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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.343
周年事業を機に改革を推進 初めて全学一致の将来構想を策定

  私学高等教育研究所研究員 篠田道夫(日本福祉大学常任理事)

 今回は周年事業を契機に本格的な改革推進に取り組む2つの大学、神奈川大学と大妻女子大学を訪ねた。

 神奈川大学
 創立80周年を機に中期計画を策定

 神奈川大学は、大学・大学院、7学部8研究科、18,000人余、附属中・高を含め総数約2万人余の総合大学である。
 創立80周年を機に、創立以来初めて学園全体の統一した「基本方針」「経営の方針」「中期目標・中期計画」を策定した。建学の精神「質実剛健・積極進取・中正堅実」を踏まえ、学園の基本方針として、教育方針、人材輩出方針、入学生受入方針、研究活動方針、社会貢献活動方針の五本柱を掲げ、学園資源の選択と集中、教学の主体性尊重と法人ガバナンスの強化、組織強化のためのマネジメント推進、安定経営基盤の確立の四本柱を「経営の方針」として掲げた。この上に大学ではキャッチフレーズを「約束します、成長力。―成長支援第一主義―」とし、世界への発進力の強化、進路の柔軟性の拡大、実践力の強化、学生交流の多様化の4つの基本目標を鮮明にした。
 白井宏尚前理事長は、創立80周年を機に改めて創立の原点に立ち返り、100周年に向かって知恵を出し合うことが出来たと述べた。そして神奈川大学を構成する大学教員、附属校教員、事務職員の3つの組織の改革案作りが揃ってスタートしたことで、これら具体の改革と将来構想をドッキングさせることで将来に向けて磐石の基盤が築けると述べ、大きな成果とともに今後の具体化こそが正念場だと提起した。

 中期計画の検討・推進組織
 将来構想検討の中心組織として理事会の総括の下に「学校法人神奈川大学将来構想策定委員会」が設置された。
 大学や附属学校の責任者、事務局幹部および外部の理事・評議員が一堂に会し、忌憚のない意見を出し合いながら、学園としての統一方針を審議、策定することができた。これを経営企画室をはじめとした事務局がサポートすることで、教職協働による策定作業が進むこととなる。
 今後この構想の具体化と推進は新たに作られた将来構想推進委員会の活動にかかってくる。改革が具体化し、それぞれの組織や個人のあり方が問われ、利害に関わってくればくるほど合意と推進に困難も予想されるが、基本政策一致の過程で築き上げた経営、教学、事務局が力を合わせて前進する実績や気風が生きてくることは間違いない。

 管理運営と理事会改革
 経営は理事会と毎週開催される常務理事会で遂行され、また大学機構は7学部の学部教授会を基礎に、その上に置かれた評議会が教学運営の最高決議機関と位置づけられている。
 しかし評議会単独で審議決定されることはなく、方針の決定は学部の意思を尊重して行われ、それらを緩やかに学長が束ね、経営と合議する形で大学運営が行われてきた。明確な目標を掲げて学園を動かすというより、学部や附属学校の自立的な動きをベースに教職員の総意による調整型の運営の総和で力を発揮してきたといえる。
 その背景には、歴史的に形成されてきた構成員の意思を大事にする各種の選任システムがある。それは全教員・職員が参加する学長選挙制度であり、寄附行為施行規則に定められた評議員選出理事の選挙区分ごとの選挙による選任であり、評議員59人という理事数の4倍近い各層からの代表者による経営チェックの仕組みなどである。
 2007年8月9日の理事会、評議員会で決定した法人管理運営体制の改革は、評議員総数を44人に減ずるとともに、事務局長を職務上の理事とし、意思決定の迅速化と経営体制の強化を図った改革の第1弾といえる。
 厳しい時代状況は基本方針に基づく明快な意思決定と執行を求めており、将来構想の具体的推進に並行して、今後とも政策実行体制の整備が推し進められることになると思われる。

 大妻女子大学
 直面する課題

 大妻女子大学100年の歴史は、明治41年(1908年)に始まる。「良妻賢母の大妻」というブランドから今日の「就職の大妻」という評価に発展させてきた。
 大学は5学部で千代田、多摩、狭山台の3つのキャンパスがある。中学2校、高校2校、短大・大学、大学院があり、8,000人の学生がいる。
 佐野博敏理事長は昨年、大妻学院が直面する現状と課題について所信を表明した。第1に遠隔キャンパス立地による学校間、学部・学科間の孤立・隔絶状況が総合力、相乗効果の発揮の障害となっており、統一的な企画・広報戦略の展開を弱め、大学の実力が過小評価されることにつながっている。
 第2に社会や学生・生徒の教育ニーズの変化への理解の不足やこれに対応する教育改革の遅れを指摘した。現在の教育理念や教育方法と社会の要請との乖離を厳しく問い、また、それを埋める教職員の一層の努力を求めた。この提起は学院が直面する課題を鮮明にするとともに、その解決の具体的方向を指し示す重要な内容を持っており、これを踏まえた将来構想の検討が進むこととなる。

 将来構想の策定
 「学校法人大妻学院将来構想検討委員会」が理事会の下に発足し、2008年3月、大妻学院で初めての将来構想の提案「創立100周年に向けての本学のミッション―共に取り組むための経営戦略―」を公表した。ミッションや教育・研究の理念と目的を明示するとともに、その具体化として九つの重点目標を掲げた。その内容は、教育・研究活動、学生支援、志願者対策、外部資金獲得、社会貢献、国際化に始まり管理運営体制の改善や財務改革にまで言及する総合的な内容となっている。経営と教学、大学・短大と中学・高校が一体となった政策を持ち、大妻学院の旗印を明確にした点で画期的な意義を持ったものといえる。
 今後はこの具体化、マスタープランとアクションプランの作成が求められている。キャンパス再構成基本構想の策定など直面する困難な課題もあるが、周年事業を契機とした戦略の策定と経営・教学・事務局が協働した取組みが、今後の困難な課題を切り開く力の源になると考えられる。

 理事会と教学の一体運営
 理事会は、学長、副学長、学部長・短大部長六人、各学校長、事務局長が職務上理事になっており、教学の意向が反映できる形になっている。日常経営を担う常任理事会は年間で70〜80回開催されており、ここを中心に良く練られた運営が行われている。策定された経営方針は、月例開催で教学役職者も参加する拡大常任理事会においてダイレクトに教学部門に伝えられ、全学に周知・徹底される。理事長と直接に意見交換や情報共有が保障されることでスムーズな経営・教学の協力体制、一体的運営を作り出している。教学に関する案件は学部教授会において決定されるが、各学部教授会には常に学長・副学長が出席し、学部間のバランスをとっている。

 まとめ
 伝統もあり、規模も大きい大学の改革には、歴史的に形成されてきた運営方式や慣行が逆に桎梏となって、改革に困難が伴う場合がある。両大学とも80年、100年の周年事業を大きな好機として捉え、全学を動かし全教職員に呼びかけ、目標と戦略を定めた。大学、各学校を含む学園としての共通の基本政策の立案と共有は全ての改革のスタートラインであり大きな成果である。またその推進を担う経営体制、管理運営機構、事務局の改革を短期間で統合的に進めた点でも優れた事例といえる。なお解決を要する困難な課題もあるが、戦略策定の過程で培われた全学の知恵と力を結集して行動する風土への転換の努力の積み重ねこそが、それらを切り開く根源的な力になる。

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