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平成20年8月 第2327号(8月20日)

美大におけるサービス・ラーニングの実践A
  "誰かのために"やりがい感じる 共同制作で新しい感性を実感

 Vプロジェクトの進行、参加学生の報告からの考察
 1.学生への告知
 プロジェクトの告知は、規模に応じて定員を設け、掲示板で参加者募集をするのだが、毎回定員を大幅に上回る希望者が出ている。基本的には、全員に参加してもらっている。高校時代に進学先を決める際に、大学案内を見て、このプロジェクトに参加したいと思っていた者や、高校の美術の教諭に紹介されて関心を持っていた者も多く、学生には広く周知されている。
 2.プロジェクトの流れ
 本学では、総合病院、介護老人保健施設を主な対象とした「ヒーリング・アートプロジェクト」をサービス・ラーニングに位置づけ、全学的に参加者を募り、共同で制作を進めている。
 プロジェクトは、次のような流れで進行していく。
 医療・福祉施設からの依頼→学内説明会→施設現場の視察・見学→プランニング(共同制作)→原画制作(共同制作)→医療・福祉施設でのプレゼンテーション→作品制作(共同制作)→作品設置立会い→作品設置に対するアンケート等の調査→外部評価の検証→記録集のまとめ
 3.共同制作の体験から得られるもの
 様々な学科、専攻の学生が共同で制作を進める過程で、お互いの協調性と目的意識を高め、また共同制作で生まれた様々な分野の学生同士のコラボレーションによる新しい感性の発見を実感している。
 体験レポートの中から感想を引用してみる。
 報告@「自分ひとりの力では出来ないことが大勢の力で出来ること。そして、それにはお互いの協力が必要不可欠なこと。コミュニケーションの大切さが身にしみてわかりました」(絵画学科洋画専攻三年)
 報告A「様々な学科が参加していることもあり、他学科の学生と交流を図ることもできました。そこから、表現する可能性の広さを感じ、今後の制作意欲を掻き立てるきっかけにもなりました」(工芸学科二年)
 リピーターも多く、上級生が下級生に対して経験に基づくアドバイスする良い機会となり、それは年々作品の質と表現技術の向上につながっている。
 4.表現技術、表現力の進歩
 実践を通して作品の社会的な目的と、表現することの関連について考え、そこから癒しを目的とした絵画、デザインの表現、技術、手段、媒体など、より広く深い可能性を探っている。
 報告B「今まで自分のつくった作品がこのように大きな形で残ったことがなかったので、とても嬉しく思います。用いたコラージュの技法はとても新鮮で、自分の中で新たな発見となり、私の新たな表現方法のひとつとなりました」(デザイン学科二年)
 報告C「原画よりも、はるかに完成度を上げることが出来た本制作のパネルを設置して、病院の雰囲気を明るくすることが出来たと感じます。重苦しい病院の雰囲気を変える効果が絵にはあるものだと改めて学びました」(工芸学科二年)
 5.現場での関係者との対話から得るもの
 作品を設置する現場での意見や考えを聞くことも重要であるため、原画を制作した段階で医療・福祉施設での打合せを実施している。学生達は、医療スタッフや患者から生の声を聞き、制作に反映させている。
 報告D「現場での原画検討会の際、看護師の方から患者さんの傾向を伺うことが出来ました。現場の生の声は大いに参考になり、見る人の立場になって壁画を制作するようになりました」(工芸学科二年)
 報告E「自分達が思いもよらないところが患者さんにとって好ましくないものだったりすることも多々あることを知りました。患者さん達に元気になってもらいたいと思い考えた原画を、どういう表現にすれば上手く伝わるのか、ただ自分達の描きたいものだけを描いていてはダメなのだと、とても考えさせられました」(絵画学科洋画専攻一年)
 6.作品制作を通じた社会との関わり
 「ヒーリング」というテーマを持った作品制作は、学生にとって目的意識を持って取り組むことが出来る学習活動である。また、他者や社会にかかわることで医療・福祉施設全体の抱えるアメニティや、医療・福祉環境の改善の問題点について考え、アートと社会の関わりについて理解を深め、美術大学の学生としての専門性を活かした社会貢献に対する意識を向上させる契機となっている。
 報告F「ヒーリング・アートは自分の好きな絵を描けば良い訳ではない。患者の求めているものを探り出し、病院にあった絵にする必要があることが分かった」(絵画学科日本画専攻二年)
 報告G「最初は軽い気持ちでこのプロジェクトに参加しましたが、作業が進むにつれて真剣になっていく自分に気付きました。自分達の手掛けた作品が、誰かの心を癒しているかもしれない、そう思うだけでとてもやりがいを感じます。”誰かのために”相手の気持ちを考えて行うこの「ヒーリング・アートプロジェクト」は素晴らしい活動だと思います」(絵画学科日本画専攻一年)
 7.外部評価から得るもの
 作品設置後、アンケート調査を実施して、患者、家族、医療スタッフ、一般を対象とした外部評価を確認している。第三者の反響を直接確かめることが出来、自己の作品を客観的な立場から捉え直す眼を養うことにもなる。
 そこから得た癒しの効果の検証とデータ分析の蓄積は、継続的にプロジェクトを進める際の基礎データとして活用され、学生が本取組に対する理解を深めると共に、表現技術の改善や新しい発想の原動力にもなっていく。
 アンケート調査の自由記述に書かれていた事例をいくつか紹介しておく。
 ○思わず足を止めて見とれてしまった。とても良い事だと思う。力をもらった気がする。ほのぼのとした優しいおだやかな気持ちになれた。前向きになれそうだ。(四二歳 通院 女性)
 ○雰囲気が明るく、本当に癒されます。父が入院していますが、絵画をながめてから病室に行くのが習慣になりました。やさしい心づかいが伝わります。(四三歳 見舞い 女性)
 ○明るく生きようとする気力を高め、病気を治そうとする元気をもらえる絵。良いことだと思う。(六〇歳 通院 男性)
 8.社会への提案
 こうした機会を通して、学生自らが作品の空間演出を体験し、医療空間をトータルコーディネイトする感性と能力を高める貴重な経験を得ている。また、学生が社会に対して医療空間の新たな提案を具体化していくよい体験にもなっている。
 新たな画材も積極的に取り入れ、目的や現場の環境条件に合わせた素材の選択と、表現の幅が広がっているのが毎年よくわかる。
 特にデジタルプリントによる粘着シートを使った、医療空間でのアートの新しい表現の展開は、社会の様々な表現媒体の広がりに対応し、学生自身が新たな発想や表現の可能性を見出す機会になっている。具体的には医療・福祉施設の天井、床、ガラス面、スチールのパーテーション、医療機器本体といった箇所にアートを施工するため、商業スペースのガラス面や床、金属壁などに施工されているグラフィックプリントシートや路線バス、電車の車体表面に広告用に貼られているデジタルプリントシートを活用して癒される空間づくりを試みている。
 9.経験の蓄積、記録集の活用
 「女子美術大学ヒーリング・アートプロジェクト制作の記録」を全学生に年度初めに配布することが、学生達の参加動機にもつながっている。初期段階の打合せから、原画制作、壁画の完成、設置までのプロセスを知り、先輩のレポート、アンケート結果などを、新たなプロジェクトを進めていく上での参考資料として活用している。(つづく)

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