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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.495
各国の高等教育の新潮流 第53回公開研究会の議論から

主幹 瀧澤博三(帝京科学大学顧問)


 大学はもともと国境を意識しない世界だと言われるが、近年は社会の様々な面でグローバル化が進むに従って、大学の在り方を考えるとき、わが国の現状を見る前に、まず世界の動向に目を向けなければならないのが常態になった。私学高等教育研究所の公開研究会では、これまで諸外国における高等教育を中心とする教育政策の動向をしばしば取り上げてきたが、今回の公開研究会では各国の動向を総括し、地球規模で見た高等教育をめぐる諸事情の動向とこれに対する政策の対応の概観を試みた。講師は、もと文部事務次官で、現国際医療福祉大学の学事顧問・教授をされ、また、ユネスコやOECDの諸会議に参画され、ユネスコの特命全権大使を務めるなど豊かな国際経験を積まれた佐藤禎一先生にお願いした。
 講演は総論部分と各国の個別の政策動向についての各論部分とに分けられたが、総論としての地球規模的動向の解説を背景として、一瀉千里に述べられた英米独仏中韓及びEUに亘る50件に及ぶ改革テーマの解説も、それぞれの位置付けを理解しやすく、一つ一つを大変興味深く拝聴することができた。
 高等教育をめぐる世界的な動向
 総論としての世界的動向の第一としては、わが国もその先頭に立っている高齢化の進展を挙げた。高齢化社会になるということは、多少のタイムラグはあっても、OECD諸国をはじめアジア諸国を含め世界を通じて必然のことであり、否定的に捉えるべきではない。高齢化社会とは、高齢層の力を引き出すことにより、比較的少ない投資でパワーアップできる社会であり、日本は高齢化を高等教育にとっての一つの好機として、そのような施策を世界に先駆けて実践すべき立場にあるとした。
 もう一つの世界的な動向は進学率の向上である。わが国の進学率は国際的に見て高いという誤解が広まっているようだが、実はOECD諸国の平均に及ばず、世界的に見れば、むしろ我が国は進学率の低いグループに属している。それでも高等教育段階の専修学校も加えれば八割を超える人が高等教育に進んでいるわけであり、ユニバーサル化の時代を迎え、「質の確保」の課題との調和を図りつつ、多様なニーズに応え発展を図らなければならないとした。
 ▽教育改革の国際的協働―教育の規格化・標準化―:そうした中で、ヨーロッパでは高等教育システムの共通化を進めようとするボローニャ・プロセスが始まり、2010年にはヨーロッパ高等教育圏ができたという宣言が出されたが、必ずしも実質は伴っていない。EUでは教育・文化は基本的に各国の権限だと考えており、各国が協働して何かを決めるということはなかった。しかし、1999年と2006年のG8サミットでは教育が重要課題として取り上げられた。2006年のサンクトペテルブルグサミットでは職業教育、教育の開発援助、統合教育の三つが取り上げられたが、先進諸国の多くにとって教育改革というとき、主な関心は職業と経済であって、教育論は少ない。「統合教育」も、少数民族や異文化を内部に抱え込んで国のアイデンティティーをどうやって保つかということが大きな課題であり、我が国とは視点が大変に異なることを念頭に置く必要がある。
 OECDのPISAは知識の詰め込みではない新しい学力観を共有して、各国の教育改革に役立てようとするものであるが、これが国際的な関心を高め、大変成功したため、高等教育でも学習成果の評価をしようというAHELO(Assessment of Higher Education Learning
Outcomes)という事業がすすんでいる。PISAが知名度の高まりとともに国際コンテストのような様相を呈してきたこともあり、AHELOは少し慎重な姿勢で進んでいるとの説明があった。
 ▽国際標準化と文化的特質:ここで問題なのは、国際比較する「学力」の中身である。これはヨーロッパ流に専門教育だけとするべきではなく、リベラルアーツも指標として大事だと主張したが、ヨーロッパではリベラルアーツは学部ではやらないので、「一般的・汎用的能力―ジェネリック・スキル」を比較しようということにすり替わってしまった。その中身としては、問題解決能力、批判的思考力、コミュニケーション能力の三つが合意されているが、これだけではわが国の場合少し心配である。こういうアングロサクソン的コンピテンシーズは、いわば相手をやっつける能力であり、東洋的な文化から言えば、「調和力」こそ大事だと主張したが今のところ採用されていない。国や大学団体等が関与しないところで出来た国際標準が、デ・ファクトの基準として、結果的に国のシステムに影響を与えることになるわけで、今後の成り行きを充分に注意して見て行く必要があるとした。
 ▽職業資格と学位:最後に職業資格についても気になることがある。英国で永らく行われてきたNVQ(National Vocational Qualification)にならって、ヨーロッパではEQF(European Qualification Framework)を作ることを決定している。これは職業資格に第一から第八までの段階をつけ、それを大学の学位の段階にリンクさせており、職業資格の在り方が、大学教育の内容に注文をつけるという逆立ちの関係になる心配がある。日本でも、最近策定された政府の新成長戦略では、日本版の職業段位を作ることを決めたようだが、これも問題で、今後の成り行きには注意が必要だとした。
 各国における個別の改革動向
 以上を総論として、次に国別の動向についての概略説明があったが、その前に全体を通じてのいくつかの注目点が挙げられた。まず第一は、世界を通じて幼児期の教育が国民の強い関心事となっていることである。幼児期から国際的な競争が始っているわけで、我が国も世界に負けないよう幼児期の教育の充実に努力しなければならないとした。第二には、多様化と関連して職業コースを見直し充実しようとする動きが盛んなこと。第三には、国際交流拡充の動きが多く見られること。第四には、大学運営に関しては大学に自由と責任を持たすとともに、透明性を求める動きが盛んなこと。最後に、奨学金をはじめ学費負担の在り方が大きな政治課題になっていることなどである。
 以上を前置きとして国別の話題に入った。その一つ一つが我が国にとっても示唆することの多い問題であるが、50件に及んだ話題をこの短い論考の中に圧縮する能力は持ち合わせず、残念ながら省かざるを得ない。この第53回公開研究会の記録は、近く当研究所のシリーズ本として発刊する予定であるので、そちらをご活用頂ければ幸いである。


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