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平成21年1月 第2344号(1月14日)

第3章 学士課程教育の充実を支える学内の教職員の職能開発

 教職員は、学士課程教育の実践に直接又は間接に携わり、相互に連携して管理運営等を担っている。前章で述べた三つの方針に貫かれた教学経営に当たっては、学士課程教育の実践と管理運営を担う教職員の資質と能力に負うところが極めて大きい。
 本章では、こうした認識に立って、教職員の職能開発に着目し、ファカルティ・ディベロップメント(FD)やスタッフ・ディベロップメント(SD)のそれぞれの改善充実の方策について述べる。

 1 教員の職能開発
 (1)現状と課題

 @職能開発の重要性とその実質化
 (ア)これまでの大学改革では、教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組が求められてきた。
 平成十一年には、各大学におけるFDの実施の努力義務が定められた。その後、平成十九年度から、大学院で、平成二十年度からは学士課程で義務化されている。
 また、改正された教育基本法において、教員は「絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」こと、そして、「養成と研修の充実が図られなければならない」ことが規定された。
 (イ)現在、FDは多くの大学に普及しており、平成十八年度の実施率は約九割となっている。相応の規模の大学では、大学教育センター等が、FDセンターとして、その推進の牽引役として、創意工夫ある活動を行っている。FDセンター等の関係者間のネットワークの構築や、FDの専門的人材の配置・養成といった取組の萌芽も見られる。
 (ウ)このような取組と普及が見られるが、それが我が国全体として教員の教育力向上という成果に十分つながっているとは言い切れない。
 これまでの調査結果などを踏まえると、現在のFDの課題として、次のようなものが考えられる。
 第一に、一方向的な講義にとどまり、必ずしも、個々の教員のニーズに応じた実践的な内容になっておらず、教員の日常的な教育改善の努力を促進・支援するに至っていない。
 第二に、教員相互の評価、授業参観など、ピアレビューの評価文化がいまだ十分に根付いていない。
 第三に、研究面に比して教育面の業績評価などが不十分であり、教育力向上のためのインセンティブが働きにくい仕組みになっている。
 第四に、教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置付け、教育理念の共有や見直しに生かす仕組みづくりと運用がなされていない。
 第五として、大学教育センターなどFDの実施体制が脆弱である。例えば、FDに関する専門的人材が不足している、学内で各学部の協力を得る上で困難がある、FD担当者のネットワークが発展途上、といったことが聞かれる。
 第六として、学協会による分野別の質保証の仕組みが未発達であり、分野別FDを展開する基盤が十分に形成されていない。
 第七として、非常勤教員や実務家教員への依存度が高まる一方で、それらの教員の職能開発には十分目が向けられていない。
 (エ)大学全入時代を迎え、学習意欲の低下や目的意識の希薄化といった学生の変化に直面し、個々の教員の力量向上のみならず教員団による組織的な取組の強化が求められるようになってきている。学長の多くは、教員の組織的な職能開発の必要性を認めており、その点で海外との温度差はない。
 必要なのは、制度化されたFDをいかに実質化するかであり、あわせて、そのための条件整備を国として進めていくことである。FDを単なる授業改善のための研修と狭く解するのではなく、我が国の学士課程教育の改革を目的とした、教員団の職能開発として幅広く捉えることが適当である。
 そして何より、FDを実質化するには、教員の自主的・自律的な取組が不可欠である。教員の個人的・集団的な日常的教育改善の努力を促進・支援し、多様なアプローチを組織的に進めていく必要がある。
 A教員の専門性の明確化と評価体制の確立
 (ア)FDを通じて目指すべき目標の設定や、教員に対する業績評価を適切に行うためには、大学教員として必要な職能や教育力の内容を明らかにすることも重要である。
 (イ)海外では、国際機関、教員団体あるいは個々の大学が倫理綱領等の形態で、大学教員の役割・責務を明文化する取組が行われてきた。アメリカを中心に、教員の担う機能として「四つの学識」(発見、統合、応用、教育)があるという考え方も普及している。
  (ウ)一方、我が国では、私学団体等が教員の倫理綱領のモデルを提起したり、教育力の指針を提案したりする例はあるものの、総じて、大学教員の公共的な役割・使命、専門性が必ずしも明確に認識されないままになっている。ユニバーサル段階を迎え、大学が多様化し、大学とは何かが問われるのと同様、大学教員とは何かも自明ではなくなっている。
  まずは、それぞれの大学あるいは大学間の協同で主体的な論議を行い、大学教員の専門性をめぐる共通理解をつくり、社会に宣言することが求められる。
  (エ)高度な専門職である大学教員について、共通して求められる専門性が存在する一方、その多様な在り方も尊重されなければならない。
  大学が機能別に分化していく中、個々の教員も、教育、研究、社会貢献、管理運営などに関して、所属する大学で期待される役割の比重には相違が生じてくる。教員の業績評価には、一律的な尺度によるのではなく、きめ細かな工夫が求められる。
  ただし、大学は、いかに機能別分化が進んでも、教育と研究との相乗効果が発揮される教育内容・方法を模索していく必要がある。このため、教員間の役割分担がなされるとしても、大学教育に携わる以上、各教員は、当該分野の先端の動向に接触し、専門的知見と知的誠実性を保持する努力を払う責務があると考える。
  (オ)FDを実質化するには、適切な教育業績の評価も不可欠である。
  教育業績の評価は、研究業績の評価に比して難しい面があり、諸外国でも様々な試行錯誤が行われている。
  我が国では、いまだ普及の途上にあるが、教員による教育業績記録ファイル等の活用による多面的な評価の導入・工夫が必要である。また、学生による授業評価の結果は、業績評価の指標としての信頼性には課題もあるが、教員の自己評価や職能開発の活動に生かすことは重要であると考える。
  B大学院における大学教員養成機能の充実等
  (ア)生涯を通じた職能開発を考える上では、大学院における大学教員の養成機能の在り方を見直すことが必要である。
  (イ)平成十七年の本審議会答申「新時代の大学院教育」は、「大学院に求められる人材養成機能」として四つを掲げ、そのうちの一つに「確かな教育能力と研究能力を兼ね備えた大学教員の養成」を位置付けた。
  教育を担う者としての自覚や意識の涵養、教育方法等の学習がなされるよう、個々の大学において、あるいは大学間の連携によって、TAの活動の充実をはじめ、組織的な取組の展開が求められる。こうした取組は、ポスドク段階のキャリア形成支援の観点からも重要となる。
  (ウ)なお、平成十八年の大学設置基準の改正により、講座制や学科目制に関する規定が廃止され、教員組織の編制について各大学の裁量が拡大した。
  講座制等は、その弊害が指摘される一方で、職能開発の機能を事実上担ってきた面もある。講座制等を廃止する場合、十分に職能開発の機能が確保されるよう、適切な組織・体制の在り方を検討していくことも求められる。
  (2)改革の方向
  (ア)以上のように、各大学が、学士課程に関する三つの方針に基づいて組織的に教育活動を展開するためには、当該大学の教員が共通理解を形成し、具体的な教育実践に取り組んでいくことが求められる。
  また、教員が、多様化する学生に対して適切な教育指導を行うためには、教授法に関する不断の研究を行うことが一層強く要請される。FDの実施が、各大学に義務付けられたことを契機として、各大学では、その在り方を主体的に見直すとともに、教員評価の在り方等を含め、教員の教育力向上に向けた取組を総合的に進めていくことが重要である。
 
