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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.545
高校教育の質保証 大学関係者の役割

研究員  川嶋太津夫(大阪大学未来戦略機構教授)

 時あたかも大学入試シーズンである。また、昨年10月31日に首相直属の教育再生実行会議が「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について」と題する第4次提言を公表し、大学入学者選抜で活用できる二つの「達成度テスト(仮称)」の導入を求めたこと。そして、その提言を受けた形で、中央教育審議会の二つの部会、高等学校教育部会では「達成度テスト(基礎レベル)が、そして高大接続特別部会では「達成度テスト(発展レベル)」(いずれも仮称)の制度設計が佳境に入っているため、関係者の関心はややもすれば大学入試制度改革に目が向きがちである。また、本紙の読者の多くは大学関係者であろうから、大学入試改革に関する提言に加えて、大学の教育力の抜本的強化への提言にも関心を持たれたかもしれない。
 本提言は高校教育の質の確保と向上にも触れているが、読者の関心は必ずしも高くないかもしれない。しかし、そのタイトルに如実に現れているように、あくまでも高校教育と大学教育の「接続」の観点から高校教育の質確保・向上にも言及している。
 高校への進学率は今や98%を超えているが、大学進学者(短大進学者を含む)は50%をわずかに超えるに過ぎない。残りの17%は専修学校へ進学し、17%は就職している(平成25年度学校基本調査)。現在、高等学校へはほぼ全ての中学卒業生が進学し、「国民的教育機関」となっているが、大学進学者はその半数に過ぎない。したがって、重要なことは、どのような進路を選ぼうとも国民的教育機関である高校で学ぶ生徒の学習の質と水準をいかに保証し、向上させるかという観点からの議論である。ところが、98%の中卒者が進学するにもかかわらず、高校は義務教育ではないため、その監督は都道府県に委任され、これまでは、国レベルで高校教育について検討がなされることはほとんどなかった。
 しかし、前政権の民主党のもとで高校授業料の実質的無料化が実現し、多額の国費が投入されることになったため、平成23年9月から中教審初等中等分科会に前述の高等学校教育部会が設置され、高校教育の質保証・向上に関して検討が進められてきた。
 中卒者の98%が進学するという「ユニバーサル段階」にある我が国の高校教育は、結果として極めて多様化し、全生徒が共通に履修する必履修科目が昭和38年の学習指導要領では卒業に必要な85単位中の80%を超えていたのが、現行の学習指導要領ではその比率は40%にまで減少している。そこで、「多様化」した高校教育を高校教育たらしめる「共通性」は何か。そして、その共通な要素も含めて多様化した我が国の高校教育の質をどのように保証すべきか、が部会の主要な検討課題となった。
 そこで、1年余をかけて「全ての生徒に身に付けさせる資質・能力」として高校教育の「コア」の考え方が提案され、そのコアの修得度の評価の仕組みの「一つ」として「高等学校学習到達度テスト(仮称)」が提言された。本来、教育内容あるいは学習の「コア」とは、限定的かつ具体的に定義すべきであろうが、高校教育の現状が多様であるが故に委員から様々な意見が出され、「審議経過」で報告された「コア」の要素には「社会・職業への円滑な移行に必要な力」「公共心」「社会奉仕の精神」「他者への思いやり」「健康の保持増進のための実践力」などが含まれることとなり、もはや「コア」とは呼べないほど拡散したものになってしまった。確かに、高度な普通教育と専門教育を目標とする高校教育の理想は全人教育であるが、質保証の観点から「コア」を定義するのであれば、「基礎・基本の学力」とそれを基盤とした「思考力・判断力・表現力」などの「知的能力」に限定すべきではないだろうか。
 このように高校教育を通じて共通に身に付けさせる要素としての「コア」が多様化し、拡散したため、その修得度を客観的に把握する手段であるはずの「高等学校学習到達度テスト(仮称)」も、全員受験ではなく、「希望参加型」とされた。しかし、国として高校教育の質保証の仕組みを構築するのであれば、生徒全員が受験し、その結果を生徒一人ひとりの学習指導に活用し、生徒の学力向上に結びつけるべきであろう。一部の委員からは全員受験にすべきとの意見も出たが、高校関係者からは、いわゆる「高校版学力テスト」へのアレルギーが強く、希望者・希望高校のみが参加することとなった。
 しかし、先進各国が、高校教育の質保証と水準の向上に国を挙げて取り組んでいる状況の中で、我が国だけ曖昧な質保証の仕組みのままで良いのであろうか。たとえば、イギリスでは、2010年に「教育の重要性The Importance of Teaching」と題する学校教育白書が公表され、学校教育制度の全面的な見直しを求めて様々な提言を行った。その中で「全英カリキュラムNational Curriculum」の伝統的な科目におけるコアとなる知識についてはより厳格で高度な内容と水準に改訂すべきであり、また、幅広い学習を奨励するため、16歳に受験するGCSEのうち中核的な科目である英語、数学、外国語、理科、人文科目(地理あるいは歴史)の5科目での成績が全て*AからCまでの生徒には、新たに設定する資格である「英国バカロレア」を授与するよう求めた。また、大学進学や就職の際に求められる資格(試験)であるGCSEのAレベル試験については、7月と1月の試験のうち1月試験を廃止すること。そして、試験(学習内容)を高等教育が求める内容に改訂するように提言した。この白書を受けて、その後Aレベル試験の改革案が検討され、大学進学クラス(Sixth Form)1年目で受験するASを2年目に受験するA2試験から分離し、独自の資格とするとともに、A2試験(資格)については、その内容をより高等教育が求める内容とするために、14科目の改訂を行うこととし、その改訂にあたっては、研究大学の集まりであるラッセル・グループが助言を行うこととなった。
 またアメリカでは、日本やイギリスとは異なり全国共通のカリキュラムは存在しない。そのため、これまでは州ごとにハイ・スクールの卒業試験が実施されていたが、Common Core State Standardsと呼ばれる自主的な取組が現在45州で始まっている。この取組は、大学進学者と就職者に卓越した教育を提供することを目的として、数学と英語に関して幼稚園からハイ・スクールまで共通の学習成果が定義され、またその学習成果の評価方法(アセスメント)については、二つのコンソーシアムがコンピュータを活用したツールを開発中である。
 このように、イギリスもアメリカも、高校までの教育の質の向上に国を挙げて取り組んでいるが、その背後には、国際的な教育水準への関心がある。もちろんPISAなどの国際学力試験における我が国の生徒の成績は両国を上回っている。しかし、多様化を言い訳にして厳格な質保証の仕組みを構築しないままであれば、いずれ日本の高校教育の質や高校生の学力水準が、両国に凌駕されてしまうと懸念するのは筆者一人だけであろうか。大学教育の質向上の責任は第一に大学と大学関係者にあることは自明ではあるが、しかし、大学4年間で大学ができることには限界がある。我が国の高校教育の質が向上しない限り、日本の大学教育の質が向上しないこともまた自明である。我々大学関係者は、高校教育の現状を批判するばかりではなく、高校教育の質保証と水準向上の取組に協力を惜しんではならない。
 なお筆者は高等学校教育部会の委員であるが、ここに述べた内容は、あくまでも個人的な見解である。

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