Home日本私立大学協会私学高等教育研究所教育学術新聞加盟大学専用サイト
アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.415
日本型IR体制の確立を
質保証の確実な実施に向け

研究員 高橋 宏(東京国際大学 学長補佐)

 1. 質保証への要請
 わが国の大学が「内部質保証体制」の確立を求められている現在、そうした課題を効果的に達成するには、各大学内に中心的な役割を担う専門的な部署を構築し、執行部・教学側・事務局の三者が実施している諸機能を総括的に管理運用していくことがますます重要となっている。ここで結論を先に述べるなら、日本型のIRを組織化・確立していくことが不可欠であるということである。
 内部質保証の実質化を要請するものは、1つには中教審の学士課程答申(平成20年12月)「第四章:公的及び自主的な質保証の仕組みの強化」に述べられた【大学に期待される役割】である。2つには、来年より第2クールに入る認証評価で新たな基準の根底に置かれた「各大学の自己点検・評価を基礎として認証評価」を実施するという方針である。しかし、これら外部的な要請よりも根本的に重要な要因として、わが国大学の置かれている環境の厳しさと課題の大きさがあることは論を俟たない。自ら主体的な対応を図ることこそが、現下の状勢に適切に対処し、大学として改革を実現する上で最も重要な要請である。
 2. 自己点検・評価の実質化
 中教審が【大学に期待される取組】として挙げているものは、(1)内部質保証体制の確立において、自己点検・評価の自主的な評価基準や評価項目を適切に定めて運用すること、(2)各大学が自ら明確な達成目標を設定し、自己点検・評価を確実に実施すること、(3)各大学の教育研究等に関する情報を主体的に広く公表して行くことなどである。特に(2)に関して、自己点検・評価で求められることは、@現状をたんに点検するに止まらず、成果と課題に関する評価を十分に行う、A今後の改善に向けた取組内容を具体的に取り上げる、B目標設定に関して学習成果の評価指標や卒業後のフォローアップ指標といった教育実績に即した目標を取り入れる、C実証的な調査・分析を行える専門家の確保など実施体制を整備するといった「自己点検・評価の実質化」である。
 こうした自己点検・評価の実質化こそ、多くの大学で真剣に取り組まなくてはならない焦眉の課題の一つである。
 3. 大学認証評価との関係
 右の(1)自主的な評価基準および評価項目の設定に関して、現在の認証評価制度の下では、当然ながら各認証評価機関の掲げる評価基準・評価項目等との関連がポイントとなる。中教審の答申では、内部質保証体制の構築を担保するために、@「評価機関は、対象大学に対し、自己点検・評価の基準等の策定を求め、恒常的な内部質保証体制が構築されているか否かのチェックに努める」としている(傍点筆者)。
 さらに、A点検・評価の周期についても「不断の点検・見直しに対して有効に機能するように適切に設定する」必要性、B新たな学位プログラムの創設について「自主的・自律的に審査を行い、学位の質を確保する」必要性を指摘している。AとBには、「どこが」という主語はないが、文脈から考えて、評価機関によるチェックが働くことを前提としていると考えられる。この善し悪しについては、ここでは措いておくが、自主的・自律的な点検・評価を促進するために、第三者評価機関の役割を重視していることは誤りがない。その理由を忖度するに、多くの大学における自己点検・評価体制が未熟であり、それを確立するには、自主的・自律的な努力を待つのみでは不十分であるとの認識があるのであろう。
 こうした認識は、実は筆者も等しく有している。これまで日本高等教育評価機構の評価員を務めて来た経験から、またここ三年ほど勤務先大学の認証評価受審業務に係ってきた経緯から、認証評価の本来の目的である大学の自主的な点検・評価とそれを通じた自らの質的な改善を行うには、IRのような実施体制を確立しなくてはならないことを痛感している。
 4.アメリカ等でのIR
 IRは、60年代以降アメリカで形成・展開されてきたものであり、日本でも近年盛んに議論されている。その目的は(1)大学の教育研究活動および財務状況などを調査・分析し、改善に資すること、(2)戦略計画・政策の策定に繋げること、(3)自己点検・評価報告書を作成し、認証評価の受審を実施することなどである。そのためにアメリカの大学ではIRオフィスを大学組織の中に適切に位置付けている。
 ここで重要な点は、IRを組織としてのみ見るのではなく、どのような機能を果たしているかに注目することである。(1)調査・分析に関しては、教育研究活動に関する諸データの収集・管理、分析、報告といった機能がある。また財務分析と併せて、大学全体の経営に関する情報分析と改善計画・対策等の立案といった機能が求められる。
 これを基礎に(2)大学執行部が教育研究活動等に関するビジョンの再検討、戦略の策定を遂行する場合の基盤を与える機能を果たす。これらが集積・整備されることにより、(3)アメリカの大学認証評価で求められる継続的な自己点検・評価および諸報告書の作成を効果的に可能とするといった重要な機能も果たせる。
 このように、IRの機能は認証評価に関する報告書の作成にたんに止まることなく、大学全体の諸活動に関するデータ収集・分析、分析結果の報告、戦略の策定に関与することまで幅広い内容を網羅している。
 IRの組織体制上の位置付けそのものは、各大学の状況、規模、成り立ちなどにより異なった特徴を有している。しかし組織形態の多様性にもかかわらず、機能として共通なことは、客観的な事実、データなどに基づいたエビデンス・ベースでの調査を行っていることである。また教育研究活動に関連して、学生の募集・入学、教育・学習、卒業・就職・進学などに関する調査・分析を実施し、そして教員に関する研究業績・教育実績などについても担当している。付言すると、オーストラリアではIRの機能とFDとが結びつくといった展開をしている(山田礼子「大学マネジメントを支援するIRの役割と機能」『私学高等教育研究所シリーズ36』2009年8月)。
 以上のように、海外でIRが多岐にわたる機能を果たすようになっているのは、そうした活動こそが各大学の質的向上を実現しうる最も適切なものであるからである。
 5. 日本型IR体制の確立を
 翻ってわが国の現状を考えると、認証評価に関して多くの大学関係者が抱いている思いは、「学校教育法の定めに従い、一定期間の中で評価を受けて認定を得ること」といった受動的姿勢が強いのではないか。認証評価の本来の意義は、認定を受けることそれ自体にあるのではなく、自己点検・評価活動を通じて各大学が自らの強み・長所を的確に理解しそれらをさらに伸ばし、改善課題などへの適切な取組を実行し、それによって大学の質保証を実現していくことにあることを全ての関係者が正しく理解する必要がある。
 筆者が主張したいことは、大学の質保証体制を構築する効果的な方法として、海外の例に倣いながら、日本の状況に合わせた「日本型IR体制」を確立する必要が大きくなっているということである。ただし、その必要性を唱えるだけでは、実現はおぼつかない。大学関係者は外からの力によって受動的にこれに臨むのではなく、どのような戦略で自主的に対応すべきか、大学と認証評価機関等との関係も含めて議論を深めていくことが肝要であると考える。

Page Top