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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.347
事務職員の力量形成の課題 協働性・革新性・自律性を

 私学高等教育研究所研究員 坂本孝徳((学)鶴学園・広島工業大学副総長・教授)

 私立大学の経営環境と事務職員の役割の変容
 私立大学は厳しい経営環境にあると言っても過言ではなく、平成20年度においては全国で入学定員未充足の大学が約47.1パーセントに達しており、昨年度と比較して7.1ポイントの増加となっている。さらに、単年度の帰属収入で消費支出を賄えない大学法人は、平成18年度決算において516大学法人中167法人となり、全体の約32パーセントに達し、平成17年度のそれと比較すると5ポイントも増加している。
 このような経営環境のなかにおいて、一部の私立大学は経営の危機に直面しているという現状にあり、平成19年度決算において、この状態は更に悪化していると推測される。
 そのような昨今の状況を鑑み、高等教育経営の改革を目指す新たな政策や制度改革がみられた。例えば、文部科学省高等教育局の「私立大学経営支援プロジェクトチーム」は平成17年5月に「経営困難な学校法人への対応方針について」を、また日本私立学校振興・共済事業団に設置された「学校法人活性化・再生研究会」は平成19年8月に「私立学校の経営革新と経営困難への対応―最終報告―」を取り纏めており、学校法人の経営に関する自己責任を明確にし、経営改善への努力を求めている。
 さらに、平成20年7月には、中央教育審議会大学分科会の「学士課程教育の在り方に関する小委員会」が「学士課程教育の構築に向けて」と題する審議のまとめを公表した。その背景には、高等教育への進学がユニバーサル・アクセス段階に達し、入試による所謂「入り口」の質的保証機能の低下がみられることからも、特に大学の学部教育について「質の維持・向上」を図ることが不可欠であるとの共通認識のもとに、達成すべき学習成果の明示、課題探求能力の達成を目指した学習意欲の喚起、きめ細かな指導と厳格な成績評価の実施、高等学校と大学との連携協力の促進、教員・事務職員の職能成長への組織的取り組みの必要性などを提言している。
 このような状況のなかで、私立学校法は大幅に改正され平成17年4月1日から施行されており、理事会が法律上明記され、その権限が強化されたのである。厳しい経営環境のなかにおいて、理事会運営には理事会自体の組織運営を始めとして幾多の課題があるが、最も重要な課題は理事会の経営機能の強化であり、その役割としては理事会としての明確な経営方針・指針を提示することが不可欠となるのである。
 各大学においては、直面する経営課題を解決するために経営計画に基づく改革が不可欠となる。そこでは理事長のリーダーシップや理事会の経営機能の強化が求められ、それを支援するのが事務組織とその構成員である事務職員である。経営戦略や政策を決定するための情報の収集、調査活動に加え、それらを踏まえた経営計画や政策の立案、経営計画や政策決定後の執行が事務職員により担われるのである。これらの実務を担う事務職員の持つ力量により経営成果が左右されるのであり、また、教育職員と協働して経営計画に基づく具体的教育目標・計画の達成を目指した教育改革の中心的役割を担うのも事務職員である。
 これらの役割を期待されている事務職員の力量向上に関する課題について、その力量形成の体系化及び組織文化の形成と言う点から考えてみたい。

 力量形成の体系化
 事務職員に求められる専門性の内容として、政策立案・提案型、企画立案型、企画調整型等を始め様々なものが事務局関係者や研究者から提言されてはいるが、事務職員の職能成長過程という長期的視点に立って考えるならば、それらの専門性の内実は事務職員の経験年数や職位・資格において当然異なるのである。
 また、一般的に事務職員には等級、資格、職位等に基づく職務内容の基準が定められているが、専門性を具体的に示すものとは言いがたく、抽象的・包括的なものであると言えよう。例えば、部長級の場合、経営環境を十分認識しつつ所管部門の業務について方針設定と組織運営ができること、一般職の場合、担当業務について上級者の指導のもとで日常業務を誠実に実行できること、などというものである。それらは、職務遂行基準を定めているのであり、専門性の育成という視点から事務職員の職能成長の体系化を構築すべきであるとするならば、各々の経験年数や職位・資格における力量形成の時期と研修内容の課題をより具体的に提示することが不可欠となろう。即ち、事務職員の経験年数や職位・資格に応じて、経営活動に係わる諸領域の専門性や組織運営において期待される役割が変化することによるものであり、そこで求められる力量の種類や内容が異なるのである。事務職員のライフ・ステージにおいて重点的に要求される力量形成の目標が変化するのである。つまり、力量形成の体系化が求められており、事務職員に期待される力量形成モデルに基づきライフ・ステージに沿った体系化を図ることが課題となる。

 組織文化の形成
 経営改善を促進するための学校文化の形成という視点からみると、協働性、革新性、自律性を持った積極的、健康的な学校文化を作るための内部環境としての学校文化、つまり、組織文化や事務職員文化は、@コミュニケーション、Aモラール、Bリーダーシップ、C経営参加、D意思決定という五つの経営行動要因により、協働性、革新性、自律性などの質や方向を決定すると考えられる。また、それら五つの経営行動要因は相補関係にあり、五つの経営行動要因の在り方が学校文化を形成し、より積極的な、そして健康的な学校文化へと変容させていくことに多くの影響を与えると考えられる。
 つまり、五つの経営行動要因については、それらを有効に機能させるための何がしかの方策、意図的な仕掛けが必要不可欠となる。特に、学校文化の中核としての協働性、革新性、自律性のなかでも、とりわけ協働性の涵養により協働文化を機能させることが、大学経営の改善にとって課題となる。
 仕事は組織で行うものであることは言うまでもないが、専門的力量を持った事務職員が個別に存在しているだけでは、組織全体を動かすまでの現実的な力にならないであろう。事務局のより多くの構成員がそれぞれ意識を持って、共に働くことに、より深く、しかも積極的に関与することによってはじめて組織が活性化するのである。そのためには、「我々意識」、つまり協働性を醸成することが不可欠となる。それは、ただ単に事務局の部署と言う単位だけでなく、大学の総合力を高めるという意味において、各部署を超えて協働するということも意味している。
 協働性、革新性、自律性を持った経営組織、つまり積極的・健康的な経営組織を形成することと、高度な専門性を持った事務職員を育成することは、表裏一体の相関関係にあると言って過言ではなく、我々に課せられた重要な経営課題の一つである。

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