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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.484
韓国「英語プログラム」の課題 高等教育における増加の背景

嶋内 佐絵(日本学術振興会特別研究員)

「英語プログラム」増加の背景
 韓国人学生の海外留学熱は冷めることを知らず、その数は2010年度と比べても4万人程の伸びを見せ、2011年にはついに30万人近くにもなった。一方で、海外からの外国人留学生受入れは約9万人にとどまり、大幅な教育貿易収支赤字が続いている。韓国人の海外留学の中でも特徴的なのが、欧米留学志向、特に英語圏への留学志向が強いことである。2011年には、韓国人海外留学生の約25%が米国で学んでおり、その他イギリス、カナダ、オーストラリアなど英語を第一言語とする国への留学生数を合計すると、全体の60%余りを占める。
 これほど英語圏への留学熱が高い理由には、韓国国内において、韓国経済界でのグローバル人材需要や熾烈な就職競争、高い高等教育進学率とそれにともなう厳しい受験戦争などを背景に、英語が進学や就職など、社会的上昇に必須の“スペック”(人材としての仕様・能力)と捉えられているという背景がある。加熱する英語圏への留学と同時に、韓国でも私立大学を中心として、英語を教授媒介言語とし、英語による授業のみだけで学位を取得することが可能なプログラム(以下、「英語プログラム」)が増加してきている。
 このような「英語プログラム」は、英語による高等教育を求める韓国人学生にとって、英語圏海外留学のオルタナティブな選択になるのだろうか。なるとしたら、どのような利点があり、どのような課題があるのか。また、現在の韓国における英語プログラムの特色はどのようなものなのだろうか。このような問題意識をもとに、私学高等教育研究所の「高等教育の国際比較研究プロジェクト」では、日本と韓国における全私立大学の国際化の様相と、それぞれ特に「国際化」した学部・研究科に焦点をあて、インターネットによる全私立大学調査を実施した。ここではその調査報告として、韓国の私立大学における「英語プログラム」に関し、全体的な特徴や分布などについての報告を行いたい。
誰のための「英語プログラム」なのか
 当プロジェクトの調査によれば、韓国において、2012年5月時点で開設1年以上経過した「英語プログラム」は、私立大学で37大学48学部・研究科(大学・大学院)、国公立大学で6大学8学部・研究科に存在することが明らかになった。その多くのプログラムは、2000年以降の新設、もしくは集中的な国際化戦略により、一部の学部・研究科を改編/改称して設立されている。
 このような「英語プログラム」の目的の一つ目には、韓国人学生のニーズを満たすことが挙げられる。韓国での英語熱の高さと英語圏を中心とした海外留学熱は、韓国高等教育での「国内留学」の必要性を生み出している。国内大学の「英語プログラム」は、@アメリカなどの英語圏に留学するのに比べて費用が安いこと、A親元を離れずに大学に通えること、B国内インターンシップへの参加や人脈構築などが可能になることなどが魅力となっている。また、韓国人学生にとって、今では英語ができるのは「当たり前」であり、熾烈な就職戦争に勝ち残るために、なにか「人とは違うもの」を探すエリート層も増えている。例えば、韓国国内の「英語プログラム」に在籍しながらアジアやヨーロッパ諸国に留学し、中国語やフランス語など英語以外の言語や海外経験で差をつけようとする学生、国内企業でのインターンシップなど在学中から韓国社会との密接なネットワークを築く学生も増えてきているという。さらに、同じ韓国籍の学生でも、海外同胞(在米韓国人など)など、英語圏での生活が長い学生の「Uターン留学」先ともなっていることは注目に値するだろう。
 二つ目は、日本よりも深刻な少子化と学歴社会という社会的コンテクストを背景とした、より優秀な国内学生と外国人留学生の受け入れための大学戦略としての一面である。韓国で毎年公表される国内大学ランキングは、英語による授業の導入や外国人教員の数など「国際化」の指標が多くカウントされることから、ランキングと社会的名声を上げてより多くの優秀な学生を獲得するためにも、英語による授業の拡大や「英語プログラム」の積極的な導入が重要視されている。
 三つ目には、外国人留学生の受け入れ強化である。韓国では、受け入れと送り出し学生数の量的不均衡から、教育貿易収支赤字と頭脳流出が深刻化している。その中で「英語プログラム」は、授業などの教授媒介言語を英語にすることで、韓国語という言語の障壁を取り除き、多くの海外留学生を受け入れる可能性を持っているのである。
「英語プログラム」の特徴と課題
 実際、全43大学56学部・研究科の「英語プログラム」に在籍する学生をみてみると、延世大学のアンダーウッド・インターナショナル・カレッジのような一部のプログラムを除き、在学生の8―9割以上を韓国籍学生が占めている。韓国人学生の中には、高校や大学(学部)を主にアメリカなどの英語圏の大学を卒業し、次の学位を韓国で取得しようとUターンして戻ってきた学生も多く含まれる。外国人留学生の国籍に関しては、有名私大と地方の私立大学でもその国籍の割合が異なってくる。韓国の有名難関私大である延世大学や高麗大学では、日本における多くの「英語プログラム」が同じ東アジア諸国からの留学生によって構成されているのと異なり、外国人留学生の多くを、アメリカを中心とした英語圏出身学生が占めていた。一方、地方の私立大学の「英語プログラム」では、中国人学生を中心としたアジア系出身者が多く、英語圏の学生を誘致することが「英語プログラム」の教育的質を担保しているかのように捉えられている様子も見受けられた。
 また、「英語プログラム」の中で一番多いのはビジネススクール(経営学部やMBAなど)であり、次に国際学部・国際大学院と呼ばれる学際的プログラムとなっている。韓国での英語の重要性が、グローバル化する韓国産業界に牽引されていることを考えると納得できる結果である。「英語プログラム」におけるジェンダーバランスも興味深い。日本でも、大学の英文科など英語を集中的に学ぶプログラムでは女子学生が多いのが一般的だが、韓国でも同様で、多くの「英語プログラム」では、7割前後を女子学生が占めている。この理由として、女性の方が言語能力に優れているため、入学試験で選抜すると女子が多く入学する傾向にあると言われている。さらに、「英語プログラム」の導入は、そのプログラム構成者(学生・教職員)双方の卓越した英語力が求められる、という点でも、その質的保証や教員の確保、カリキュラム構成などの面でも多くの課題と挑戦を含んでいる。
 韓国や日本という非英語圏で増加する「英語プログラム」の課題は、国家という枠組みを超えた地域的な対話と取組が可能なテーマでもある。韓国や日本の高等教育において、英語という言語を使って教育を行う意義は何か。外国人留学生と国内学生をどのような教育ビジョンの元に育成し、共存学習する場を形成していくのか。当プロジェクトでの日韓比較研究を通して、議論を深めていきたい。

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