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アルカディア学報

アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)

No.326
「学士課程教育の構築に向けて」をめぐって −第36回公開研究会の議論から−

  私学高等教育研究所主幹 瀧澤博三(帝京科学大学顧問)

 先月21日に、私学高等教育研究所主催の第36回公開研究会がアルカディア市ヶ谷で開催された。テーマは今年3月25日に公表された中教審大学分科会の「学士課程教育の構築に向けて」(審議のまとめ)である。今回の参加者は約200人にのぼり、公開研究会としては記録的な盛況であった。学士課程は大学教育の基盤であり、しかも大学の大衆化、全入化などに加え、規制改革による制度の激変もあって、課題山積であるにもかかわらず、これまで政府レベルの取り組みは研究機能や大学院に偏するきらいがあり、学士課程はとかく取り残された感があった。それだけに学士課程に焦点を当てた今回の中教審の審議には大学関係者の大きな期待が寄せられていたと思う。また、「審議のまとめ」の内容自体が新しい刺激に富み、大きな話題性を備えていたこともあろう。その特徴的な要点を多少の無理をしてまとめるとすれば、次の2点を挙げたいと思う。
 一つは、「多様性と標準性の調和」という命題を打ち出したことである。大学政策は長い間、多様化・自由化と更には規制緩和の路線を続け、それによって大学の古い秩序の崩壊が進んだが、これに代わる新しい秩序は生まれず、現場には混乱と無秩序が広がっている。「標準性を」という新しい命題は高等教育政策の大きな転換を予感させる。
 二つには、教学の運営にマネジメントの考え方を導入しようとしていることである。それを単に理念的なレベルでなく、具体的なシステムとして実現しようとしていることが窺える。これまで大学の教育は個々の教員の仕事とする考えが基盤にあったが、今後は大学全体の組織的な活動として可視化し、社会に対する説明責任を果たせるようにしなければならない。そのために、目標としての「学習成果」の明確化、入学者選抜、教育課程編成および学位授与に関する三つのポリシーの明確化とこれに基づいた経営サイクルの確立等が提言されている。
 これらの提言は、これまでの高等教育政策の流れを変える大胆かつ鮮明な方向性を持っているが、それだけにその実施に向けては、まだまだ議論すべき問題点が多いように思う。今回の公開研究会では、文部科学省の高等教育局高等教育企画課の鈴木敏之政策室長、東京大学教育学研究科長の金子元久先生、同志社大学社会学部教授で教育開発センター室長の山田礼子先生の三講師をお招きし、それぞれの立場から、「審議のまとめ」の持つ意味とポイント、提言の持つ問題点と今後の政策への課題、学士課程教育充実に向けての大学の取り組みの実態とその問題点などについて、解説をして頂いた。
 最初の鈴木室長は今回の審議の事務方の責任者として深く関わってきただけに、「審議のまとめ」全体についてその要点を的確にまとめた解説をして頂いた。室長はこの「審議のまとめ」の特色として、@大学教育の量的拡大を積極的に評価していると同時に、大学の質による淘汰はやむを得ない前提とされていること。A入り口の全入化の半面で、出口の管理(学士力や分野別の質保証)による「学士」の品質保証が重要だとしていること。Bこれからは多様性だけでなく標準性との調和が大事であり、標準性の確保のためには、大学間の連携・協同や大学団体等の役割を重視していること、などを挙げた。
 この「審議のまとめ」の提言を受けての今後の取り組みについては、今年四月の大学設置基準の改正や新しいGP予算を踏まえた各大学の主体的な取り組み、大学間の連携・協同やネットワーク化による教育の豊富化、FD等の充実が期待されるとした。また、国の取り組みとしては、認証評価の第二クールに向けて評価システムのあり方を検討するため認証評価特別委員会を設けること、コアカリキュラムなど分野別質保証の枠組み作りについて日本学術会議に審議依頼をしたことなどの説明があった。
 次の金子先生の講演は、改革推進の全体構造を精緻な理論化とともに体系的に描き、ずっしりと重く、印象的であった。
 まず「なぜいま学士課程が問題か」に関し、日本の大学教育の特徴として、@学習は学生の責任とし、学習過程を管理しないこと。A教育は学部に、授業は教員に任され、「大学として何を学習させるか」がないこと。B大学教育と職業との乖離、の三点を挙げ、このような大学教育に対しては、知識社会化が進むとともにパラダイム転換が求められているとし、@学習過程への踏み込んだコントロール、A学習成果と職業からの要求とのレリバンス、B教育の質保証・効率化・評価、の三点を指摘した。
 Aについては、職場で必要とする知識は恒常的に変化することから、基礎能力(コア・コンピタンス)が着目されるが、問題はその内容の曖昧性である。これには論理的思考能力、コミュニケーション、意欲の三つの側面があり、いかに基礎能力を形成するかが今後の課題であるとした。
 今後の取り組みとしては、政府、大学団体等の中間組織、各大学の三者それぞれの役割分担による「自律改革推進システム」の構築を提言した。そのための当面の課題として、大学では、教育・学習過程のモニタリングとその結果を改善に生かす回路の構築など、中間組織では、共同調査・交流などのためのネットワークなど、政府には、トータルな改善システムの設計、財政支援(インセンティブ)、情報公開などをそれぞれの役割として挙げた。
 最後に山田先生からは、諸外国及び国内の学士課程教育の充実に向けた取り組みの状況について、米国等の大学の具体的な事例を引き、国内については諸調査等の結果を踏まえた説明があった。冒頭「学士課程教育の構築」が問題となる背景として、ユニバーサル化の進展に伴う高等教育の変化があり、これには財政の縮小と説明責任の要求、高等教育への市場原理の導入、教育の質の向上に対する市民の要求の増大などがあるとした。これらの動向は諸外国にも見られ、90年代以降の諸外国の高等教育政策には共通点が多い。「学士力」について言えば、教育目標の他国との共通点として、ジェネリックな力、労働市場の要求を意識した力、国際的通用性を意識した力を挙げることが出来るとした。具体的事例として、メルボルン大学やハーバード大学(一般教育)の教育目標について、またWASC(西アメリカ大学基準協会)によるUCバークレイの評価における意見等の説明があった。
 国内については、特色GPの申請状況を分析した結果では、体験型学習は国公私とも同様に進展しているが、初年次・導入教育では私立が進んでいる。カリキュラムの体系化では国立の方に実績があるが、これは私立では教育開発センター等の設置が進んでいないことと関係があろう。質の保証の枠組みは未だこれからの課題であり、学習成果の測定や学習成果を重視した大学評価のあり方などの調査研究が必要だとした。これと関連して、学生の生活実態や価値観、学習状況に関する金子、山田両先生それぞれのグループによる調査について説明し、これらの分析はプロセス評価として活用できるとして、学内でこうしたデータを解析し、教育に役立てるIR組織の活用が必要だとした。
 「審議のまとめ」は、各界の意見を聴取の上、この夏前までには最終的な答申としてまとめられる予定と聞く。今後この答申を受けて各大学が自主的な対応を進めていく上で、三講師の講演の示唆するところは大変大きいと思うが、この少ない紙面ではその要点だけをお伝えすることもできない。日本の学士課程教育が大学改革の新しい波に乗って混迷から抜け出し、新しい秩序を構築できるか否か、それには各大学における改革推進システムの構築、学術団体等との連携・共同、認証評価機関の支援、政府の適切な財政的支援など全ての歯車が円滑に回らなければならない。問題は全てこれからである。

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