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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.509
中教審答申をどのように受け止めるか
第54回公開研究会の議論から

主幹 瀧澤 博三(帝京科学大学顧問)


平成24年8月答申の位置づけ
 第54回の公開研究会は、平成24年8月の中教審答申「大学教育の質的転換に向けて」をどのように受け止めるか、各大学がこれから取り組むべき課題は何か、をテーマとして行われた。年末も迫った時期に関わらず多数のご参加を得たのも、この答申に対する大学関係者の関心の大きさを思わせた。
 この答申の狙いは大学教育の質の充実であり、提言の重点は、そのための“学修成果を重視した教学マネジメントの確立”、“組織中心から学位プログラム中心への移行”などであるが、こうした改革の基本となる考え方はすでに平成17年の「高等教育の将来像」答申で提起されており、更に平成20年の「学士課程の構築に向けて」の答申においては、一層具体的、詳細に提言されていたところである。その意味では、今回の答申の示した方向性は、すでに中教審の審議過程や答申を通じて大学関係者に伝わり、その問題意識は十分に大学人の意識に浸透しているものと思われる。現に、大学、大学団体、学会等での議論、調査・研究も進められ、優れた実践も多く見られるようになったが、なお全体的に見れば答申の提言に対する共通理解が十分に形成されているようには思えないところがある。答申では“待ったなし”の実践を求めているが、各大学が自信を持って改革に取り組んでいけるような共通基盤は未だ整っていないのではなかろうか。
講師の講演から
 今回は4人の先生に講演をお願いした。濱名篤(関西国際大学理事長・学長)、小笠原正明(北海道大学名誉教授、大学教育学会会長)、川嶋太津夫(神戸大学大学教育推進機構教授)、山田礼子(同志社大学社会学部教授、高等教育学生研究センター長)の4氏である。いずれも当研究所の学士課程教育改革に関する研究プロジェクトのメンバーであり、また今回の中教審の審議にも参画していた方が多く、答申内容にも一定の影響を与えてきたものと想像している。
 まず、濱名先生。先生は答申全体の評価に言及し、教員任せではなく、大学全体としての教学マネジメントを確立し、体系的・組織的な教育プログラムを構築すべきとの提言や、高等教育関係者のみの議論に終わらないよう、高校教育部会との合同協議や学生などを取り込んだ大学地域教育改革フォーラムなどが実現したことを積極的に評価した。一方、高大接続など教育体系全体のマスタープランからの視点が欠けていることや、大学と地域との関係、ガバナンスへの切り込み不足など、今後に残された問題を指摘した。次いで自大学の改革への取り組み事例を紹介し、特に重要なことは大学全体としてのディプロマ・ポリシーとアセスメント・ポリシーの確立だとした。
 小笠原先生。先生は、この答申は明示的なインプリケーションと暗示的インプリケーションの二重構造になっているという興味ある見方を示した。前者は、知識中心型から課題解決型の学修に転換するよう、アクティブ・ラーニングの手法を取り入れるべきだということであり、後者は、学士課程は建前上はコースワークが主体であるが、実態はラボワーク(研究室での教員による個別指導)が重視されており、そのためにコースワークが圧迫されている。自主的学修時間の不足という単位制の問題点を指摘することは、カリキュラム上の建前と実態の乖離という矛盾を暴くことになるとし、この矛盾の解消が必要だと指摘した。 
 川嶋先生。今回の答申は学生の学修の質低下の重要な指標として自主的な学修時間の減少を挙げており、そのことから逆に、単位制度による自主的な学修時間の確保が、学修の質的転換の好循環の起点となるとしている。多少論理的に分かりにくいという意見もあるところだが、いずれにしても単位制度が答申の議論の基盤になっているところから、川嶋先生はわが国の単位制度の沿革、考え方、更にモデルである米国の単位制度の現状などについて詳しく解説された。それによると、米国でも学修時間の減少、単位の水増し等が問題になっている。時間で学修を評価することにも疑問が出されており、時間でなく「コンピテンシー」による単位制度の研究も始まっているという話は考えさせられるところが大きかった。
 山田先生。2004年から山田先生が中心になって継続的に実施している大規模な学生調査(学習行動調査―JCIRP)がある。この調査は米国の学生調査とも比較可能なように設計されており、中教審の審議にも重要な参考データとして提供されてきたが、先生からは、この調査から見た学生の学習状況、アクティブ・ラーニングの導入状況及びこれと学習成果の進展との関係などについて説明があり、改革状況にはある程度の進展は見られるものの、産業界や社会の大学教育に対する見方は依然として厳しいと指摘した。更に、アクティブ・ラーニングの手法とその効果について、分野別の特性も含めて詳細な説明があった。
学士課程教育の改革は進展したか
 最近のアンケート調査等によれば、大学のミッションは研究より教育にあるとする教員の意識変化がはっきりしており、こうした変化を基盤としてFD活動は活発化し、アクティブ・ラーニングの導入に優れた実績を挙げている大学も増えつつある。基盤的な部分で改革の流れは大きく動いていると言えよう。一方で、答申が改革の大きな道具立てとして提言しているもの―学位プログラム化、教学マネジメント・システムの構築―などになると、外部に対してアカウンタブルな変化は中々見えてこない。見えてこない理由は、プログラム化、ディプロマ・ポリシーなどをはじめ、これらの道具立てのキーになる概念に説明不足と曖昧さがあり、関係者の共通理解の形成を困難にしていることにあるのではないだろうか。この公開研究会の目的もそのような共通理解の形成にあるが、なお各大学、大学間の連携組織、学会その他関係団体等において具体的な議論が進められることを期待したい。
 なお、各講師の講演内容に関する記述は、僅かな一部にしか触れていない不完全なものであることをお詫びしたい。近々に記録をまとめ、シリーズ本として発刊する予定なので、ご参照頂ければ幸いである。


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