視点でこうした取組を説明すると、今まで見えなかった長所、短所、改善点、そして、知識を更に創造する方法が浮かび上がる。
 知識創造を阻害する大きな要因に、職員の短期間での異動が挙げられる。企業も含めて日本の人事システムではジェネラリスト型人材の養成が主流であり、専門職養成は傍流だ。しかし、知識、特に「暗黙知」は属人的。長期間の現場経験と共に蓄積されるから、同じ現場に長く携わる人材が必要となる。2、3年では暗黙知は深まらないし、その部署にも知識が蓄積されないから全体のレベルが上がらない。ますます高度化・複雑化する各部署の問題を解決するのに、頻繁な異動により配属された職員ではスキル不足になっていないだろうか。
 ただし、全ての職員が専門職を目指す必要もない。将来、事務のトップを目指すのであれば、これまでのようにジェネラリストとして異動すべきだ。人材育成の観点からして、幹部候補の職員はたかだか数人。他の職員は各分野の専門職として働く方が、やりがいを持てるはずだ。
 こうした人事システムの前提として、大学職員としてどのような仕事をしていきたいか、というキャリアプランを考える必要があるだろう。20代後半には自分の専門分野を決めさせる。職員でも副学長になれるシステムも理想だ。蛇足だが専門職化は、今後職員個人が生き抜くための手段にもなるだろう。「○○大学で職員を10年やってきました」といっても、具体的にどのような成果があり、何が出来るのかが分からない。仮に転職をするにしてもこういうキャリアでは武器にならない。
 ●異質な知をぶつけあう
 KMの観点で考えれば、知識の更なる創造のため、こうした専門職組織を作ったうえで、組織横断的なタスクフォースを作ることが考えられる。部署が違えば文化も考え方も異なる。各部署から一人ずつ集め、異質の知をぶつけあう。軋轢もぶつかりあいも起こるが、それを乗り越えていく過程で新しいアイデアは生まれてくる。ただし、多様で異質な知がぶつかりあうことでよいアイデアが生まれるので、これまでのジェネラリスト型の職員が各部署から集まっても、創造的な知識は生まれにくい。
 これは、教員と職員の間にも言える。職員は職員の論理で考えるし、教員は学部が違えば考え方も文化も違う。つまり、教員同士、教員と職員の間で考え方、文化が違う。これを乗り越えて、どう協力・歩調を合わせて知識を創造していくか。そのために、お互いに好きなことを言い合い、身分を気にせずやろう、というカルチャーを作り出せるかにかかっている。
 専門職化が難しいなら、各部署における電子マニュアルを作ってはどうだろうか。様々な知識を電子上に書き込んで、経験のノウハウ等を蓄積していくものだ。これは、ノウハウを常に最新の状態にできる、という特徴がある。項目を小〜大にわけて、例えば入試課であれば、大項目に「入試の一般的な仕事内容」の項目を並べる。中項目にはその具体的な内容。小項目には、過去にどういう問題があって、どういう解決法があったのか、という経験知を書き込めるようにする。これがうまく機能すれば、異動が多くても知は蓄積されていくだろう。
 ●アクションリサーチ
 最後に、より実践的なKMとしては、心理学の研究などで使われるアクションリサーチの方法が考えられる。実践的な問題を科学的に分析しながら解決していく方法だ。大学の具体的な問題を定義・共有してアクションプランを練り上げ、実際に解決した後、評価と次への課題というサイクルを作る。このように、自らの問題を発見して分析し、解決していく姿勢に科学的・システム的手法を導入すれば、それが知識創造となる。アクションリサーチはお勧めの方法だ。
 繰り返すが、どうすれば各部署で暗黙知が蓄積されるかを常に考えていくべきだ。それには職員の専門職化が欠かせない、というのが私の結論だ。アメリカでは修士号を取る職員も多い。日本でも、桜美林大学大学院等で大学アドミニストレーター専攻があるが、こういうところでKM科目を設置しアクションリサーチを教える、ということはできないか。専門化した教職員がタスクフォースを作って、アクションリサーチを行なっていく中で、大学組織として知識創造を行なっていく。今後の大学の生き残りの非常に重要な方法論だと考えている。

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