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平成21年2月 第2347号(2月4日)

インストラクショナル・デザイン 学士課程教育構築の方法論になるかC
  インストラクショナル・マネジメント(上) 学士課程教育の構築の視点から

 熊本大学大学教育機能開発総合研究センター教授 大森不二雄

 1.インストラクショナル・マネジメントとは何か
 「インストラクショナル・マネジメント」(IM)とは何か。筆者もその一員である熊本大学大学院社会文化科学研究科教授システム学専攻では、企業内教育等を含む教育全般に適応される概念であるが、本稿では高等教育の文脈に即して論じることとする。
 IMとは、人材需要に応える質の高い大学・大学院教育を効果的・効率的に実施するために、学位課程(プログラム)の目標・プロセス・成果を統合する教育経営へのシステム的アプローチである。その本質は、当該課程(○○大学△△学部××学科)について、入口としてどこの誰を対象とし、出口としてどのような職務・役割を担う人材に育成するため、どのような能力を形成すべく、どのような内容・方法の教育を行うか、という論理的に首尾一貫した全体像を「見える化」し、それに必要な資源・人員を投入・配置することによって、教育活動を組織化することにある。
 換言すれば、人材養成目的を達成できる学位プログラムの開発・実施・改善のための体系的・組織的な方法論であり、「カリキュラム論」のみならず「教育組織論」等を内包する「教育プログラム論」である。
 教育の目標・プロセス・成果を統合し、入口・過程・出口を一体的に捉える点において、「インストラクショナル・デザイン」(ID)と相似形をなしているが、IDが基本的にコース(科目)レベルのアプローチなのに対し、IMはプログラム(課程)レベルという、ミクロとマクロの違いがある。IM・IDの両理論は、近年の大学改革で謳われる大学院教育の実質化や学士課程教育の構築に通じるものを持っている。
 2.学士課程教育構築の方法論としてのIM
 本稿は、中教審答申「学士課程教育の構築に向けて」(学士課程答申)によって、全国の大学に突き付けられた学士課程教育の構築に関し、IMという方法論が有効性を持つことを論じ、IMの効果的な活用法を提示する試論である。
 まずは、IM的考え方から、「やってはいけない」ことについて述べたい。
 学士課程答申や大学設置基準に対応して、学内規則等においてディプロマ、カリキュラム、アドミッションの各ポリシーを個別に策定して事足れりとしてはいけない。しかし、多くの大学の現実は、このような状況に近いのではなかろうか。率直にいえば、規則改正作業、作文作業という、ルーティン的実務に落とし込むことにほかならない。
 これには、数多くの項目で入口・過程・出口を別個に評価していく大学評価のピースミール・アプローチ(細切れのものを継ぎはぎしていくやり方)の影響もあろう。例えば、(財)大学評価・学位授与機構の「大学評価基準(機関別認証評価)」(十六年十月(二十年二月改訂))を見ると、大学の目的、教育研究組織(実施体制)、教員及び教育支援者、学生の受入、教育内容及び方法、教育の成果、学生支援等、施設・設備、教育の質の向上及び改善のためのシステム、財務、管理運営、という一一の評価基準が設定され、各基準は細かな評価の観点にブレイクダウンされている。
 全体として教育サービスの質を担保すると想定される資源・環境・組織・メカニズムの存否・適否を問うものがほとんどを占めると言えよう。日本のみならず世界の大学機関別評価の動向を見た場合、どのような学力水準の学生についても、どのような教育内容についても共通すると想定される様々な「形式」要件について、漏れなく整備されているかを問うものが多い。換言すれば、教える中身や身に付けさせる知識技能等の「内容」自体を正面から問うものではない。
 3.「形式」の前に「内容」に焦点を当てる質保証アプローチ
 しかし、それだけで本当に教育の質を保証できるのか。学士課程教育プログラムは、人材養成目的に対応して体系付けられたカリキュラムと教授法を備えることが期待されるが、そのためには、そもそも当該プログラムがどのような分野で何ができる人材を想定し、どのような能力(知識技能)を身に付けさせようとするものか、という「内容」抜きには語れないはずである。この「内容」抜きに、『施設設備も、教員も、カリキュラムも、学習支援の仕組みも整備されています。だから、教育の質は保証されています』と「形式」要件に関するコンプライアンスを並べたてたところで、「仏作って魂入れず」であろう。
 質保証のための「形式」要件が無駄だと言っているのではない。まずは「内容」を先に考えるべきで、順番が逆だと言いたいのである。
 しからば、「内容」の視点からの質保証へのアプローチとはどのようなものか。
 それは、学位プログラムの入口(対象となる学生層)、過程(知識技能、教授・学習法)、出口(労働市場等)の「内容」が、首尾一貫したロジックで「統合」された、筋の良いプログラムを構築することを要求するものである。それにはまず、プログラムの目標・プロセス・成果を統合する「戦略ポリシー」としての「人材養成目的」、これが起点とならなければならない。教育の質保証の全てはそこから始まる。そうすれば、質保証のための「形式」要件も実質的に機能し、万事首尾良く展開していく可能性がある。
 逆に、統合性を欠いたまま、「アドミッション・ポリシーを作成しました」「授業改善のためのFD活動を実施しています」「キャリア支援に力を入れています」「PDCAサイクルを回しています」と「形式」面に関するバラバラの取組を並べても、果たして全体の教育の質が保証されているのか、はなはだ疑問である。
 教育の目標・プロセス・成果人材養成目的に対応した「内容」面に関する基本コンセプトが不明瞭な「筋の悪い」プログラムでは、学習者のモティベーションを保持することも、教育者のモラールを高めることも望み薄である。率直に言って、残念ながら日本の多くの大学の多くの学部等に当てはまるのが現状ではなかろうか。人材需要に対応したプログラムの構築、そのために必要な人材養成目的の明確化とカリキュラムの体系化に正面から取り組んできた大学はそう多くないように思われるのだ。
 4.戦略経営と質保証の統合としてのIM
 こうした課題の克服の前に大きく立ちはだかるのが、自己変革を可能とする戦略的経営の不在である。人材需要に対応した教育プログラムを構築するには、人材養成目的の明確化やカリキュラムの体系化について、教職員の共通理解に基づく組織的取組が必要となるとともに、資源配分・人員配置・教職員の役割構造等の一体的見直しが必要不可欠であるが、日本の大学の多くは、こうした課題に正面から取り組む経営の意思とメカニズムを欠いているのが通例である。
 経営陣はともかく、教員の中には、「経営」不在は「教育」にとって悪いことではない、と思われる向きもあるかもしれない。だが、それは間違いである。「戦略的経営」の不在は、「組織的質保証」の不在と相似形をなしており、両者は密接に結びついている。
 実質的な質保証を可能とするプログラムの構築及び運営は、人的・物的・財政的資源の再配置と教職員個々人の役割の再定義を伴い、それは戦略的経営があってこそ可能となる。限りある資源の中で教育の質保証を実現するには、カリキュラム・教授法、教員組織や支援スタッフ、物的・財政的資源など、プログラムの構成要素を人材養成目的の実現に向けて焦点化し、戦略的に統合する必要がある。教育の質保証の実質化を可能とするのは戦略的経営であり、すなわち、組織的質保証と戦略的経営は一体のもの、同一の営為の二つの断面と捉えるべきである。
 「内容」への焦点化によって戦略経営と質保証を統合したシステム的アプローチこそ、IMの真髄であり、学士課程教育の構築のための方法論として幅広い適用可能性を持つと言える。(つづく)

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