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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.510
経営品質向上プログラム活用のすすめ
これからの大学経営の視点として

研究員 岩田 雅明(経営コンサルタント)

 今回、私学高等教育研究所の私大マネジメント改革プロジェクトチームが行った「私立大学の中長期経営システムに関する実態調査」では、多くの加盟校にご協力いただき、各校の中長期計画も提供していただくことができた。それらを見て、多くの大学が厳しい環境に適応すべく中長期の計画を策定し、試行錯誤しながら歩みを続けている努力を強く感じた次第である。
 今、大学に限らず企業等の他の組織も、皆、厳しい環境に立ち向かっているところではあるが、厳しい環境への適応ということでは企業経営に一日の長があるといえる。その意味で、ここ十数年の間に環境の厳しくなった大学としては、企業経営に学ぶべきところは少なくないと思う。
 特に今回の調査で感じたことは、大学経営に関するフレームワーク、視点のスタンダードの必要性である。それぞれの大学の在り方は多様であるから、中長期計画の視点も多様であることは当然ともいえるが、経営という面から考えると不可欠の視点というものは必ずあるのである。ところが、大学業界は長い間、非常に恵まれた環境下にあったゆえに、そのようなフレームワークを考える必要性を感じなかったため、業界標準としての視点の立て方というものが確立していない。このため、今後、大学経営のフレームワーク確立の努力をしていくことはもちろん必要であるが、現時点では企業経営の分野で練り上げられてきたフレームワークを活用することが得策ではないかと考えている。
 これまでは、大学は教育という公益性の高いサービス提供を目的とする組織であるから、利益獲得を第一義とする企業経営とは目的、機能が異なるという理由により、企業経営を参考にするという視点は、あまり取り上げられなかった。ところが、最近は企業においても、存続し成長していくためには社会に価値を提供する組織でなければ駄目であるという視点が強くなってきている。すなわち、企業が存続していくために利益はもちろん必要であるが、それは社会に価値を提供したことによる結果であって目的ではないという考え方である。このように、利益ではなく社会に価値を提供するということにその目的を置く考え方であれば、もともとは企業経営を想定してつくられたものであっても、大学経営に取り入れることは十分可能であると思う。
 この考え方を具体化したものの一つが、日本生産性本部が中心となって運営している経営品質向上プログラムである。これはアメリカの企業の成長に貢献した「マルコム・ボルドリッジ国家品質賞」の取り組みをモデルとしたもので、関係者のすべてにとって良い組織であることを志向するものである。優れた取り組みに対しては日本経営品質賞(Japan Quality Award)が授与され、毎年、様々な業種の組織が、その取り組みを顕彰されている。大学でもこのプログラムを導入し、革新に取り組むことで社会的な評価を高め、日本経営品質賞と同様の視点で審査される全国企業品質賞において最優秀の評価を得ている事例も出ているので、このプログラムが大学改革に役立つことは既に実証済みともいえる。
 経営品質向上プログラムは、経営革新に必要な考え方の枠組みを提供するものである。プログラムの手順としては、まず組織が目指す理想的な姿、ビジョンを明らかにし、そこを視座として顧客や市場の動向や競合状況、自組織の現状を振り返って認識し、その上でビジョン実現に向けて進んでいくために必要となる変革課題を明らかにしていくものである。
 そして次に、組織に必要とされる経営要素として設定された八つのカテゴリーそれぞれについて、その領域で必要とされる活動を計画し、実行し、点検し、さらに必要とされる変革を検証していくとともに、全体最適の経営が行われるように、各カテゴリー間の連携についても点検・改善していくものである。八つの要素とは、@目標を定め積極的な風土をつくるリーダーシップ、A社会貢献等の社会的責任、B顧客・市場の理解と対応、C戦略の策定と展開、D個人と組織の能力向上、E顧客価値創造のプロセス、F必要な情報の選択と活用といった情報マネジメント、そしてG活動結果である。
 まず理想的な姿を描き、そこに向けて必要とされる現状の変革を行っていくこと。その際に必要な計画策定と振り返りの視点として、八つの要素を設定して計画・実行点検・改善を行うことで、バランスのとれた組織としての成長が望めるようになるのである。
 これまでの大学では、理想的な姿を描いてから計画をつくるという手法でなく、現状からスタートして将来計画を考えるというやり方の方が多かったように思われる。しかし、目指すべき姿が明らかでない状態では、計画の適切さや活動の適切さを判断する基準がないことになり、教職員の努力の方向性を統一することができないのである。このため、初めにビジョンありきなのである。
 またこのプログラムは、過去の成功体験や保守的な思考様式によってつくられた組織の文化を改革し、これまでの慣習にとらわれない新たなものの見方に基づいた革新が継続かつ内発的に起こる組織風土に変えていくことを目指すものであるので、大学のこれまでの状況を考えるならば、大学の改革を進めていく上では最適なプログラムではないかと考えている。私自身も昨年、日本経営品質賞の審査員を経験し、このプログラムは大学改革にとって無理なく導入することができ、かつ有用なプログラムであることを改めて確信した次第である。
 いろいろな大学の中長期計画を見てみると、数値目標が大事といわれていることを意識したためであろうか、受験者数、入学者数、帰属収支差額などの結果系の項目設定が多いように感じられる。もちろん結果は重要であるが、中長期計画は行動計画であるということから考えるならば、結果を生み出す活動に注目した方が効果的である。この意味からも、必要な活動領域を視点として設定し、各活動領域のPDCAサイクルを回す仕組みになっている経営品質向上プログラムは有用であるといえる。
 このように経営品質向上プログラムは、大学改革のフレームワークとして活用できるので、ぜひ多くの大学で導入してほしいと願っている。私としても、このプログラムの大学での活用推進について、微力ながら努めていきたいと考えている。
 経営品質向上プログラムでは、有用な価値を提供する組織となるために必要な要素として、顧客本位、構成員重視、独自能力、社会との調和の四つを上げている。この四つの要素を重視しながら、すべての関係者にとって「良い組織」となるための取り組みを行うプログラムである。大学においても、この四つの要素を意識した経営を行うことにより、学生にも、教職員にも、そして社会にも愛される大学となることが可能になる。そうなれば小手先の広報戦術を弄することなく、選ばれる大学となることができるのである。


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