  2 大学職員の職能開発
  (1)現状と課題

  @職能開発の重要性
  (ア)大学職員は、大学の管理運営に携わる、また、教員の教育研究活動を支援するなど、重要な役割を担っている。職員の学内での位置付け、職員と教員の関係については、国公私立それぞれに状況が違うが、大学経営をめぐる課題が高度化・複雑化する中、職員の職能開発(SD)はますます重要となってきている。大学職員に関しては、教員一人当たりの職員数が低下していく傾向にある中、個々の大学職員の質を高める必要性が一層大きくなっている。
  職員の間でも、大学院での学習を含め、自己啓発の重要性への意識が高まり、学会や職能団体の発足など、職能開発の推進に向けた機運が醸成されつつある。
  (イ)高度化・複雑化する課題に対応していく職員として一般的に求められる資質・能力には、例えば、コミュニケーション能力、戦略的な企画能力やマネジメント能力、複数の業務領域での知見(総務、財務、人事、企画、教務、研究、社会連携、生涯学習など)、大学問題に関する基礎的な知識・理解などが挙げられる。
  加えて、新たな職員業務として需要が生じてきているものとしては、インストラクショナル・デザイナーといった教育方法の改革の実践を支える人材が挙げられる。また、研究コーディネーター、学生生活支援ソーシャルワーカー、大学の諸活動に関する調査データを収集・分析し、経営を支援する職員といった多様な職種が考えられる。国際交流を重視する大学であれば、留学生受入れ等に関する専門性のある職員も必要となろう。
  これらの業務には、学術的な経歴や素養が求められるものもあり、教員と職員という従来の区分にとらわれない組織体制の在り方を検討していくことも重要である。
  (ウ)さらに、財務や教務などの伝統的な業務領域においても、期待される内容・水準は大きく変化しつつある。それぞれの大学において、新旧様々な業務について、職員に求められる能力とは何かを分析し、明確にしていくことが求められる。
  A職員の職能開発の実質化と充実
  (ア)専門性を備えた大学職員や、管理運営に携わる上級職員を養成するには、各大学が学内外におけるSDの場や機会の充実に努めることが必要である。
  職員に求められる業務の高度化・複雑化に伴い、大学院等で専門的教育を受けた職員が相当程度いることが、職員と教員とが協働して実りある大学改革を実行する上で必要条件になってくる。
  (イ)なお、教職員の協働関係の確立という観点からは、FDやSDの場や機会を峻別する必要は無く、目的に応じて柔軟な取組をしていくことが望まれる。
  (2)改革の方向
  (ア)以上により、SDの推進に向けた環境整備が、重要な政策課題の一つとして位置付けられるべき時機にある。
  教員と職員との協働関係を一層強化するため、SDを推進して専門性の向上を図り、教育・経営など様々な面で、その積極的な参画を図っていくべきである。
  (イ)ただし、我が国の大学をめぐっては、教育研究活動を支援する人材の量的な不足という問題があることにも留意する必要がある。職員の質・量それぞれの課題について適切な対応をしなければ、大学改革を推進していく上での隘路となるおそれがある。
 
  3 大学間の協働
  (1)現状と課題

  (ア)以上のとおり、個々の教職員の力量の向上を図るとともに、教員全体の組織的な教育力の向上、教員と職員との協働関係の確立などを含め、総合的な教職員の職能開発が大切になっている。
  ユニバーサル段階において多様な学生が入学し、教学経営の在り方及びそれを担う教職員の在り方も大きな変化を迫られることになる中、その改革に向けた組織的な取組は急務である。
  (イ)しかしながら、上記のような教職員の職能開発に関する課題を乗り越え、実効ある取組を進めていくには、個々の大学の努力に期待するのみでは限界がある。
