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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.411
学習成果を大学に求めるか
米国の認証評価に学ぶ

研究員 羽田 積男(日本大学文理学部教授)

 筆者は、設立前の恣本高等教育評価機構(以下、機構と略記)において評価基準づくりなどを手助けしてきた。評価基準の作成や評価方法を定めるために、アメリカのニューイングランド大学協会(NEASC)を訪問し、実際のサイトビジットのチームにオブザーバーとして参加させていただいた。またノースセントラル大学協会(NCA―HLC)や西部大学協会(WASC)などでは、協会首脳から評価基準の内容や評価方法を詳しく学ばせていただいた。
 爾来7年余、わが国の認証評価は第1サイクルを終え、第2サイクルに入ろうとしている。機構でも評価基準の改正や評価方法の修正のための検討が進んでいて、今回もまたお手伝いをさせていただいている。
 第2サイクルに入ろうとしているいま、筆者にはどうしても気になることがある。それはいわゆる学習成果、ラーニング・アウトカムを大学に求めるかどうかということである。短期大学基準協会では、新評価基準で学習成果を求めていることが窺えるが、実際にどのような種類のエビデンスを求め、大学側がどのような資料を提出するかは、まだこれからのことのようである。
 なぜ学習成果のことが気になっているかといえば、アメリカでは地域認証評価機関の最新の評価基準において明確な形で学習成果を自己評価の1つのエビデンスとして提出するよう求めているように思えるからである。特にWASCの評価では、認証評価の過程に2回の訪問調査を実施し、その2回目には学生の学習に特化した訪問調査が実施されているのである。大学の学習に対する組織的な取組みが問われている。
 わが国では、学習成果をエビデンスとして提出するには、教育調査機関の実績がまだ十分に育っていなことも気がかりの1つである。同志社大学の山田礼子教授などのチームがUCLAで開発されたプログラムを基に日本版JCIRP(Japanese Cooperative Institutional Research Program)を作成し、次第に広まり始めていることは心強いことだが、こうしたプログラムが多様に開発されなれければならないことを痛切に感じている。
 あるいは金子元久元東京大学教授の「全国大学生調査」などもスケールの大きな調査で、学生の学習に向き合う調査である。こうした調査の蓄積は是非とも必要なものではなかろうか。少なくとも、第2サイクルの進行とともに学習成果がもっと厳しく問われることになるのではないかと思うからである。
 わが国の第1サイクルの間に、アメリカでは政権が代わり、民主党の時代になったことは、新しい高等教育の時代を予感させるものであった。しかし実際には、リーマン・ショックによる経済の落ち込みは公私大学を問わず大学財政を直撃している。小さな政府を志向する共和党の高等教育政策は、連邦政府の高等教育政策を大きくするという皮肉な時代となってしまった。その皮肉の発端は、「危機に立つ国家」のようなアメリカ教育への危機感からであった。こうして連邦政府は、No Child Left Behind法を創り、州は各種テストを駆使して子どもたちの学力向上策に取組んできた。こうした共和党の政策に対して、民主党は大きな反対勢力たるを得ず、オバマ新政権になっても方向の転換はいまだ明らかにはなっていない。
 アメリカの大学の認証評価は、こうした時代の傾向と重なる。財政の逼迫する中で、高等教育における教育成果、学習成果の証明が一層求められるようになってきた。教育の質の保証は、学習成果を示さなければならなくなったのである。翻って見れば、アメリカの認証評価の評価基準は、大学の静的な制度的な組織の取組みをだけを問題としてきたように思える。しかし静的な側面の評価だけでは、大学のアウトプットつまり学習成果は測り得ず、体制や組織だけが問題とされてきた。
 しかし今、学習成果主義の時代となったようだ。大学は学生の成長にどれほどの寄与しているか、その教育機能の結果の実証が求められている。例えば、WASCの認証評価過程では、学生の学習はもっとも重く大きな評価基準となり、求められるエビデンス提出の量も膨大なものとなった。そこでは、NSSE(National Survey of Student Engagement)のような学生と学習の調査専門機関がより大きな役割を果たすことになったのである。
 本年春の私的な研究旅行の折、インディアナ大学に本部をもつNSSEにおいて、その責任者A・マコーミック教授にお伺いしたが、認証評価機関の求める学習成果を証明するには、NSSEはあまり向いていないということであった。なぜなら、学生が4つの選択肢から自由に選ぶ方法では、学習成果を正確には測定できないという。これは、学生の達成をはかるテストではなく、むしろ満足度調査に近いものであるからという。同氏によれば、NSSEはむしろUSニューズ社などの大学ランキングに対する批判として出発したということであった。
 しかし実際には、筆者が知る限り、NSSEを認証評価に際して、学生の学習成果として使っている大学は枚挙に暇がない。昨年春の機構による海外調査の折に訪問したサンタクララ大学の担当者は、その調査の結果を誇らしげに我々に見せてくれたものであった。すべての項目が右肩上がりの図表であった。
 大学独自で学習成果を測ろうとする大学もある。カリフォルニア大学(UC)では、バークレー校を中心にしてUCUES(Undergraduate Experiences Survey)を開発し、すでに軌道に乗せていて、さらに広く優れた研究大学を糾合して学生と学習成果を調査しようとしている。この調査では、学習成果はそのハイライトであるが、分析的・批判的思考、文章力、読解力、プレゼン能力、数量的能力などを新入生と卒業年次に測定しているが、例えば、分析的思考などでは卒業年次までには明らかな進歩が見られるという。こうした事例の実際は、UCマーセッド校のN・オシュナー氏やG・ケムフィールド教授が異口同音に語っていたことを想起している。
 マコーミック氏の言では、認証評価機関の求める学習成果を具体的に数値で示すことができるのは、CAE/claではないかということであった。これは、大学生学習評価(Collegiate Learning Assessment)というプログラムで、ニューヨーク市に本拠をもつ教育団体(Council for Aid to Education)の開発による。テストを通じて学習成果を測定するという、高校最上級生が受ける大学進学適正試験ACTやSATまでを視野にいれて、スコアで学生の学習を測定しようとするプログラムである。規模的にはまだ小さいが、中小規模の約50大学がコンソーシアムを組織して取組んでいる。NSSEなどが間接的な学生調査とすれば、claは直接的な学習評価ということになろう。
 大学が独自に開発した学生調査、大学連合体の調査研究、民間教育団体のプログラムなどと学習成果をめぐる調査や研究は多様である。アメリカでは大学数が、いまや4800校にもなろうとしている。当該大学に合ったプログラムが選択され、次第に浸透しつつあろう。その成果は単に学生の学習成果を示すエビデンスやスコアだけではなく、大学の取組みを示す指標でもある。
 アメリカの認証評価機構の上位に立つCHEAが求めるもの、地域認証評価機関が求めるもの、それは各大学が証明すべき、大学教育の証であり、学生の成長の記録でもある。我々もこのことに想いを致して第2サイクルに取組むべきではないだろうか。

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