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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.390
教授法改善と学習支援型図書館 ラーニング・コモンズの国際的普及

研究員 井下 理(慶應義塾大学総合政策学部教授)

 はじめに
 『IDE現代の高等教育』誌では、2009年11月に「学習させる大学」(515号)、同年5月には「学習環境としての図書館」(510号)という特集を出した。翌2010年1月発行の『大学時報』(330号)誌(日本私立大学連盟)では「読書と大学生」という特集が組まれた。この三つの特集に関連することは、教授法の多様化による学生の学習行動の変化とそれを支える学習環境の刷新へ向けた、国際的な動向としての大学図書館の新たな展開である。
 変化した教授法・学習法―ユニバーサル化とデジタル化による影響
 日本も同世代の半数以上が大学に進学するユニバーサル化時代を迎えた。学生の意識は多様化し、学習目的のあいまいな学生や動機づけの低い学生も出てくる。教員は学習目的の定まらない学生にも対応し、適切な指導力を発揮することが求められる。教員が教育の内容や教授法を改善工夫し、学生の興味関心を触発しつつ知的活動に導くことはFDが義務化される前から課題となっていた。そこで注目を集めてきたのがアクティブ・ラーニング(学生の主体的・積極的・行動型の学習)である。
 教授法の変化は、やる気のない学生に対応するためばかりではない。もう一つの大きな学生の変化に対応するためでもある。今の学生たちは、デジタル技術の急激な進展とネットワーク環境の整備が進んだ世界で成長してきた。90年代育ちの彼らはネット世代である。彼らは、幼いころからコンピュータに日常的に触れてきた。そのため情報の取得だけでは満足しない。
 一方向型から双方向型の授業へ、学生たちの持つケータイやPCを活用した方法も盛んになった。授業の資料を大学のサーバーに送り、学生はそこから資料を自分のパソコンに取り込んで保存し利用することが可能となった。ICT(情報通信)技術により伝統的な学習・教授行動は大きく変容してきた。
 変化する学習環境としての大学図書館
 変化したのは、授業の方法だけではない。授業外の学習を支援する活動・空間も変化している。IT化の影響は、大学図書館にも大きな変化をもたらした。図書館は、それまでのような図書の格納庫としての役割から、「知識情報の共有地(インフォメーション・コモンズ)」へ、そして今や学生にとっての学習空間つまり「学習の場」へと大きく変化している。専門的情報は、電子ジャーナル化の促進などデジタル化され流通が格段に容易になり、院生や教員の研究活動は、研究室でも充分展開可能になった。大学図書館は、その来館者サービスの主要な顧客を学士課程の学生に焦点化できるようになった。図書館サービスの主要な領域は、研究支援から教育支援へ、学生の学習支援へと重点を移行しつつある。こうした状況を背景にして、今や大学図書館は「ラーニング・コモンズ」という概念のもとにその機能や意味付けを大きく変化・発展させつつある。ラーニングコモンズとは、根本彰氏(東京大学)によれば「キャンパス内にある学習用の施設であって、そこではネットワークを通じて情報を収集したり、本や論文を参照して知識を獲得したりできるほか、お互いに議論しあうことができるようなグループ学習スペースが備わっている」(510号10頁)という点に特徴がある。井上真琴氏(大学コンソーシアム京都)は「新しい大学図書館の潮流は、学生たちの主体的な学習をサポートする図書館、問題解決型、グループワーク型、双方向型の授業運営を効果的にサポートする」という(510号11頁)。国内では国際基督教大学、お茶の水女子大学、東京女子大学、早稲田大学、慶應義塾大学他が具体例として紹介されている。国外の事例は、MIT(マサチューセッツ工科大学)など米国の事例が矢野正也氏(丸善株式会社)により紹介されている。筆者が昨年訪問したカナダのダルハウジー大学、台北の台湾国立大学、韓国ソウルの延世大学の新図書館などでもこれらの具体的展開には目を見張るものがある。学習支援のためのセンターが開設され、レポート作成等のライティング学習の支援活動も展開されている。ダウハウジー大学の新図書館は、カフェを入口付近にもち、ライティングセンター、院生や教員向けの教育開発センターも同じフロアにある。
 統合的な学習・教育支援センターをも内包した学習図書館の発展形は、今や一つの国の特別な傾向ではない。それらはすべてネット世代の学生たちの期待に対応すべく、学習空間・学習環境としての再編であることがわかる。米澤 誠氏(国立情報学研究所)は、「ICT時代における大学生の学習・教育・生活活動を、各大学もしくはキャンパスのおかれたコンテクストに応じて、最適に支援すべき場」であること、「ラーニング・コモンズの本質は、情報リテラシー/オープン教育を実現する基盤施設」と的確に説明している(名古屋大学付属図書館研究所年報、第7号、35―45頁、2008年)。
 FD・SD・BDによる学習環境充実のための統合的基盤強化
 学習意欲を喚起させる教授法の工夫改善、双方向での参加型学習や体験型学習、グループ活動型の学習様式、ネット世代の学生の学習行動。これらに対応しうる、国際水準での大学の学習環境整備は、今や国際的通用性という観点からも必須の優先課題である。
 しかし、こうした学生たちの学習活動を支える場としてのラーニング・コモンズを備えた滞在型学習図書館は、その効用を生み出すための財政的基盤の強化なくして設立できない。そこには情報インフラの整備だけでなく、物理的・空間的なアナログの共有空間開発にかかる費用面での負担も小さくない。こうした莫大な投資を推進するには、何よりも明確なビジョンと共有可能な理念が必要であり、図書館コンセプトのイノベーションが必要である。ラーニング・コモンズはその一例に過ぎない。
 学生の変化を視野に入れ、学習意欲を喚起しつつ学生の心身の成長へ向けた活動の活性化に心を配る教員の努力(FD)、ラーニング・コモンズを用意し、学生の行動ニーズに対応できる学習環境を整える図書館の新展開(SD)、その両者がそろって初めて、国の内外からやってくる新しい世代の学生・留学生たちが、生き生きと大学における学習を実現でき、これからの時代にふさわしい実力を養しうる。大学教育における国際競争力とは、こうした教授法の改善と学習環境の整備において日本が他国に劣らぬ学習教育環境を大学やその社会が若い学生たちに用意できるかどうかにかかっている。
 FDとSDとの連携を可能とするため、大学経営の観点から財政的基盤を整備し、組織経営面での方針策定や意思決定をマネジメントするのはBD(理事団の職能開発)の領域である。FDとSDとBDの三者が有機的、統合的に機能を発揮することで初めて全体としての大学教育力の国際水準へ向けた向上・維持に結実するのであろう。

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