  教員や大学職員の職能開発の取組が活発な海外の事例を見ると、拠点的組織やネットワーク、学会や職能団体など、個別大学の枠を超えた支援の体制や基盤が発達していることが伺える。
  (2)改革の方向
  (ア)こうした海外の事例も参照しながら、大学間の協同の体制づくりに向け、関係者が主体的な努力を払うとともに、国としても、大学教育を振興する基盤整備の一環として、適切に関与していくことが必要である。
  (イ)その際、国立大学等の大学教育センター等における取組が各地域で進展しつつある中で、教員や大学職員の職能開発プログラムの開発・実施や、センターの共同運営など、大学間連携や支援に関する組織的な役割や貢献を果たし、ネットワークを広げていくことを期待したい。
  (3)本章に関する具体的な改善方策
  【大学に期待される取組】
  ◆学士課程教育における三つの方針(学位授与の方針、教育課程編成・実施の方針、入学者受入れの方針)に関する共通理解を確立し、教員各自の教育実践の在り方を主体的に見直す場としてFDを機能させ、活性化を図る。
  その際、大学全体、学部・学科等のそれぞれの段階において、FDに関する効果的な役割・機能分担を図る。FDの実施内容・方法について、一方向の講義だけに偏るのではなく、双方向的なワークショップ、教員相互の授業参観や相互評価などを積極的に取り入れる。成績評価や学生による授業評価の結果について、FDの場や機会における議論や分析の対象とし、授業や教育課程、評価方法の組織的な改善に生かしていく。
  ◆FDの実施に当たって、多様な参加者へのきめ細かな配慮をする。
  新任教員の参加に特に配慮し、できるだけすべての新任教員がFDに参加するように努める。
  常勤の研究者教員のみならず、大学の実情に応じ、実務家教員や非常勤教員に対するFDの場や機会の提供についても配慮する。その際、単に授業の改善にとどまらず、上記の三つの方針に関する共通理解を確立することに留意する。テーマに応じて、職員の積極的な参画を促す。
  ◆個々の教員の授業改善に向けた努力を支援する体制を整える。
  教員の求めに応じて授業の実態を診断し、具体的な助言を行うコンサルテーションの充実に努める。優れた教育実践を行う教員に対し、例えば、顕彰や教育方法改善に向けた援助を行うことを検討する。
  ◆教員の人事・採用に当たっての業績評価について、研究面に偏することなく、教育面を一層重視する。
  大学として、自学の教員に求める役割・責務、専門性等を学内外に明らかにする。評価に際しては、教員の自己評価を取り入れる(教員は、学生による授業評価の結果を自らの評価に反映させる)。評価の対象として、例えば、優れた教科書や教材の作成についても積極的に位置付ける。FDに関する積極的な取組についても、適切と認める場合は評価の対象とする。さらに、授業改善に向けた様々な努力や成果を適切に評価する観点から、教員が教育業績の記録を整理・活用する仕組み(いわゆるティーチング・ポートフォリオ)の導入・活用を積極的に検討する。
  教員の役割の機能分化(教育・研究・社会貢献など)に対応した教員評価の工夫について研究する。大学院修了者を教員として採用する際、審査に当たって、TAとしての教育実績を適切に評価する。
  ◆教育研究上の目的に応じて、大学院における大学教員養成機能(プレFD)の強化を図る。
  教授法のワークショップやTAセミナーなどを積極的に実施する。有効なプログラムを単位認定したり、他大学でのインターンを組織的に実施したりすることも、大学の実情に応じて検討する。
  ◆教員と協働する専門性の高い職員の育成に向け、SDの機会と場を充実する。
  学内でSDの充実を図るとともに、職員の自己啓発(例えば、関連する学会活動や研究会への参加、大学院での学習など)の努力を積極的に奨励・支援するとともに、職能開発の成果を適切に評価する。職場内研修(OJT)として、大学経営への参画を通じ、職員が能力を発揮する機会を確保する。
 
