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平成20年4月 第2311号 (4月9日)

地域に開かれた大学 開学8年 東北公益文科大学 <上>
  公益を学び地域貢献 教職員・学生が一体で活動


東北公益文科大学副学長 伊藤眞知子

 東北公益文科大学(小松隆二学長)は、二〇〇一年四月に山形県酒田市に開学した。全国初の「公益学」の創造と実践を掲げ、「大学まちづくり」をうたって出発した、公益学部公益学科の一学部一学科(一学年定員二四〇名)の単科大学である。開学八年目を迎えた二〇〇八年四月、あらためて大学の理念を「尊重し調和へ」と定め、「人材育成(教育)」「公益学の確立(研究)」「地域共創(貢献)」の三つの使命を明確に打ち出した。同大学の「地域共創」の実践について、同大学副学長の伊藤眞知子教授に寄稿して頂いた。三回にわたって紹介する。

 山形県の日本海側に位置する庄内地域には、山形大学農学部のほかに四年制大学がなかったため、その設立は長い間の住民の要望となっていた。山形県はこれに応えて、「公設民営方式」による大学設立を計画、県および一四市町村(合併により現在は二市三町)の財政支援により、慶應義塾の知的支援のもとで、学校法人が運営を行う大学が誕生した。このような設立の経緯により、公益大と県・地元自治体との間の関係は当初より密接であった。教員が各種審議会等の委員に就任したり、自治体主催の講座等の講師を務めたりといったことはもとより、県の事業施策である「公益のふるさと推進事業」「出羽庄内公益の森整備事業」、酒田市が主催する「市民大学講座」「出前講座」、小・中・高校教員と大学教員の協同による副読本「公益のふるさと庄内」刊行とその発展としての「公益教育研究会」、まちづくり研究所である庄内町情報発信研究所「キラリしょうない」、自治体との各種共催事業など、他大学に例を見ないほど多くの連携が行われてきた。
 大学の樹木(遊心の森)を大勢の市民がボランティアとして植樹・手入れする活動を始めとして、市民団体、ボランティア団体、NPO等との連携も活発である。酒田市の離島における「飛島クリーンアップ作成」実行委員会(二〇〇七年総務大臣大臣表彰受賞)や庄内海岸の防砂林保全活動への参画など、環境保全や地域づくり活動での連携は数多い。初の本格的な高等教育機関・研究機関である公益大への地元住民の関心は高く、大きな期待が寄せられてきた。
 何より、公益大のキャンパスは、門も塀もなく、メディアセンター(図書館)やカフェテリア(学生食堂)を市民も自由に利用できるという、まさに「開かれた」キャンパスとなっている。開学当初には、優れた景観やバリアフリー関連の賞を受賞した。周辺は土門拳記念館や日本建築の生涯学習施設などに囲まれ、緑豊かな抜群の環境のもとにある。二〇〇六年二月、敷地内に酒田市市民研修センターがオープンした(大学が管理を受託)。公益ホールと名づけられた大ホール(最大七〇〇名収容)は公益大講堂を兼ねており、入学式・卒業式のほか、大学主催の市民公開講座等に活用され、また研修室は教室として日々の講義に使われている。

 まちに飛び出した学生たち

 学生たちの活動は、ボランティアクラブや学生サークルを通じて、「CAP庄内」(子どもへの暴力防止活動)や「スワンの会」(軽度発達障害児を抱える親の会)への支援活動、小学校における学習支援、毎年恒例となった酒田まつりなど地元のお祭り・行事への参加などが、市民の協力や指導に支えられて、活発に行われてきた。特に秋の「どんしゃんまつり」の一環として学生たちが自発的・自主的に企画・運営する音楽イベント「SAKATA MUSIC FESTIVAL」は二〇〇五年から三回を重ね、好評を得ている。
 スタッフの学生たちは、時には商店街の方々からの厳しい指摘や叱責も受けつつ、運営のノウハウを身につけ、それを先輩から後輩へと受け継いでいる。四年間の学生生活の中での活動期間は限られており、活動の継続性をいかに確保するかが、学生たちにとって課題である。
 以上のように、公益大はハード面でもソフト面でも、「地域に開かれた大学」として創設され、その後七年間、その特徴をさまざまな形で発揮してきたといえる。

 公益学を学び、公益を実践する

 公益大がその確立を使命とする「公益学」は、これまでにない新しい学問である。オカネ・モノの豊かさばかりを追求した二十世紀の反省から、ヒト・ココロを大切にし、個々を尊重しながらも調和のとれた社会を追求する二十一世紀の新たな価値を提唱している。そこには、個人や身近な人々の利益を超えて、「世のため、人のため」の利益、社会全体の利益、すなわち「公益」の実現が不可欠である。そのような「公益」の実現をめざして、現代社会の諸課題の解決の方向や手法を理論的・実践的に解明する学際的な学問を「公益学」と名づけた。政策、企業や行政などの経営、まちづくり、社会福祉、環境問題などのテーマに関して、経済学、経営学、社会学などの既存の諸学問の方法・知識に立脚しながらも、従来の研究領域の枠を超えた課題設定による理論化、体系化を志向している。公益学は、私利私欲に走り、食品偽装や粉飾などを発生させた企業や、年金記録や薬害C型肝炎、アスベスト問題などで国民の信頼を失っている行政など、「公益」が見失われている現在の社会に鋭く切り込み、人々が安心して幸福に暮らせる社会、特に住みなれた地域でいつまでも健康に暮らせる社会のあり方を追究する。一人ひとりが「公益」を意識し、その実現のために思考し行動する道筋を明らかにする実践的な学問である。公益大の教職員・学生は、日々の教育・研究活動、そして前述したような地域との様々な連携・交流活動を、まさしく「公益」の視点に立って進めようとしてきた。「世のため、人のために」役立ちたいと願う学生たちが、山形県内外の各地から集まって来て、公益を学びつつ、さまざまな地域活動の担い手となっているのである。

 地域全体がフィールド

 公益大の教育のひとつの特徴として、フィールドワーク重視があげられる。入学早々の一年前期から必修の「公益自由研究」において、大学での学びの基礎を身につけるとともに、フィールド(現場)に足を運び、自分自身の目で見て、考え、学ぶというフィールドワークを経験する。開学してはじめての入学式において、地元の酒田市長は、新入生に向け「庄内全域が皆さんのキャンパスです」と歓迎の辞を述べた。大学周辺ばかりでなく、庄内平野とそこを流れる最上川、最上川が注ぐ日本海、離島飛島、北は鳥海山、東の月山をはじめとする羽黒三山など、庄内地域の豊かな自然環境、そしてそこに暮らす人々によって培われた文化環境のすべてがキャンパスであるとともに、大学教育のフィールドとなって、学生たちを迎えてくれている。二年次からは、キャリア教育の一環としてのインターンシップ(職場体験)が、県や市町の役場、企業、小売店などで展開される。地元の協力なくしてはできないことであり、ここでも公益大生は温かな、ときには厳しい指導を受け、一つ成長して大学に戻って来る。三年次からの専門演習(ゼミ)では、地域の課題をテーマに調査・研究し、卒業論文をまとめあげる学生も少なくない。また、教職課程の教育実習や社会福祉士養成課程の実習などにおいても、地域の教育機関、社会福祉施設等から多大な協力をいただいている。このようにして開学からの七年間、公益大は地域とともに歩んできた。
(つづく)

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