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平成20年8月 第2326号(8月6日)

高めよ 深めよ 大学広報力〈1〉
  大学広報は大学経営 学内外にアンテナ トップの発言、明確に

広報セミナーから(上)
 プロローグはフジサンケイグループのFCG総研が開催した「大学広報セミナー 大学広報の基礎とメディアトレーニング」(七月二十四、二十五日)を取材したメモから、大学広報の要諦に迫りたい。
 このセミナーには国公私立大学の広報担当者ら約三〇人が出席。二回の記事にまとめた。(上)は「戦略的広報の時代」と、二日間の大学広報セミナーから、加盟校に役立ちそうな講演者の発言、議論などを取り上げた。(下)は「模擬記者会見で熱気」と、大学で起こった不祥事を想定、新聞記者側から厳しい追求を受ける模擬記者会見の様子など、大学広報が問われている現状を紹介する。広報は戦略的なものに進化している―というのが出席者の共通理解だった。(文中敬称略)

戦略的広報の時代

 大学の広報担当者はいつ何時、どこで呼び出されるか、わからない。このセミナー初日(七月二十四日)に出席した中央大学総務部広報室の五十嵐星汝は、前々日の二十二日深夜に記者会見準備等で大学に呼び出されて以来、この日までほとんど寝ていなかった。
 二十二日夜起きた東京・八王子の無差別殺傷事件の被害者が中央大の女子大生だった。五十嵐は「加害者でなく被害者だったので、広報の必要はない…」と一瞬思ったが、「秋葉原の無差別殺傷事件に続く事件」と、すぐに気持ちを切り替えた。
 二十二日深夜から未明にかけて、中大には多くの報道陣が押し寄せた。「二十三日朝に会見を開きます」と記者らに説明した。この間、大学トップ、教授らに連絡、二十三日午前九時半に一回目の会見。ゼミの教授が到着した午後にも会見を行った。
 「五年前でしたら、取材も来ないし、会見も開くことはなかったと思います。しかし、秋葉原無差別殺傷事件など凶悪犯罪が続いたのでマスコミも加害者だけでなく被害者にも目を向けたのではないでしょうか」と五十嵐は振り返る。
 五十嵐は、この日午後のパネルディスカッション「戦略的広報の時代へ」で、明治学院大広報室長、齋藤一誠や金沢大総務部広報企画係長、松本芳江ら他大学の広報担当者とともにパネラーの一人だった。三人はテーマをめぐり、それぞれ発言した。
 「学内広報は二年前には大学のお知らせ広報だった。そうでなく研究室などを回ってニュースを拾い上げることに腐心しました。広報活動は複雑化しており、外部の力を使うことも必要になるが、外部の力を使える職員づくりも肝要だと思います」(明学大の齋藤)
 「学生募集の広報展開で博報堂と調査研究会をつくり、全国紙への広告掲載、携帯サイトの立ち上げ、河合塾でのトークセッションを行いました。志願者は前年より増え、ホッとしました。“広報は大学の顔”であることを意識して学内連携を強めていきたい」(金沢大の松本)
 「入試広報も兼務している。オープンキャンパスの参加者は十年前は一〇〇〇人だったが、いまでは三万人。かなりの予算をかけるが、何人が受験・入学したかという成果主義の検証も大事だと思います。広報のトップは理事長か、学長か、という課題も抱えています…」(中大の五十嵐)
 このパネルデスカッションのまとめ役の広報コンサルタントの萩原 誠(元帝人広報部長)は、こう締めくくった。
 「大学広報は大学経営でもある。トヨタがそうであるように、大学は広報が経営を引っ張らなくては駄目だ。五つ提案したい。@トップが何を発信するか、明確にしておくAステーク・ホルダーはこれまで受験生だったがOBも引っ張り込むB教員、事務職員が一体化して危機意識を持つCマスコミとのパイプをつくるD広報に大学の情報を全て集める。
 民間企業の広報部長はよく『要員が少ない』とボヤいているが、大学の広報は最低一人いればいい。少数精鋭でOB、マスコミなど外部の力を借りればいい。広報効果の測定は難しい。何を訴えたいか、を常に考えコツコツとやっていくことだ。危機管理広報では、不祥事を『隠したい』という意識を変えること。民間企業も一緒だが、トップも広報も『腹をくくる』気持ちがないといけない」
 この日のセミナーの基調講演は、大阪大学学長の鷲田清一。大阪外語大との統合やユニークな発言で人気の国立大学学長。誠にタイムリーな人選だった。「阪大の広報について話したい。ヒントになるか、は自信ない」と切り出した。
 「学長に就任(〇七年八月)してから広報の見直しをやってきた。広報の原点、PR(パブリック・リレーション)に帰る、ことにした。市民とどういう関係をつくっていくか、企業も市民だ。『NEWS Letter』という広報誌を発行しているが、誰に送っているか、編集が不十分だと思った。企業や市民、地域を意識して関係者全員に配るようにして欲しいと頼んだ」
 人気の高い市民講座もバッサリ。「市民講座は、いま以上増やすな、と指示した。他の大学や民間のカルチャーセンターもやっている。なぜ、増やさないか。市民講座は市民を受身にする。行政に文句を言うのでなく、何が問題で、どうすればいいのか、提案する能動的な市民が必要だ。こうした市民をつくるため阪大はコミュニティーデザインセンターを設けた。平田オリザら専門家と市民をつなぐ、これが本来の広報のスタイルではないか」
 鷲田のオモロイ話は止まらない。「阪大の印象は、若い人からは『ダサい、イカハン』といわれる。いかにもハン(阪)大、だ。くやしいけど当たっている。このイメージを『モテハン』に変えたい。信用できる人間を育てる、コモンセンス(識見)を持ったやつをつくる。それには判断力が大事で、それを身につけるには教養が必要。阪大は大学院で教養教育を重視、必須にしている」
 何度か「原点回帰」を口にした。「阪大は藩校ではなく校祖のいる国立大であり、同時に民間の寄付に依るなどネットワーク型の大学だ。これが特徴であり、広報の原点でもある」「広報とは、外に宣伝する。これから大学をどうやっていくか、それを決めるのが広報。『21世紀の懐徳堂』をキャッチフレーズに企業、地域、府・市と一緒に学芸都市・大阪の主体となりたい。原点回帰、大阪はプライドを持ってほしい」
 この日のセミナーで「広報力が組織の明日を築く」と題して講演した広報コンサルタントの青柳栄一(元ミサワホーム広報部長)は中大OB。八王子の殺傷事件について、こう語った。
 「関心を持ってテレビを見ていたが、教授たちは会見を無難にこなしていたという印象だ。しかし、女子大生の人柄について『だった、そうです』と言っていたが、大学の代表者は他人事のように話しては失格です」
 そして、こう付け加えた。「広報担当者はマスコミに何を、どう訴えるかも大事だが、世の中の動きを見ることが大切。世の中の動きが自分の大学にどう関わっているか、常に学内外にアンテナを張り巡らせなくてはいけない」
 五十嵐がしきりにうなづいていたのが印象的だった。

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