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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.453
持続的成長をしていくために 学校法人の特質を活かした経営を

研究員 岩田 雅明(共愛学園前橋国際大学入試広報・進路支援センター長)


2011年度の入学動向
 7月末に日本私学振興・共済事業団が集計した今年度の大学、短期大学の入学志願動向が発表された。それによると、入学定員を充足できていない比率は、大学で39%、短期大学で66.6%となっていて、いずれも昨年度より増えている。もちろん少子化の影響が主因ではあろうが、全般的に充足できていないということではなく、規模別で見てみると入学定員600人のところで充足の有無が分かれていることが見て取れる。一般的に規模の大きい大学は歴史があり、知名度も高く、施設・設備も充実していることからすれば、当然の結果といえるかもしれない。しかし小規模な大学も、小規模ならではの特性を活かした、きめ細かな教育という面で特色を発揮し、規模の大きい大学との差別化を図ることで活路を切り開いていくことは十分可能だ。18歳人口減少の踊り場であり、経済環境の悪化に起因する受験生の地元志向という追い風が吹いている、まさに今こそが好機といえる。
 大学、そして大学を設置する学校法人は、教育の志を持った創立者の寄附行為をもとに設立され、その志を表す建学の精神のもとに運営されている組織体である。そして学校は、卒業生という社会的資産を生み出し、それぞれの地域の発展のために貢献している社会的に大きな意義のある存在である。それゆえ、学校の運営に従事している者は、何としてでも学校を存続させていかなければならないのである。
持続的成長企業の特質
 存続するという点では、ゴーイングコンサーンといわれ、継続を前提としている企業の状況はどうであろうか。多少の落ち着きを見せたとはいえ、企業の倒産件数は景気低迷の影響から高止まりの状況が続いている。1980年以降、個人企業のようなものも合わせてではあるが、150万の会社が消えていったといわれている。アメリカでも、1970年のフォーチュン500(優良企業500社)に挙げられていた企業の約3分の1が、13年後には消滅したという。長期的な継続を前提としている企業ではあるが、企業の寿命30年という説もあるように、なかなか継続できていないのが実情である。
 ではどうしたら継続できる組織体になれるのであろうか。継続していくためには現状維持ではだめである。他の組織も努力しているため、現状維持では相対的にポジションの低下となってしまうからである。すなわち継続していくためには、組織の持続的な成長が必要になるのである。
 民間の調査機関であるリクルートマネジメントソリューションズが、50年以上の歴史を持ち、30年以上、持続的に株価がおおむね上昇トレンドにある企業を対象に2009年に行った調査によれば、持続的に成長している企業が共通して持つ組織能力、価値観があるという。組織能力でいえば、「ビジョンを共有できる力」、「知を創り出す力」、「変化し行動していく力」の三つで、価値観では、「社会的使命と利益」、「共同体意識と競争意識」、「長期的展望と現実の直視」の三つが挙げられている。これらの組織能力、価値観は、厳しい環境の中で存続していかなければならない大学、学校法人としても、備えていかなければならないものといえよう。
学校の価値観は
 この基準を企業、そして学校法人に当てはめて考えてみると、組織能力の面では大きな差異はないが、価値観については違いがあるように感じられる。例えば一つ目の「社会的使命と利益」ということで見た場合、企業の場合は「利益」の面に比重が高く、学校法人の場合は「社会的使命」に重きを置いているというような違いである。一連の不祥事を起こした食品会社の場合には、完全に「利益」のみに比重が置かれていたのであろう。これに対して学校法人の場合には、一般的には「利益」に対する意識は弱いといえよう。
 二つ目の「共同体意識と競争意識」についても同じことがいえる。従来の企業は、終身雇用と年功序列という制度のもとに家族的経営が実践されていた「共同体意識」の強い組織であった。それが成果主義の導入等により「競争意識」に大きく価値観が傾いてきたといえる。現在はその反動も起きてきてはいるが、厳しい環境の中での利益追求を第一義としているため、基本的には「競争意識」にある程度重きを置かざるを得ない組織体といえる。これに対して学校法人の場合は、長い間、恵まれた環境の中で経営してこられたため、組織内での評価も行われてこなかったので、組織の価値観として「競争意識」というものを持つ場面は、あまりなかったといえる。逆に「共同体意識」に関しては、私立学校の場合は最初から最後まで同じ職場で働くということも少なくないため、持ちやすい環境であるといえる。
 三つ目の「長期的展望と現実の直視」に関しては、前の二つほど企業と学校との間に差異はないように思われるが、前述のように学校は長い間、どのような学校であっても生徒・学生の募集に苦労しないという恵まれた環境の中にあったため、「長期的展望」という視点は持たずに済んでいたといえる。また「現実の直視」という点に関しても、例えば少子化時代の到来という厳しい現実を直視して、きちんとした対応をとることのできた学校が少ないことからすると、この点も弱いといえよう。
補いながら学校法人の特質を活かす
 これまで述べたように、これからの組織経営に必要とされるのは、利益だけでなく社会的貢献、共同体意識と適度な競争環境、長期的展望と現実の直視といった価値観をそれぞれ併せ持つことである。学校法人で考えてみると、持続的成長に必要となる適度な利益(消費収支差額)をもう少し強く意識する必要がある。利益は結果であるという面はもちろんあるが、必要な利益を目指した計画をつくる視点も不可欠である。
 競争意識という点では、学校でも近年、人事考課等の評価制度が導入されるようになったため意識が高くなってきてはいるが、学校の特質である強い共同体意識を損なうことのないように注意しなければならない。共同体意識の減少は人間の所属の欲求を損ない、意欲の低下を招くおそれがあるし、何よりも教育の場では共に生きる姿勢を示すべきだからである。その意味では競争意識というよりは、教職員の成長を志向するという価値観を強く持つことが適切であろう。
 長期的展望という点では、最近は中長期の計画を持っている大学、学校法人も非常に増えてきているようではあるが、それに基づいてきちんとPDCAサイクルを回せているところは、そう多くはないようである。厳しい状況ではあっても現実をきちんと直視し、中長期のゴールビジョンを設定し、そこに向けて戦略的にたゆまぬ改善を実施していく必要がある。企業経営に学ぶべきところは学びつつも、学校法人の特質を活かした価値観を組織風土として根付かせていくことが、これからの学校経営に求められている。

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