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平成21年6月 第2362号(6月10日)

PBL 情報化社会の新たな学習法-上-
  PBLとは何か
  ミネソタ州ニューカントリースクールに学ぶ

日本PBL研究所理事長 上杉賢士(千葉大学大学院教授)

 中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」を受け、大学教育が見直されている。いわゆる学士力や社会人基礎力の向上を支援する上で様々な試みが行われる中「PBL」という教育手法が注目されている。PBLとは何か。長年、PBLの理論的・実践的研究を重ねてきたNPO法人日本PBL研究所理事長の上杉賢士千葉大学大学院教授に、その概要を寄稿してもらった。

 インターネット(Yahoo!)で「PBL」と入力して検索すると、5月現在で約1000万件がヒットする。中にはイニシャルが偶然同じのものもあるが、多くが教育関係のサイトである。特に、理工系や医薬系の大学が多く、大学教育へのPBLの導入が急ピッチで進んでいることが実感できる。PRめいて恐縮だが、検索の最初に登場する「日本PBL研究所(Institute of Project−Based Learning in Japan)」をクリックすると、筆者が理事長を務めるNPO法人のホームページにつながる。
 最初の100件ほどを確認すると、PBLはProject−Based LearningとProblem−Based Learningの両方の意味において使われていることがわかる。中には、「Project−Based LearningもしくはProblem−Based Learning」と併記されているものもあって、特に区別されていない。その違いについては後ほど説明するとして、どちらも「問題解決型学習」のような意味で使われているようである。
 特に大学において問題解決型の学習方法が改めて注目された理由は、例えば30年ほど前の状況を思い浮かべれば容易に想像がつく。昔に比べれば、理系・文系を問わずいずれの分野においても、学生が習得せねばならない知識量は飛躍的に拡大している。しかし、教育のための時間が増えているわけではない。従って、限られた時間の中で大量の知識を獲得させねばならない。それはもはや「効率的に習得する」などといったマイナーチェンジの域を超えて、学習方法の抜本的な改革が必要とされているのである。
 そこで要請されることの一つは、何らかの策を講じて一気に大量の知識を獲得させることである。そのために考えられる方法の一つは、断片の知識をバラバラに覚えるのではなく、関連づけて覚えることである。脳科学の知見から言っても、有意味的に知識を獲得させるほうが明らかに都合がよい。様々に分化した方法があるが、大きく括ればProblem−Based Learningはこうした発想に基づく学習法である。
 Problem−Based Learningでは、特定の分野において必要とされる知識や情報を一定の文脈に即して有意味的に獲得させることを意図している。そのために、慎重に計算されたテーマが設定される。テーマの解決の途上で学習者には次々に関連する知識や情報が立ち現れ、それらを一定の関連性の中でよりスムースに理解できる。また、個別指導を意味する「チュートリアル」が導入され、指導者は知識獲得のプロセスを丹念にサポートする。これらの意味において、Problem−Based Learningは「課題解決学習」と呼ぶのがふさわしく、「大量の知識を効果的に獲得する」という要請に応え得る方法と言ってよい。
 一方、Project−Based Learningにも諸説があるが、その起源はキルパトリック(William Heard Kilpatrick)による「プロジェクト・メソッド」に求めることができる。これは、「目的・計画・実行・判断」の四つのフェーズを丹念にたどることによって、自らの目的を達成するための「目的的活動」を促す学習法として注目された。その後、特に情報環境の飛躍的な進展に伴い、形式的には多様性が認められるようになっている。それらの多様性を含みながら、総称としての「プロジェクト・アプローチ」は欧米ではかなり一般的な学習法として定着している。
 Project−Based Learningにもやはり多様な方法論と主張があるが、共通しているのは「学習者が問題を発見し、解決の見通しをつけて実行し、何らの形で結論を得る」ための学習法であるという点である。したがって、その中心的な特徴は、学習への動機づけに最大限の配慮を行うとともに、問題解決の一連のプロセスを自律的に遂行する点にある。その意味で、「問題解決学習」と呼ぶことができる。
 このように、Project−Based LearningとProblem−Based Learningには、それぞれの特徴や目的にかなりの違いがある。特に、前者は学習への動機づけに重点に置くのに対して、後者は有意味的な知識や情報の獲得に主眼がある。しかし、情報化社会において求められる新たな学習法という点で、どちらも注目すべき価値は十分ある。
 筆者は、2001年のアメリカ・ミネソタ州への訪問を契機に、Project−Based Learningに強い関心を抱いた。当時のアメリカでは、「Back to Basic(基礎へ帰れ)」という流れの中で、わが国の現状と同じように「学力向上」が国を挙げての重要な教育課題となっていた。そのための施策の一つとして、各州でチャータースクール(Charter School、CS)法が制度化され、各地で様々な教育的試みが行われていた。
 筆者が強い感動を覚えたミネソタ・ニューカントリースクール(MNCS)も、CSの一つであった。教師たちは、その当時の学校のシステムが若者のニーズに合わないのではないかと考え、それを克服するための教育法について議論を重ねた。その結果、若者が学びとしっかり向かい合うこと、言い換えれば学びに向けた確かな動機を獲得させることを目的としてProject−Based Learningに注目した。
 しかし、「学力向上」という要請によって、高校卒業要件としての州の履修規準は厳しく定められていた。学習者のニーズや学びへの動機に配慮するとは言っても、結果としての「学力向上」に寄与しなければならないという二重の要請に応える必要があった。
 そこで彼らが思いついたのは、「評価規準を事前に提示し、その規準をクリアするようにプロジェクトを進める」という方法論であった。そして、「州の履修規準」と学校が独自に作成した「自律学習者としての履修規準」という二重の規準が用意された。こうして、Project−Based Learningは、「学びへの強い動機」と「学力向上」という二つの条件を満たす方法として、ミネソタ州で再開発された。
  ちなみに、MNCSで開発された方法は、現在ではその後に開設された教員支援組織としての「エドビジョン(EdVisions)」によって全米に向けて発信されている。その意味で、筆者らはこの特徴を有する方法を「エドビジョン型PBL」と呼ぶことにしている。
 エドビジョン型PBLを開発したMNCSでは、数学や読書などの一部の活動を除けば教科の枠組みはなく、多くの時間がプロジェクトに充てられている。生徒たちには年に10個のプロジェクトに取り組むことが要請され、アドバイザーと呼ぶ教師の支援と丹念な自己評価に基づいて二つの履修規準を満たすようにプロジェクトを進行させている。「自律学習者としての履修規準」は、将来の進路や生活に必要な力が明示されており、それをクリアすることによって自らの将来に確かな自信と見通しを獲得するしくみになっている。
 こうして、エドビジョン型PBLは、区切り取られた単なる教科学習のための方法論ではなく、教育の全体を覆う理念と方法としての「教育方法」へと進化した。私たちが注目しているのは、エドビジョン型PBLがもつこの可能性の大きさに他ならない。
 (つづく)

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