  【国によって行われるべき支援・取組】
  ◆大学教員の教育力向上のため、全大学で充実したFDが実施されるよう、FDの実質化に向けた主体的な取組を各大学に促す総合的な取組を進める。
  FDの企画・運営の充実に向け、実施体制の強化を支援する(例えば、FDの専門的人材の配置・養成等)。また、すべての新任教員に対し、FDの機会が提供されるよう、各大学に求めていくことも検討する。
  ◆高度な専門職である大学教員に求められる専門性、FDによって開発すべき教育力に関する枠組み等の策定について検討する。
  その際、大学団体等が中心となって、主体的な取組が進められるよう、必要な支援を行う。
  ◆FDの理論や実践の基盤となる関連学問分野の知見を生かしつつ、大学教員の養成やFDのプログラム、教材等の開発を支援する。
  その際、当該プログラムに参加した成果が、大学における教員の採用・昇任に当たって利用される仕組み(例えば、イギリスにおける高等教育資格課程(PGCHE))について視野に入れる。
  ◆優れたFD・SD活動等を行う大学に対して支援するとともに、それらの取組に関する情報提供を行う。
  例えば、単独の大学の取組のみならず、拠点的なFDセンター等を中心とする大学間連携によるFD・SD活動や、関係機関や専門家のネットワーク化の取組を促進する。教育業績の評価に関する有効な実践や、大学院における優れたプレFD活動に対しても支援する。
  ◆教職員海外派遣において、FD・SD推進の指導者等の養成を支援する。
  ◆大学間の連携、学協会を含む大学団体等を積極的に支援し、分野別のFDプログラムの研究開発などを促進する。
  ◆FDの推進に資する大学教育支援の拠点の設置について研究する。
  その役割としては、大学教育センターのFD指導者の養成、FD・SDのパイロットプログラム開発、分野別教育支援のネットワークの調整、FDにおけるeラーニングやICTの活用、優れたFDの実践や革新的な教育方法に関する情報収集と提供などが考えられる。
  ◆SDの推進にかかわる関係団体や管理職養成にかかわる大学院等と連携して、検定制度やSDプログラムの在り方を含め、SDを推進する方策を検討する。
  例えば、関係団体・機関間の連絡協議の場を設ける等、主体的な取組を促す。

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